story 33 急変告げる様相
一行は浮かれ気分でボス部屋の奥にある新たに現れたドアを開けた。その先には転移門と次の層へと続く階段がある。
転移門は地上へと行き来出来るもので、次にダンジョンに入る際にはボススライムのいた層を省略して、再びこの層から攻略を続けることが出来るのだ。
「さあ、帰ろう。俺たちの凱旋だ」
転移門を越えるとパーティはダンジョンの入り口へと帰ってきた。
そこで待たせていた馬車を駆り、彼らの戻るべきホームへと足取りも軽く、ダンジョンの周囲を取り巻く瘴気に満ちた沼地も今はそれほど苦には感じなかった。
馬車がムシェルイの北門に差し掛かると、門番の兵たちはクライヴたちの明るい表情に一様に察したようで、明るい表情で出迎えた。
「どうやら壁を越えたようだな」
「ああ、ようやくな。それより慌ただしいな。何かあったのか」
「冒険者なら自分の目で確かめることだな」
クライヴは顔見知りの衛兵に手続きをして貰い、塀の内側に入ってくると何か慌ただしい雰囲気を訝った。
取りあえず、彼らは馬車でクランホームへと帰ってきたものの、ホームはもぬけの空だ。誰も居ないというのはあり得ない。クランホームには冒険者ばかりで無く、彼らのサポート要員もいるからだ。食事をまかなうコックや、洗濯物や細々とした事務作業をしたりする者も居る。
「みんなどうしたのかしら」
「変ね。何かあったのかしら」
ケイトとスリザがそれぞれ厨房や倉庫などを覗いた後でホールに戻ってきて顔を見合わせている。するとそこにクランで雑務を請け負っている事務員が戻ってきた。
「あれ、クライヴさんたち、どうやらボスを攻略できたようですね」
「ああ、やっとな。それより、みんなどうしたんだ」
「……深き森の深淵で異変か起きたようですよ。詳しくは知りませんが魔物の動きが活発化してるとのことで、それぞれのクランも忙しくなりそうなのです。で、その準備に追われていたんですよ」
「なに?」
皆一様に浮かれ気分に水を差されたように苦い表情をしている。事務員はそれを察してか不味いことを言ったと顔を青ざめていた。
事務員の言葉を聞いたメンバーは浮かれ気分を冷めさせられて落ち着けようとしていた腰を上げてバタンバタンと戸を開けて外に飛び出していった。
ポーターのジョアンとヒーラーのジョアンは他のメンバーが飛び出していくのを横目に冷めた目をしてため息をついていた。
「おい、頼む」
「は、はい」
事務員はジョアンに呼ばれ、いつもの仕事に戻った。ポーターが持ち出したリュックサックの中から取り出されたボスの魔石や他の交換アイテムなどの集計などは彼の日常業務でクランの運営には必須だ。
魔石はほとんどの場合、人々の暮らしに欠かせない燃料として重宝されている。またダンジョンを攻略する冒険者にとっては強力な防具を作るための素材にもなる。
それらクランメンバーたちの行動をポカーンと見ていたイクサも再起動を果たして、ハッ、と気を取り直すと、彼もクランホームを後にして冒険者ギルドに向かった。
『まさか、あの城と──まあ無関係って筈もないよなあ』
彼が自分の力を手にしたあの城が今回の騒動に関連してるのは間違いない。冷や汗を掻きながらイクサは足を進める。
今回ダンジョン攻略を進めてボスを倒したことで、イクサも覚醒持ちなので大幅にレベルを上げた。確認はしてないが一気にレベル20の後半に達した筈だ。
そして、あの城はイクサの成長と連動している。一度、確認のために戻らねば。
なんて考えているといつの間にか冒険者ギルドの建物の前に到着していた。
ギルドホールには有名どころのクランメンバーが居座っていて、その周囲をその他諸々の冒険者が取り巻いていた。
こんな日で無ければ、その顔を見ることも出来ないだろう有名どころが揃っていて、イクサを含めた新参たちはその様子を固唾をのんで見守っていた。
ギルドホールの二階に続く階段をギルド長が受付嬢と共に降りてきて、ホールに屯する冒険者をぐるっと見回した後、隣に佇んでいた受付嬢が手にしたボードから名前を読み上げていく。
「バイロン、ハイラム、キルバート、ジェイル、エバ、以上です」
受付嬢が名前を一つ一つ読み上げるたび、ホールに集まった冒険者から歓声が上がり、様々な囁き声が漏れる。
「戻ってきていたのか円卓」
「あれが伏竜」
「紫炎の──」
