story 29 ダンジョン攻略 その1
その石の塊の土手っ腹には巨大な横穴が広がっていてまるでワームの顎のようだ。
「ダンジョンの入り口に着いたぞ。降車してくれ。俺は馬をつないでくる」
ポーターのジョアンは御者台から降りて馬車から馬を外して、ダンジョンの入り口に設けられた簡単な停車場の厩舎に馬を連れて行った。他のメンバーは馬車から降りるとそれぞれ気を引き締めているように振る舞っている。
「ダンジョンに入る。ダンジョンに入ったことのない奴のために説明する。ダンジョンの中、俺たちが目的とする階層は四階層、スライムキング討伐を目指す」
クライヴの説明は続く。ダンジョンはゴツゴツした岩で出来た回廊タイプ。魔物はゴブリン、コボルト、スライムなど。それから倒した魔物が落す魔石についてはポーターのジョアンが拾うので警戒を怠らないこと、等々。
もちろん初耳のイクサはそれらの注意事項を心にメモを取るようにしっかりと記憶に留めた。神妙に頷いているイクサにケイトは面白そうに笑いを浮かべた。
「前衛は俺とケイトだ。哨戒はスリザ、そしてイアン、頼む。後はジャスパー、そしてイクサ。殿はジョアンだ」
「防御魔法かけるよ」
ジャスパーの周りにみんなが集まったのに気づいて不審な顔をしながらもイクサも従って一瞬遅れて駆け寄る。
ジャスパーは手にした樫の杖を捧げて瞑目する。静かで小さな声が彼の唇から漏れるがなんと言っているかは聞き取れない。しかし、詠唱に従い彼の体のラインが青い光を纏うと、次の瞬間、周囲にそれが弾けて広がり、それぞれに防御効果が掛かるのを感じた。
「よし、いくぞ」
「おう!」
ジャスパーは一仕事終えたようにホッとした様子で、一息つくとイクサの視線に気づいてニコッ、と笑うと歩き出した前衛たちに遅れまいと足を進めた。
「スリザは右、イアンは左を頼む」
「分かったわ」
「いいぜ」
それぞれの得物を抜いてスカウトと狩人は周囲や回廊の奥に警戒をし始める。スリザは短剣、狩人のイアンは肩に担いでいた小さめの狩り弓に矢をつがえて、周囲に気を飛ばしていた。
ダンジョン内部の回廊にはところどころに壁の上の方に台があって、そこにメラメラと炎が立っている。油の匂いはしないからそれすらも魔法の灯りなのかも知れない。
中に入ってしまうと闇が迫ってきて、壁の灯りも隅々まで照らしてくれるわけではなく、イクサは戦々恐々といった感じで足を進めていた。他のメンバーは通い慣れた道のようで、警戒はしているものの彼ほど恐れている印象は受けない。
しばらくは何も出なかった。入り口から続く坂を下りてまっすぐに突き当たりまで行くと回廊は右に折れる。その先は幾つもの曲がり角が見える。
スリザがめざとく手前の曲がり角に魔物の気配を感じてピクッと肩を震わせる。
「来たわ! すぐ前、ゴブリン二匹」
スリザがその場で佇むと、彼女を追い抜かすように腰にクライヴ佩いた剣を抜き、素早く双剣を抜いたケイトが髪をなびかせ、先頭に立つ。
ギャッギャッ、と耳障りな声を立てて錆だらけの包丁のような武器を手にした青い小鬼が二匹、駆け寄ってくる。背丈はケイトの腰ぐらいまでだろうか。狩人のイアンがギリッと狩り弓を音を立てて構えると全く躊躇無く、矢を放つ。彼の打ち出した矢はクライヴとケイトの間をヒュッ、と空気を切り裂く音を立てて擦り抜けると小鬼の一方の眉間を貫く。
「はあッ!」
体勢を崩した小鬼のもう一方をクライヴが大上段に構えた剣を振って袈裟切りにする。肩からバッサリと両断された小鬼はグフッ、と黒い血を吐いて絶命すると、次の瞬間、バシュッと音を立てて黒い粒状の煙となって消えて、その場にはカラン、と軽い音を立てて小さな黒い魔石だけが残される。
一方、眉間を貫いた小鬼にも油断なく、ケイトは双剣を振り抜いてとどめを刺す。
イクサが緊張に拳を握りしめて瞬く間に終わった戦闘に見入っていると、魔石を拾い上げたポーターのジョアンはポン、とイクサの肩を叩く。
「こんな序盤から気を張ってたら先が持たないぜ」
「は、はあ……」
スリザがニッコリ、と笑い、ケイトもイクサに柔らかい微笑みを浮かべた。素人丸出しのイクサの様子にパーティメンバーは寛いだ雰囲気を漂わせた。
「次っ。奥、ゴブリン三匹、来るぞ」
狩人のイアンが緊張した声を上げる。
ここはまだ一層。登場するモンスターはレベル5程度の格下のゴブリンだけだ。この様子ではしばらくイクサの活躍はなさそうだ。
例のギャッギャッ、という耳障りな鳴き声を立てて、ゴブリンが小走りに駆け寄ってくる。
パーティは少しずつ前進し、交差路の中心まで来た。交差路では前後、左右と見通しがよくなる。それは敵にとっても同じだ。
パーティは基本的に前衛のいる前方からが最も固く、ポーターやヒーラーのいる側面や後ろからはもろい。そのため陣形を変える。
クライブ、ケイト、スリザ、イアンがそれぞれ菱形の頂点になるようにヒーラーのジャスパーを中心に位置を変える。
