story 28 クラン・水晶の戦士団とダンジョンへ
イクサは廃城を後にすると、途中までガルムに送って貰い、街の壁が見える辺りで彼を召魔界に送り返すとそこからは徒歩で帰った。時刻はもう夕刻を過ぎていて、冒険者で無ければ街に入ることは出来ない時間帯だった。
今、定宿にしている宿、森の夜露亭に戻ってくると丁度、夕飯時で食堂は冒険者や宿の食堂を利用する街の住人たちで混雑していた。
彼らの姿を見ると急に腹が減ってきたイクサも空いている席を探したが、どこにも無かったため、ローブを被った冒険者らしい二人組の男女の使っているテーブルに相席をお願いすると女性のほうが嫌な顔も見せず、「どうぞ」と頷いてくれた。
宿の看板娘に手を上げて料理を注文する。
「すいません、食事一人前追加で」
「あらお客さん、上に泊まっている人だね。毎度どうも」
夕飯時にはこの宿では一種類の日替わり定食しか提供していない。あとは飲み物ばかりだ。手に料理を載せた盆とエールのジョッキを運んできた看板娘は商売っ気たっぷりにウインクしてイクサの前に夕食とジョッキを置くとテーブルを離れていく。
同じテーブルに同席した二人はチラチラ、とイクサに視線を向けてくる。
「なんです?」
「あ、ごめんなさい。あなたも冒険者なのでしょう? 見た感じ、ヒーラーのようだけど」
「ええ。もしかしてパーティのお誘いですか。それなら申し訳ありませんが先約がありますので」
「そう、本当に残念だわ。クランホームを使っていない所を見ると新人だと思ったから」
そういった彼女は言うほど残念そうには見えなかった。フリーのヒーラーなんてそんな優良物件がそうそう転がっているはずもない。
イクサは食堂で二人と別れて自分が借りた部屋へと戻った。翌日はクラン水晶の戦士団ととうとうダンジョンだ。まさか初見でダンジョンには入れるとは。それだけに彼に期待されているということだろう。遠足に行く前日の学生のようにワクワクしつつ、眠りに就いた。
翌朝、宿を出ると水晶の戦士団のクランホームへ向かう。この都市は周囲が森に囲まれていて朝方は都市の防御壁の外側を流れる川から流れる霧が濃く、雨が少ない気候にも関わらず空気は乾燥していない。朝、通りには既に仕入れの商人や、彼らの護衛らしい冒険者が通っていて街が目覚め始めている。
水晶の戦士団のクランホームは街の西側に位置している。ダンジョンそのものは北側のゲートを通って外にしばらく行くと見えてくる。瘴気の濃い不気味な紫色の水面をした沼地の中に奈落の口を開いている。
街の北側はトップクランのグランドナイツが陣取り、スタンピードでダンジョンから溢れたモンスターを最初に迎撃し、街を守る役目を担っている。
イクサが街の西門近くに近づいてくると、今回彼と同行する水晶の戦士団のクランメンバーがホームから出てきた。この前も顔合わせをしたメンツが気づいて手を上げた。
「イクサ、来たわね」
ルーキー研修でも一緒になったスカウトのスリザがイクサの姿を認めて手招きする。彼女の隣ではケイトも頷いて目配せしてくる。
「どうも。今日はよろしくお願いします」
「ああ、期待してるぜ」
「背中は任せたからな」
イクサがペコリと頭を下げると彼の肩をポンポン、と前衛職のメンバーが叩いて挨拶してくる。
前衛職のメンバーそれぞれの装備の確認に余念が無い。ポーターのジョアンやヒーラーのジャスパーは多少、不安げな表情を見せていた。
イクサの場合は特に装備は必要ない。いつも通りの地味なローブ姿だ。変えたところと言えば足下はいつものサンダルから革のブーツにしている。それぐらいの差だ。
「イクサさん、よろしく」
「ええ、こちらこそ」
ヒーラーのジャスパーがイクサの顔を見るとあからさまにホッとした様子だ。今回、ダンジョンに挑むのはこのパーティにおいて殆どが初見だ。
それぞれ自分の仕事に徹するだけだが、常時魔物の影におびえて行軍する必要があるダンジョンにおいては適度に気を抜いて適度に気を張るといった芸当が必要になる。
そういうさじ加減、スイッチの切り替えは難しいものだ。いざというときに自分の力を存分に発揮出来なければ周囲からの評価は下がってしまう。
