story 32 ダンジョン攻略 その4 ボス戦
階段を降りた先は一つの部屋になっていて、ドアの先にはすぐに観音開きのドアになっている。取っ手も何も無い、ただ漆黒の扉。それを抜けると広いスペースがあって今まで通り抜けた来たような迷路状の通路は無い。ただ広い空間があるだけだ。
今までイクサ抜きで何度もここに挑戦しに来ていて、その都度苦い思いをしてダンジョンから逃げ帰ってきた。
一応、ヒーラーの蘇生魔法はある。しかし、ボスが無抵抗の敵を見逃すはずも無く、死の危険が見えたときは敗退が約束されている。ダンジョン内で死んで蘇生されないと、ダンジョンに吸収されて生き返ることは出来ない。
逃げるタイミングを見図るのもリーダーの大事な仕事だ。クランホームに帰ってくるまでがパーティの仕事だからだ。
クライブが左のドアに手を添え、ケイトが右側のドアに手を置いた。
「よし、今日こそ、この層を越えるぞ」
クライヴの声を契機に二人が同時にドアを押してパーティはボス部屋に侵入を果たした。
ボス部屋に初めて入ったイクサはさすがに緊張していた。
ボス部屋は何もない空間で、不思議なことに地面や壁から僅かな光が発せられていて、歩き回るのは不安はない。
そして部屋の中央に上に深い穴が空いていて、そこから何かドロッとした液体が流れ落ちてきて、ボス部屋の中央にある程度の円形の形で広がらずに溜まっていき、そして、最後の一条の流れがしたたり落ちる。
メンバーのそれぞれが緊張した面持ちをし始めたのをイクサは認識した。
「支援魔法、入ります」
イクサのゾーン魔法はボス部屋でも抵抗なく受け入れられた。彼らパーティメンバーの足下から六角形のゾーンフィールドかぜ赤い魔法線のヘックスを描きながらメンバーたちとボススライムを支配する。
ボススライムは今までのスライム層で対峙した物とは違い、巨大で、その形状はイソギンチャクと表現するのが最もそれらしい。ビラビラした襞が周囲を覆い、足下は一つのまとまった貝柱のようであり、体表の部分から長い触手を伸ばしている。
「来るぞ! 回避ッ」
クライヴが声を上げた瞬間、なんとボススライムはその巨体で大きく撓むと一気にジャンプしてパーティに体当たりをかましてきた。
「【イージス】!」
イクサは咄嗟のことに判断を戸惑い、回避するよりも自分の魔法を頼った。イージスは巨大な魔法の盾を生み出す魔法だ。
そして、イクサの唱えた対物理防御魔法に飛びかかってきたボススライムは正面からビッタン、という形容詞が似合うようにまともに不可視のバリアにぶち当たったかと思うとズルリ、と透明な盾から滑り落ちたのだ。
「なっ」
呆気にとられるメンバーたち。しかし、イクサはここをチャンスとばかりにさらに畳み掛ける。
「【パライザー】! 【ターンスパイク】!」
イクサの広げた両手の間から飛び出した魔法の力が不可視の力の前に藻掻く肉の塊に絡みついていく。確かにビクン、とその体表を痙攣が走るのをメンバーたちは見ていた。
「何をしているんです! 今ですよ、攻撃してください」
「おっ、おう。スマン、行くぞ、みんな」
「えっ、ええ」
思わず声を開けたイクサの叫ぶような叱咤にハッ、と我に返ったメンバーはボススライムに飛びかかっていった。
今まで、最初のような体当たりは無かった。それまでは飛びかかってくる触手や溶解液を回避するだけで精一杯で、攻撃など出来なかったのだ。ただ、狩人の打ち出す属性矢が僅かなダメージを与えるだけで。
それがイクサの魔法によって状況は一気に彼らの優勢に傾いた。
ゾーン魔法による攻撃力の上昇と支援効果により攻撃の手段を得た。反対に防御力を落したボススライムはビクンビクン、と体表を揺らすばかりで持ち上げようとした触手も麻痺によって身動きできず、さらに地面に設置された罠が牙を剥く。
無我夢中で振るう剣により、メンバーたちによる攻撃でダメージを蓄積していくボススライム。それは一方的な光景だった。
そして、かなりの長い時間、メンバーたちの攻撃に晒されたボススライムは声にならない叫び声を絞り出す。その声にパーティメンバーたちが固唾をのんで見守る中、スライムはたった一瞬で無数に分裂し、波のようにメンバーたちに襲いかかる。
「た、待避!」
「う、嘘っ、また、またなの!」
さすがにこの数はいくら優勢であと僅かの攻撃でとどめを刺せるとは言え、あまりに数が違う。スリザは絶望に暮れて悲鳴を上げる。イクサの強大な魔法を持ってしてもボスを超えられなかったのかという絶望に暮れる。
しかしイクサはまだ諦めの表情は無かった。
「【ジャッジメント】!」
イクサの広げた両腕の間から白い閃光が飛び上がると高く打ち上がり、無数に分裂したボススライムの群体の上で弾けた。それは十字の形をした無数の光の剣で、ボススライムたちを一体ずつ確実にとどめを刺していく。ボス部屋全体を白い閃光に包んで串刺しにされたボススライムは今度こそ、その命脈を絶たれて一斉にバシュッ、と弾けると黒い煙となって消え、中央にはひときわ巨大な黒い魔石だけが残されていた。
「やっ──やったあ!」
「えっ、ええ、私たち越えたんだわ」
歓喜して飛び上がるスリザに抱きかかえられて感動を口にするケイト。メンバーたちは互いに健闘を讃え合う。
同時に彼らは皆考えていた。イクサを手放す訳にはいかないと。
彼の力は今回の攻略で明らかになった。ウィザードの派手な攻撃魔法とは対極にあるような、一見すると地味な支援魔法。しかし、彼らパーティを組んでダンジョンを攻略するためには一発で終わるような、しかも継続して仕事をこなせない強大な術者よりも、支援魔法がより好ましいのは明らかだ。
「イクサ、ありがとう。君の力が無ければ俺たちはこの壁を越えられなかっただろう。どうかな、これを契機に水晶の戦士団に、俺たちのクランに入団するというのは」
「えっ、ああ、はい。考えさせてください」
イクサは彼の肩をガッチリ、と押さえ込んで畳み掛けるようにクランの入団を迫るクライヴに圧倒されながら、どうにか今までのスタンスを固守する言葉を絞り出すのが精一杯だった。
「まあまあ。今は転移門を開いて地上に上がろうぜ。今夜は宴会だ。この魔石さえあれば今までの鬱憤も晴れるもんだろう」
ボスモンスターからドロップする魔石は巨大でとてつもない価値がある。今まで赤字続きであったこともあって肩身の狭い思いをしていたがそれもこれで終わりだ。今まで二軍でくすぶっていたメンバーもこれを契機にして一軍へと夢見るのも当然だ。