イクサも有名人を見るために首を伸ばして人垣の隙間からホールの中央に陣取った彼らに視線を飛ばした。どのメンツも強さのオーラをバシバシと発散していて、一緒にいると空気まで緊張を孕んでくるようだ。
円卓というのは全身をフルプレートに包んだ白いマントのイケメンのことらしい。ツンツン頭をしたイケメンはその周囲に仲間らしい取り巻きを従えていた。
伏竜はこちらは背丈はイケメンとは変わらないが野性味溢れた巨体の持ち主。赤髪の凄いグラマーな美女やらがいる。
そしてその中でも異彩を放っていたのは紫炎の二つ名の長髪の美女。彼女はソロなのか、あるいはクランの筆頭なのか。背にした巨大な剣が凶悪な雰囲気を漂わせている。
名前は呼ばれていないがイクサの既に顔なじみである銀の獅子のヒューの姿もある。
クランの設立者がギルドマスターと共に二階の会議室に行ってしまっても熱気が残っていて今回のことがいろんなところに余波を与えるのは間違いないだろう。
イクサは自分のレベル確認のためにギルド窓口に行った。
***
混み合うギルドの中を掻き分けてギルドの受付の一つに到着すると窓口の奥にいる受付嬢に声を掛ける。運悪く、順番が回ってきてイクサに対応したのはいつも彼を不審な目で睨んでくるマドレーヌ嬢だ。
「すいません、レベル上がったみたいなので確認して貰ってもいいですか」
「あなたは有名人には興味ないんですか、いずれ将来的にどこかのクランに入れるかも知れないのに」
「え、まあ」
あまりにもイクサにとっては縁遠い存在たちだ。今回のダンジョン攻略でケイトやスリザが所属する水晶の戦士団と一緒に参加させて貰ったがイクサはそのクランに入るつもりはない。
それより気になるのは城の変化のほうだ。今回、イクサはパーティでの自分の貢献について実感できた。より成長を確実に感じた。となれば、彼の成長に合わせてあの城も大きな変化があるかもしれないのだ。
それは期待でもあり、恐れでもある。この地での地固め的な生活が続くのと、あの城での行動は真逆で、城の成長はこの地の彼の暮らしを足元から崩す可能性が高い。
「レベル、出ましたよ。25……すぐにでもトップまで昇り詰めそうな勢いですね」
マドレーヌ嬢の呆れたような声が響いて現実に引き戻される。だが、自身の成長の喜びよりも、早く城に行って確認しなければと云う焦燥感に囚われる。受付嬢の胡乱な眼差しに気付かず、ジリジリと浮き足立った思いに囚われていた。
今回、行動を共にした水晶の戦士団のヒーラー、ジャスパーも受付嬢にレベルを確認して貰ってやはりイクサ同様にレベルが上がったのか喜色を露わにしている。
「22、やった!上がってる」
その言葉に、「えっ!」と驚いて振り返る。今回、参加したメンバーのレベルの詳細は聞いていなかった。しかし、レベル20になったばかりのイクサと大して変わらないレベルであったはずだ。
それはイクサの取得経験値量からも類推できる。敵と戦って得られる経験値はパーティのレベルが平均して同程度でないと正しく分配されない。しかし、取得経験値はパーティ内での活動によって増減がある。
ただ参加していただけの寄生では、得られる経験値は殆ど発生しない。今回、ヒーラーのジャスパーが活躍した機会と云えば、序盤の強化、戦闘での参加は余り無かった。
他のメンバーはジャスパーの喜びに迎合するように彼の肩を叩いて励ましている。ことによると支援魔法は思いのほか、パーティでの貢献度合いは高いのかも知れない。
「ようし! 打ち上げに行こうぜ。騒ぎは気になるがそれよりも腹減ったぜ」
大剣使いのチャドがいつもの調子を取り戻したように大声を上げる。がさつな雰囲気はあるものの雰囲気の醸成にはうってつけだ。皆もやや呆れ気味ではあるものの迎合するのに嫌気は無いようだ。戦闘のあとの疲れがそうさせるのか。
イクサ以外は。
皆がゾロゾロと足を引き摺るように冒険者ギルドを出ようとするのに対照的にイクサは背筋が泡立つような感覚に囚われていた。
ケイトがギルドの受付を振り返って、何の気も無くイクサを振り返った。
「イクサ?」
「あ、ゴメン。俺はちょっと行くところがあるから」
「えっ、ちょ、ちょっと」
唖然とするケイトを振り切るように、冒険者ギルドを飛び出していくイクサを見送っていた。
普段の受付業務をこなしながらマドレーヌは視線をギルドホールのテーブルの隅に座っていた男に飛ばした。視線を飛ばされた男は黙って頷くと気配を消してギルドを出て行った。




