story 34 城の覚醒
イクサは足早に街の通りを進み、南ゲートを目指す。フラフラと夢遊病者のように歩いているイクサは彼に付いている追跡者の影に気付いていない。追跡者の数はいつの間にか三人に増え、イクサの意識外から尾行してくる。
彼らは王家直属の竜騎士隊の乗るドラグーンが街に近づく飛行体の哨戒を擦り抜けた影とイクサを結びつけていた。しかし、決定的な証拠は無い。
正体不明の不審者、まして魔物の侵入を許したとなれば彼らの立場は無い。
イクサは何も知らずにただ早く城に着きたい、その一念でゲートを出ると街道からすぐに逸れて茂みに入ると無意識にガルムを呼び出していた。
「【サモンスピリッツ】、【コール】ガルム」
イクサが無意識に伸ばした手に頭を撫でられてガルムは従順に頭を垂れて恭順を示した。
「頼んだよ」
イクサは彼が乗りやすいように伏せたガルムの背中に跨がるとしっかりとしがみつく。イクサが乗ったのを確認すると彼ごとガルムの全身を魔力防御の効果が包み、グルルと唸り声を上げてどこか遠くを警戒するように睥睨すると駆け出した。
茂みの中で膨れ上がる魔力。追っ手がゲートを出る頃にはイクサの影はあっという間に闇に溶けていた。
イクサの成長に合わせてかガルムの体躯も一回り大きく、その動作も流れるように機敏になっている。茂みや木々の間を抜ける判断や曲がりくねった巨木の間を通過するスピードも上がっている。
しばらく森の木々の間を走るガルムにしがみついて無心でいたイクサだったが彼にもその異質な気配に気付いた。
「うっ、嘘だろ?」
間違いない。あの城だ。馴染みのある魔力の波動、それが対応するようにイクサの中で反響し、強く訴えかけてくる。
やがてガルムの背中からも見上げるイクサの視線の先には膨れ上がるように禍々しい姿をした城の変貌が見て取れた。
教会風の建物があった中庭にガルムが足を止める。イクサが彼の背から降りて労をねぎらうように撫でるとすぐにストイックなガルムはすぐに煙のように影の中に沈むように姿を隠した。
そこは以前の朽ちかけた城ではない。果樹園の庭を囲むように立つ尖塔が雄々しくそびえ、周囲を取り巻く壁には壁の内と外とを区別するように、それぞれの基部には鬼瓦よりも存在を示すガーゴイルの石像が張り出している。
尖塔の基部には何やら砲台のような構造物も見て取れる。さらに城の外辺部には何やら門番のように立ち尽くす巨大な石像さえあった。
それらは単なる脅しでは無く、城の莫大なエネルギーが脈々と伝播しているのが城と魔力的な繋がりを持っているイクサには分かる。外敵が到来すればきっと暴力的な効果を吐き出すガーディアンなのだ。
教会風の廃墟だった建物も今ではゴシック調の装いが格調高く取り巻いて、以前の入りやすい雰囲気は感じられない。それでもこの城の主であるイクサには彼を招き入れるような圧力さえ感じられる。
「う……。な、何が起こっているんだ」
そう呟きながらも今までのこの城の変化からどうしてこうなったのかは分かっている。イクサがレベル25になったためだ。あのダンジョン内での彼の行動によって取得した経験値が一定量に達した結果、イクサは彼の内側にインストールされた新たな力に目覚めた。
そして彼の成長とこの城はリンクしているのだ。むしろ城の成長は当然の結果と言える。
イクサはしばし呆然と立っていたが、別の存在を城の内側に知覚して狼狽する。自分にそんな知覚能力があることへの驚きと同時に自分以外の存在がこの場所にあることへの恐れもあった。
「え? だ、誰? この城に僕以外の誰が──」
その存在と対峙する恐怖よりも興味が勝った。まさか真の城の支配者が復活したのだろうか。イクサは教会の巨大なゲートの隅に作られた戸を潜り、中枢部へと続く通路を進む。
通路にも変化はあった。今までは隔壁なども無くストレートに廊下を進むだけだったのに、幾つもの入り組んだ小部屋が続く構造になっていて、それぞれの小部屋には鍵付きの戸が付いている。
幸いなことに彼が小部屋の前に来るとその戸は音も無く開いてくれたのだが彼が通り過ぎるとまた音も無く勝手に締まり、ガチャリと何かの組み合う音が小さく響いて施錠されるのだ。
「随分とセキュリティレベルが上がったもんだな」
溜息とともに通路を通過しながら背後を肩越しに振り返り、閉まったドアを苦笑しながら眺めていた。しかし、これだけ移動が面倒だと逆に大変じゃ無いかと思ったりもする。そんなことを思うと、彼の意識に城の機構が浮かび上がって答えを教えてくれる。どうやら城の中枢から各所への移動は転移装置があるようだ。
どうやら城はイクサを客では無く、主人と同等な存在とは認識しているようだ。
そしてイクサが息を切らし到着した城の中枢部、王の間。長い廊下には中央に赤い絨毯が敷かれ、奥の天井から光が差す台座まで続いている。絨毯は高級そうな踏み込んだだけで足が深く沈み込むのが分かる。
台座の後ろには城の管理を司る巨大な眼の形をした城の心臓部、魔核へと通じる通路があるはず。
「ん? 確かここら辺りで誰かの気配を感じたんだけど」
台座にはまるでこの城の王が座る物と思われる背の高い椅子が鎮座していた。しかし、そこに座るものは居ない。キョロキョロと周囲を見回すが、長い廊下を照らす絢爛なシャンデリアからの灯りが降り注ぐだけで気配は無い。
「気のせい?」
