story 25 クラン・水晶の戦士団の見学
冒険者はギルドの補助によりレベル20になるまでは寮を利用できる。下級の冒険者がクエストで得られる報酬なんて大体は必要経費で消えていく程度のもので、儲けにはならない。腕も未熟なうちは魔獣を相手にするのは危険だし、それらを狩って素材を売ったり、肉を業者に卸したりなんかも出来ない。
冒険者になりたての新人にとって宿代は痛い出費だ。当然ながらそこにはイクサも含まれる。イクサはベロニカとの討伐行でレベル20に達し、退寮を迫られた。
寮を追い出されれば、冒険者は自分で宿を用意しなければならない。街の中では金がないからといって道ばたで寝たりすれば、衛兵にしょっ引かれて牢入りは確実だ。勿論、道ばたで寝ても疲れは取れないし、牢入りともなれば信用第一の冒険者家業は完全に詰んでしまう。街の外では命のリスクがあって寝るどころではない。
イクサが得た新しい塒は冒険者用の宿では割と上等な部類に入る。個室もあるにはあるが寮上がりの懐にゆとりのない冒険者が利用するのは雑居部屋だ。広い部屋に幾つもベッドが置かれていて、どうにか一人分が寝られる粗末なスペースしかない。当然、プライベートなんて確保できる筈もなく、手癖の悪い同室の人間に寝てる間に掏られても文句も言えない。イクサは壁も天井もないそんなスペースで寝るなんて出来なくてあまり余裕はないものの無理をして個室を取った。彼の場合、いざとなれば廃城の教会スペースという屋根付き個室が利用できる。
ともあれどうにか生活の拠点となった街の宿は、森の夜露亭という名の二階建ての旅館で、イクサの他にも多くのルーキー上がりの冒険者が利用していて、朝食を摂りに入り口のホールにある食堂に降りてくると見知った顔があった。
冒険者ギルドの新人向けチュートリアルクエストで一緒になった双剣士のケイトという赤毛の少女だ。彼女もイクサに気付くと柔らかく微笑んでくれた。
「席、ご一緒してもいいですか」
「どうぞ。気兼ねしないでいいわ」
イクサがホールを見回して、ほとんどの席が埋まっていてあまり席の余裕がないので同席を申し出るとケイトは手を差し出して快く迎えてくれた。
「あなたも寮を出たのね」
「ええ。レベル20になったので仕方なく」
「ふふっ、もしかして寮が気に入っていたの? やっぱりあなた面白いわ」
「だって食事もベッドもタダですからね」
イクサが席に着くと宿のホール担当のウェイトレスが食事を運んでくる。ウェイトレスに礼を言って食事に手を付ける。宿賃もリーズナブルで個室が使える利便性はあるが食事は別料金になる。朝のメニューは日替わりでスープと肉と野菜とライスの簡単な定食メニューだ。
「ケイトさんはもうクランに入ったんですか?」
「ええ、あのギルド主催の新人向けの依頼のあと、私たちにも声がかかったの。呼び捨てでいいわ。私もそう呼ばせて貰うから」
ケイトも覚醒持ちの冒険者らしく、あの顔見世から幾度かクエストをこなしてレベルを上げていたらしい。
「私とあの子、スリザも一緒よ。入ったのは『水晶の戦士団』というクランよ。あなたはもうどこかいいところに入ったんでしょう?」
「いえ、僕はまだですね。ちょっと人をはばかる理由がありまして」
「あら。意外ね。でも急ぐ物でもないわね。あなたなら勧誘は引きも切らないでしょうから」
「どんな感じですか。その『水晶の戦士団』というクランは」
「いいところよ。面倒見はいいし。ただね、賄いがちょっとね」
ケイトは言葉を濁した。クランならホームという寮代わりに住む場所がある。ホームには当然のことながら専門のコックがいて賄いの食事もとれる。宿の確保や装備品の調達、保守、食事など、そうした雑事に囚われることなく自身の強化に専念できるのはクラン所属の大きな利点となる。
ケイトもクランに所属しているから、ホームの賄いを利用出来る。にも拘らず、ここで食事を摂っているということは料理に不満があるということだ。
「そうだ。よかったら見学に来ない? まだクランに入ってないんでしょう。ギルドの受付の人が噂してたから」
「あー」
イクサは冷や汗を掻いた。
例の受付嬢だろう。イクサがクラン銀の獅子から誘いを受けたにもかかわらず加入を断ったことで、彼女の心証を悪くしたようだ。依頼を受けに受付に行くと彼女の担当の場合、たいていイクサは睨まれている。
彼女、ケイトの誘いは他のクランの様子も知りたかったイクサにとっては渡りに船と言える。とはいえ加入した場合、束縛がきついと街の外、禁域と呼ばれるあの廃城に行ったり、召魔たちと会うのが難しくなる。
この町でのほかの冒険者との触れ合い、交流は人の身である彼にとっても断ちがたい。いくらグリフィンやガルムたちを愛していても一人で森に棲むのは孤独に過ぎる。
「そうですね。それもいいでしょう。ええ、頼みます」
「フフ、あなたがもし参加してくれたら私たちも心強いわ」
もしかするとイクサの銀の獅子団への不参加の件、意外に広まっていて獲得競争にでもなっているのかもしれない。それでなくても魔法職の後衛は特殊な教育が必要なため、勧誘は引きも切らない。