今まで彼らと一緒の仕事をしたことがないイクサには想像でしか分からないがヒーラーのジャスパーはそうしたことがあったのかも知れない。
「今回は俺、クライヴがリーダーを務めさせて貰う。メンバーが揃ったから馬車に向かうぞ。ダンジョンの中での立ち回りについては馬車の中で確認する。馭者はジョアンが頼む」
「ああ、分かった」
彼、クライヴはソードマスター、剣士で腰に二振りの剣を提げている。精悍な男前で自信を表情に表していた。
今回ダンジョンに入る水晶の戦士団のパーティメンバーは次の通り。
クライヴ(剣士)、ケイト(双剣士)、スリザ(スカウト)、イアン(狩人)、ジャスパー(ヒーラー)、ジョアン(ポーター)、そして最後にイクサ(ヒーラー)だ。
数が多ければ攻略難易度が下がるというものではなく、1パーティ6人程度が適している。
メンバーはそれぞれクライヴの言に頷き、ぞろぞろと彼の後を追って西門の馬車の停車場へと歩いて行く。その後をイクサも追う。
さすが有名クランともなると専用の馬車も持っていて、幌のついた馬車には水晶をあしらったクランのマークが描かれ一目で彼らのものだと分かる。周囲にたむろする商人や荷馬車を扱う荷下ろしの労働者たちもチラチラとクランの馬車に視線を向けてくる。彼らはクランの馬車が動くときはダンジョンに向かうのを知っているのだ。
馬車の中には幾つかの樽や木箱が入っていて後ろの方に動かないように紐で固定されている。馭者の座る位置にジョアンが腰を落ち着けて馬の手綱を握る。
馭者に近い方からクライヴ他前衛組、後ろの出口に近い位置にジャスパーやイクサが乗った。
「よし、全員乗ったな。出すぞ。まず外壁沿いに北門へ向かう」
ジョアンは馬に手綱を入れた。
馬車の車輪にはもちろんサスペンションなどはなく、都市の内側の道とは言えゴツゴツとしたレンガが埋め込まれて、時々尻の下から突き上げてくるような衝撃はあるもののまだ耐えられる。
そしてしばらく進むと都市の北門がその姿を現す。北門はダンジョンに最も近い門だけあって、他の門とは違う厳重な作りをしている。
門は三重構造になっている。門の外に向かう馬車は一度、内側のゲートをくぐる。そこで内側のゲートが閉じて、そこで初めて外側のゲートが開く。
内側のゲートは特に一線級のクランと彼らをサポートする貴族向けに華美に作られている。それに反して外側のゲートは閉じてしまうと絶壁で飾りなど全くない実用一辺倒の作りをしている。
「すっ──すっごいなあ!」
初めて北門のゲートの構造を見たものはあんぐりと口を開けて見上げているばかりだ。イクサもあんぐりと口を開けてその機構を見上げていると、何度か既にゲートをくぐっているメンバーたちはニヤニヤ、と口の端を歪めたり、あるいはウンウン、さもありなんと頷いている。
「でしょう。私たちもこれを初めて見たときはそう思ったから」
ケイトは振り返ったイクサの驚いた表情を楽しそうに見返しながら囁いた。クライヴは馬車の壁に寄りかかり、彼の得物である長剣の鞘を抱え呟く。
「北門はこの都市の要だからな。まあ、ここまで侵入を許したとあれば負けは確定だがな」
外側のゲートが降りて完全に馬車が都市の外に出ると、外側のゲートは酷く汚れていて都市の内側のゲートと同じモノとは思えない。だが、それは同時にゲートがスタンピードによってダンジョンから溢れた魔物たちを堰き止めた証でもあるのだ。
さっきまで長閑な雰囲気だった馬車の中の空気が一気に緊迫していくのを感じられた。
この先は人里もなくただ濃い森の緑が迫ってくる。この道をしばらく進めばやがて景色は一変する。
緑は所々枯れ、街から離れると道は舗装されておらず、所々深い轍を刻んでいる。ジョアンはそれを避け、慎重に馬車を進ませる。馬車は街から離れるごとにスピードを下げ、殆ど歩くような速度で進んでいく。
漂う空気に臭気が混ざりだし、メンバーもそれぞれスカーフで口を塞いだり、それが出来ないものは顔をしかめている。
「そろそろ見えてくるぞ。覚悟はいいな」
馬車は瘴気の漂いだした街道を抜けて、白い石で作られているドーム状のさながら野外音楽堂のような丸みを帯びた巨大な石の塊の前に停まった。