イクサは、ぼんやりとその陣形が、彼の最も得意とするゲーム、リアルタイムストラテジーの防御効果で最も効果の高い支援効果を発揮出来ると考え、無意識に両腕を広げると小さく「ディメンション」と呟いた。
「!」
パーティメンバーは彼らの陣形の中心にいたイクサから何か魔法の効果が発せられたのを知覚したものの、特に体に支援効果が掛けられたような違和感を感じず、すぐに注意を前方に戻した。
「来るぞ!」
クライヴが注意喚起の声を上げる。パーティは先ほどと同じように奥から現れたゴブリン三匹を慣れた様子でいなす。
始めに駆け出したケイトがゴブリン2体に間に空いた隙を見逃さずに双剣を振り抜いて一匹を倒し、さらにもう一匹にダメージを与えるとクライブがダメージを負った小鬼にとどめを刺す。
残りの一匹のゴブリンはたちまち仲間を倒され、怒ったように手を振り回してギャッギャッ、と鳴き声を上げる。そこに狩人のイアンの弓から放たれた矢が顔の中心と剥き出しの胸に突き刺さる。
「っ、後ろ。ジョアン! 下がって」
スリザが声を上げる。
どうやら、今まで通ってきた回廊にゴブリンが沸いたようだ。これがダンジョンの恐ろしいところだ。さっきまで何も居なかったはずの場所に突如、敵が沸くから注意を怠れない。
「ひっ」
ポーターのジョアンは守って貰うばかりで戦闘力は無い。そのとき、それは起こった。丁度、陣形がイクサ、ジャスパーと並んでいた間にジョアンが駆け込んで三人が横に並んだときだった。
「えっ」
「ああっ」
後ろから突進してきた一匹のはぐれらしいゴブリンがキィィィ、と甲高い声を上げてジョアンに斬りかかったのだ。
クライヴもケイトも、そしてスリザも対応出来ない。だが、ゴブリンの構えていた小剣はジョアンの背中に突き刺さるかと思いきや、「カイーン」という軽い音と共にはじき返されたのだ。
全員、何が起こったのか知覚出来ない。
しかし、突進してきたゴブリンは手にしていた得物を手放してしまい、もんどり打ってひっくり返り、クライヴもそれを見逃すはずもない。
「はぁぁッ!」
手にしていた長剣を腰だめに構えて三人の横を駆け抜けると体を起こし掛けていたゴブリンの首辺りを串刺しにして突き殺す。
突きを入れたポーズで停まったクライブの剣の先で絶命したゴブリンがフシュウと煙となって消え、カラン、と小さな魔石がその場に転がり落ちた。
「今のはなんだ? 何が起こった」
「俺、刺されてない? どういうこと」
パーティメンバーも今の現象の説明がつかない様子で首をひねっている。
「俺の支援魔法です」
イクサがぼそっと告げると、全員がぎょっとして彼を振り返る。スリザはイクサに飛びかかってきて血相を変えた表情で彼のローブの首辺りを掴んで詰問してくる。
「どっ、どういうこと!」
「えっ、あ、あの……」
イクサはしどろもどろになりながらも内心「やっちゃったなあ」と冷や汗を掻いていた。
「イクサ、説明して。スリザ、手を離して」
ケイトがスリザの手を押さえてイクサを解放すると彼はゲホゲホと咳をしてコホン、と顎に手を置いて息を整えた。
「さっきも言ったように、俺がさっき、支援魔法を掛けました。これは戦闘領域を支配し、パーティメンバーがそれぞれ決まった陣形を取ったときに発動するものです。今のは丁度、俺たち三人が横に並んだ形になり、防御効果が発生しました」
「ゴブリンの攻撃を跳ね返してたぞ」
「はい、この支援魔法が掛かるとそれぞれの防御効果が二割増しになります。二人なら五割、三人なら七割五分上昇します。このダンジョンに入るときにジャスパーが掛けた防御魔法の効果を、この支援魔法は上書きしますので、防御効果がゴブリンの攻撃力を上回ったようですね」
イクサの説明に何が何やら分からないといった感じで戸惑っているメンバーたち。
「俺もまさかこんに上手くいくとは思わなかったんですが、凄いですね」
「……何言ってるのよ。こっちはもっとビックリしたわよ。でもお陰で助かったわ」
ケイトはイクサのいつもと変わらない飄々とした態度に気が抜けたようにため息を漏らす。
「イクサ、今のは助かった。だが、次からは一言、言ってくれると助かる」
クライヴは半分納得出来ない様子だったが、ケイトとスリザの様子から、イクサが害はないと判断したようだった。
「あ、はい。分かりました。支援、掛けます、みたいな感じでいいですか」
「ああ、それでいい」
「あ、言い忘れてたんですけど、この支援魔法、防御力だけじゃなく攻撃力も上がりますので」
「な、なにぃ」
クライヴは今度こそ絶句した。
しかし、次の瞬間、不敵な笑いを浮かべた。その笑いの意味に追従するように他のメンバーも安堵したようだ。
「これはひょっとしてイケるかもしれんな」
「うんっ」
スリザはバシッ、とイクサの背中を強く叩いた。
「やっぱり、あなたは凄いわ。いいわ、やりたいようにやっちゃって」
「は、はあ」
ヒリヒリする背中を押さえて何が何やら分からないイクサだった。