イクサにしてみてもクランは魅力的だ。廃城と召魔たちのことがあるとは言え、覚醒持ちならダンジョンでの戦闘でレベルを上げていくことも大事なことだ。彼としても自分の中に眠る能力について興味がある。今までの魔法使いたちの使ってこなかった弱体魔法のポテンシャルは魅力的だ。
***
イクサは朝食の後、ケイトに案内されて『水晶の戦士団』のクランホームに向かった。『水晶の戦士団』のクランホームは冒険者ギルドからほど近い南ゲートの傍にあった。大樹を切り抜いたような面白い形をしている塔が彼らのクランホームのようだ。
正面の扉を開けるとホールになっていて、これから出陣するのかメンバーが装備を調えているところだった。二人がホールに入ってくると手を止めてケイトに挨拶する者やイクサを見て不審な顔をする者もいる。
「おう、新入りか?」
ケイトに声を掛けてきたのはガッシリとした体格の男だ。如何にも見てくれが荒くれ者を地でいくような筋肉隆々としたスタイルをしている。肩に掛けている巨大なバトルアックスを見るに重戦士なのだろう。
「彼は見学よ。ヒーラーのイクサ。こっちはチャド、大剣使いのソードマスターよ」
「イクサです。よろしくお願いします」
「おう。見学と言わずにすぐ入ってもいいんだぜ。ヒーラーなら即戦力だろうからな」
「ハハ……」
荒っぽいチャドの対応に苦笑しながらイクサは水晶の戦士団のクランホームのロビーの中を見回した。大樹の真ん中をくりぬいたように、内側の樹皮に当たる部分に幾つもドアが並んでいる面白い構造だ。大きなテーブルが置かれたロビーにはケイトとチャド以外にも何人か団員がいてイクサに誰何の視線を送ってくる。
「ケイト、こいつも連れて行くのか?」
「見学でも入れるの? ダンジョン」
「えっ」
ケイトに声をかけたのはクライヴというチャド同様水晶の戦士団では二軍の男だ。手にした小剣をクルクルと器用に手の内で振り回している。
「ダンジョンへの入行は記録として残される。その成果で貢献度が決定される。だから二軍上部以上の腕が要求される。ケイト、今日は二軍下部に与えられたチャンスだ。そいつが使えるなら連れて行ってもいい」
ケイトはちんぷんかんぷんな顔をしているイクサを振り返り、再びクライヴに視線を戻した。ケイトとチュートリアルクエストをこなしたスリザもいてケイトの頷きに応えるようにこちらも頷きを返した。
「分かったわ。イクサ、こっちに来て」
「え、あっ、ハイ」
ケイトに促されるまま、イクサは彼女の後を追ってホールから出て小部屋に通された。スリザも一緒に着いてくる。そこはこぢんまりとした会議室のようだ。
「ど、どういうこと?」
「よかったじゃない。腕を振るうチャンスよ。」
「こ、このままダンジョンにつれていかれるのかい?」
「そうよ、こんな機会滅多にないんだから。私はあなたの腕を信頼してる」
「ちょっ、ちょっと待って」
急な展開について行けないイクサにケイトは何が不満なのかという眼差しで見ている。黙ったケイトの代わりにスリザが口を開いた。
「つまり、あなたもダンジョンに連れて行って貰えるのよ」
「えっ、えーっ」
まだ戸惑いを隠せないイクサにケイトも彼を説得するように言い募った。
「あのときのあなたの動き、その働きは今もはっきりと記憶に留めているわ。私たちはあなたの腕と能力があればクランの中の順位を上げられると踏んでいるの。ね、協力してよ。あなたもレベル上げ出来るんだから損じゃないでしょう」
イクサは今与えられた情報を吟味する。どうやら彼の立ち回りは彼らの注目を受けたようで、その能力を高く買われているらしい。まさかイクサもクランに入る前にダンジョンに入ることが出来るとは思っていなかったのでそれは僥倖と言える。
だが、それは諸刃の剣だ。彼の能力を高く評価して貰えるのは嬉しい。イクサは廃城と彼だけの能力、召喚魔法と召魔たちとの関係を断ち切ることは出来ない。ここでクランに入ることになれば自然、廃城との距離は開いてしまうだろう。
だが、レベル上げの機会は彼にとっても美味しい話だ。もし、突発的に傭兵のような立場でフリーに各クランにお邪魔して、ダンジョン攻略に参加させて貰えるならそんな美味しい話はない。まあ実際にはそんなムシのいい話はないだろうが。
今回の件は特例としても彼ら水晶の戦士団のクランの下位グループの得点稼ぎとして即戦力を期待されているのだろう。
思案していたがイクサは覚悟を決めた。自分の中に眠る力の覚醒を促す意味でもレベル上げは必須だ。今はグリフィンたちと距離を置くことになってもレベルが上がれば後で幾らでも取り返せる。
何よりイクサがダンジョンという新しいエリアに強く惹かれていた。イクサは覚悟を決めた。
「ハーッ。分かりました。よろしくお願いします」
「決まりね。やったあ。これで上の連中に一泡吹かせられるわ」
イクサが観念したように溜息を吐くと、それと対照的にスリザはパチン、と指を鳴らして歓喜する。ケイトも期待するように微笑んで彼を見ていた。