突如、ゾワッ、と背筋を魔の気配がして振り返ると王座が何かを訴えてくる。王座はイクサにそこに座るように、と気配で訴えかけてくる。イクサは耐えがたい焦燥感に包まれながら恐る恐る、王座の肘掛けに手を掛けると腰を下ろした。
それはイクサを待ち構えていたようにその存在を露わにした。その場に突然降って沸いたように現れた十一人の影。
「だっ、誰?」
イクサは思わず玉座から立ち上がった。
「ようこそ、ご主人様。我らノゥーアトゥーンを守護するガーディアン。私は統括を担います者、バトラーでございます」
イクサの誰何する声に反応したのは十人の跪いた女性たちの前に一人、前に立つ男性だ。彼らは皆、一様に半袖と太腿の半ばまでの黒いスエットと足元にはサンダルのような物を履いているだけだ。バトラーと名乗った男の後ろに跪いた女性たちも体にピッタリと貼り付いたスエットを身につけている。皆、同じように無個性な黒一色だ。
「バトラー? つまり執事ってことか。それにしては……」
イクサは頭を傾けて疑問符を浮かべる。彼の頭の浮かぶのは現代知識の執事と、同様の役職ならメイドになるのか。
だが残念なことにそこまでそうした服飾のデザインに詳しくないイクサの頭の中のデザインはすべてアニメのものばかりだ。
執事は漆黒の燕尾服と細いタイ、そして片メガネをした初老の紳士というイメージ。メイドのほうは某中世のマンガをもとにしたクラシカルなロングスカートとホワイトプリムに身を包んだ可憐な姿だ。執事にしろメイドにしろ、どちらかと言えばストイックで露出は控えめだ。
イクサがしばし妄想の海に浸っていると動揺の気配がイクサの前に跪いた彼らから伝わってくる。そこでハッと気付く。イクサにしても彼らがどんな存在であろうとも、いつまでもそこに待たせておくべきではない。
「あ、悪い、待たせてしまって。何せいきなりのことでって、ええっ!」
イクサが気付いて顔を上げると目の前で彼らの全身が目映い光を放ったかと思うと、思わず目の前に交差させた腕を光が止んで降ろしたときには、そこにいたスエット姿の無個性の一団はイクサの想像のままの執事とメイドの一団へと変化していた。
「えっ」
イクサは目の前で起こった事件に目をパチパチと瞬かせ王座の肘掛けを掴んで身を乗り出した。
「ご主人様、僭越ながらあなた様の記憶を元に我らガーディアン一同、召し替えさせていただきました」
「なっ──」
イクサはいつの間にか自分の思い描いた執事・メイド像を覗かれていたことにカッ、と羞恥に顔を赤らめた。
執事は片メガネを掛けてはいるものの初老ではない。まだ若い青年の年頃だろうか。背が非常に高く、燕尾服では無いものの黒いスーツを着込んでいて実に様になる。オールバックとキリリと結んだ唇からは意識の高さを感じさせる。
メイドのほうは英国のヴィクトリア朝のスタンダードなイメージを再現している。黒いシックな足首まで隠す長い裾のワンピースに白いエプロンを掛けていて実に清楚な装いだ。
「突然のことで驚きも無理はありません。私たちはこの城、ノゥーアトゥーンを守護するガーディアンの内、主に城の主でいらっしゃるマイロードの生活を支える者たちでございます」
「えっ、主! ぼ、僕がこの城の主、なんだ」
「はい、この城を訪れた際に城の心臓たる眼に触れていらっしゃるでしょう。そのときにご主人様がノーアトゥーンの主と認められました」
呆然としているイクサは、これはいよいよ追い詰められて後が無いなと思い始めていた。今まで散々、この城に通い詰めて自分の居場所のように扱っていたが、街と往復して何処か自分だけの逃げ場のようにも思っていた。そろそろ、ここが自分と向き合う場所であることを認めた方がいいようだ。
「よろしければこの城の私たちの管轄についてご案内いたしましょう。この城についての理解はおいおい深めていけば構いません。私たちの存在する意味などをご説明いたしましょう」
「存在する意味? もしや君たちも召魔なのか」
「はい、その認識で間違いありません」
人型の召魔は初めて見る。
「しかし、ご主人様が召喚される召魔と違い、私たちは基本、城の外へは参りません」
「えっ、ってことは戦闘とかレベルアップは無いんだ」
「私たちは城の内部を守護する者たちでございます。外はそれ担当の者たちが担います」「もしや……」
イクサの脳裏に浮かんだのは城の外周部に並んだゴーレムや城の壁に貼り付いたガーゴイルなどの石像だ。それを肯定するようにバトラーは頷いた。
「はい、彼らと私たちは同じ存在です。また対外的な戦闘はいたしませんが、城の成長と同時に私たちもレベルアップします。城の内部での戦闘は我らにお任せください」
「えっと、それじゃあ城の備品みたいな──」
「はい、概ねその認識で間違いございません。私たちは城ある限り危害を加えられても復活いたしますので」
「それは……凄いな」
イクサは半ば呆然と頷く。執事とメイドたちはイクサに対して最敬礼のポーズを取る。
「ご主人様、それでは私たちは持ち場に参ります。何かあればお声かけください」
「あ、ああ。この城を頼む」
「はい」
イクサが頷くと、それぞれ玉座の間から退出し、城の各所に散っていく。それを見送り、彼も今まで座っていた玉座から降りて、転移装置に向かった。バトラーたちガーディアンが覚醒したからなのか、転送装置も起動状態になり、淡く蒼い光を放っている。
イクサがおずおずと足を踏み入れると頭の中に転移先のリストが浮かび上がった。




