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.ドウコク,Y#2


 *

『なぁ、健太。近々、()()が出るんだってよ!ちょっと行ってみようぜ!』

『境界……って。近づくなって言われてんだろ?ホンモノも見せられてんだ。学校の怪談とは訳が違うんだぜ?』

 

『……ちょっとさ。面白い噂、聞いちまってよ』

『……ウワサ?』


『帰れるかもしれないぜ?家に』

『……んな、バカな……』

 *


 ――頭痛にも慣れて来た。

 健太くんは境界を経由して唏依さん達で言うところの現世(うつしよ)に帰ろうとしてたんだ。


「はぁぁぁぁあ!」

 ――ウァあァアぁっ……っ!


 剣と爪が擦れあう。

 てんで、デタラメな剣戟だけれど。


 ……唏依さんの浴びせてくれた雷は健太くんの身体を一方的に焼く。本当に……一方的で、()()()()()


 ――じゃマすンなぁァぁ!!


 僕の頬を掠めようとする、爪。

 やはり唏依さんの力は僕に触れることすら許さない。


 ガン……っ!ガン……っ!

 と、頼りない剣と重厚過ぎる爪がぶつかりあう度に


 ――バチバチバチチチ……ッ

 ――う……ァァ……っッ!


 剣から伝わる反動で僕の受ける痺れとは比べ物にならないくらいの雷が、焼く、灼く……。


 やがて。健太くんは白目を剥き、全身を痙攣させ始めた。やっと止まった――止まって……くれた。


「健太くん……行くよ……」

 ――ハァッ……ハァッ……ハァ……ッ!


 息荒く天井を仰ぐ健太くんの前に立ち剣を振り上げる。

 ……何処だ?何処を斬れば良い……?


「残った……ニンゲンの部分……」


 頭かな……?首かな……?胸には……大きな風穴。

 何かが欠落したような、空洞。がらんどう。


 嫌だな。殺人鬼みたいだ。

 割り切れるわけ、ない……。


 でも、それでも、終わらせなきゃならない。

 終わらせなきゃ、ここで、終わったら……。


 ――きっと、約束だよ?


 あの人との約束さえ、守れない。

 だから……!


「だからぁぁぁぁ……っ!」


 喉がはち切れんばかりに叫び、目を瞑る。

 祈るように振り下ろされた腕。


 ……けど。凶刃が健太くんの肉を裂くのを阻むように、また記憶が流れる。 


 *

 

『お!おい!佐藤!どこ行くんだよ!助けてくれよ!』

――あナた、が持っテいたのネぇ……ッ!?


 高橋充くんが襲われている。

 その姿は見えない。


 見えるのはただ、早く流れていく廊下の景色だけ。

 走っているのだろうか?


 入り込んだ教室の引き戸を思いっきり、バタンと閉じ息を潜める。息を、整える……。


『はは……っ、最低だ……脚は健在……ってか?』

 

 ――違ァうゥ!これじャ無ァあいィ……ッ!!!

 

『遅いよな……行っても、遅いよな……!』


 そう呟きながら健太くんは教室を飛び出て来た道を戻る。そして、その目に映ったのは……。


『落とし物?よかったら……一緒に探しますよ?』

 ……僕だった。


『アイツ……!な、なんで忌まれに声なんか……っ!』


 *


 健太くんの頸動脈近くでピタリと剣は止まった。

 誓ったはずなのに、今度は健太くんを守るって……。


 なのに、僕は……。


 ――返ぁァぁあええぇせぇえええっ!!!


「がはっ……!」


 肥大化した腕に全身を握り締められ……

 ……持ち上げられた。


「く、るしい……っ」


 骨がバキバキに砕け散りそうだ。

 内臓は押し上げられ、全部を口から吐き出しそうだ。


 何より、息が出来ない。


「……から……げろって、……ったの?」


 死の間際に僕は命乞いをしない。

 充血した白目と目を合わせ、しっかりと言葉を投げる。


 ――壱ノ瀬!逃げろ!


「だ……ぼく……逃……言……?」

 だから、僕に逃げろって言ったの?


 今度は自分の番だって、そう思ったの……?

 答えて。応えてよ。


 ――オ前のじャ!ネぇエェエエ!


 だから……堪えるよ。


「……会いたい人がいるんだ……ごめんね……!」

 辛うじて動く腕で、剣を逆手に持ち替えて……。


 ――バキン……っ!

 ――イギャァァアアァァア!!!!


 健太くんの……化け物の腕へ……

 ――思いっきり、突き立てた……。


「ダメ……か……」


 躊躇してしまった。刺せなかった。

 健太くんに、刃を突き立てられなかった。


 化け物の部分なら赦されるとでも思ったのか?


 結果はどうだ。

 唯一の拠り所の剣は破砕して、僕は握られたまま。


 そして、肝心の()()は……。

 青い血を撒き散らして、切り傷からスパークと煙を放ってるだけ。


 ――ウァァァァァァオッ……!


 渾身の一撃が無駄に終わった僕に、もう術は無い。

 大きく振り上げられて……。


 投げられた。

 視界が回りながら流れて行く。


 ――ガシャーーン……ッ!


 さっき降りて来た階段の辺りまで……飛んだ。

 

 壁に叩きつけられた僕にあまりダメージは無かった。唏依さんの力が壁に衝撃を反射したんだろう。


 ……無事ではない、ぜんぜん。


 全身が軋むように痛い。

 背中に大きな岩でも置かれたように身体が重い。


 それにまた……なんだか、眠たい。


 寝そべったままで天窓の外、遠くを見る。

 

 黒い羽衣の天女の様な人が優雅に舞っている。

 ……実際は違うだろうけど。


 その人の後ろを大きなビームが通過する様も。

 唏依さんが、戦ってるんだろう。


「もう、いっか……」

 ここに来て、僕は諦め……。


 *

 『こんな高ぇグローブ……来週のメシだって危ういんだぜ?』

 

『いいでしょ!誕生日くらい!お硬いこと言わないの!』

『お兄ちゃんのくせに生意気!バイト頑張ったんだから!』

『はやくプロとかってのになってお返ししなさいな!』


『簡単に言いやがって……まぁ……ありがと……』

*


「諦めない。僕は……諦めない……」


 床を思いっきり殴りつけた。

 ほんの僅かに刃の残った健太くんの忌具(かたみ)を拾い上げて……。


 ――階段を、上る……。


 腹を抱えて。手摺りに縋って、上がる……。


「約束……だから……」


 窓の外に見える空が、少しづつ明るくなり始めている。……そんな、気がした。気がする、それだけ……。

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