story 24 調査報告
ソードマスターの女戦士ベロニカと討伐行に付き合って街に戻ってきたイクサは冒険者ギルドの受付で報酬を受け取ったその足で寮へと戻った。この依頼をこなしたお陰でフリーのルーキーでありながら覚醒のアビリティもあり、レベル20に達した。レベルが上がり、新しい魔法の力も得てイクサはまた強くなった。しかし困ったこともある。
冒険者ギルドがルーキー育成のために提供している寮という施設はそこにいるために条件を定めている。一つ、年齢が二十になるまで。二つ、レベルが20になるまで。つまりレベル20になったイクサは寮を出なければならないのだ。幸いなことにこのところに立て続けに依頼をこなしているお陰で報酬を多く得ていて、懐は温かい。
寮はイクサにとっては居心地のいい場所だった。相部屋ではあるものの特に気兼ねなく過ごせた。尤も、彼が利用したのは主に朝食と寝場所としてでしかなかったが。
寮母に帰還の挨拶をして一緒にレベル20に達したことを告げると喜ばれ褒められた。同時に残念がらもした。寮の食事を積極的に摂るのはイクサぐらいだったらしい。
荷物と言ってもここに置いている物もなかった。今イクサが抱えている冒険者ギルドのチュートリアルクエストでもらったズタ袋に入っている物がすべてだ。ギルドの窓口で討伐行で得た狼の魔獣の毛皮や素材は換金してしまったため殆ど空だ。
イクサがまだクランに入ってないことを知ると寮母からはお勧めの宿を教えて貰えた。とりあえずそこがしばらくの塒になる。
***
イクサが寮を引き上げて、新たな塒に落ち着いたころ、ベロニカはギルドの会議室でギルドマスターとイクサの監視についての報告をしていた。最初に口を開いたのはギルドマスターのアガフォン・ロジオノフだ。姓持ちは貴族の証だ。それもアガフォンはこの国の四王と呼ばれる統治に関わる最大貴族の内の一人だ。彼は主に冒険者に関わるギルドの権利を掌握している。彼自身、身分を隠して冒険者として剣を握っていたこともある。そのため貴族でありながら冒険者の事情にも通じていると信頼も厚い。
「それであんたの見解を聞こうか」
身を乗り出して会議室のソファに腰を下ろしたアガフォンは向かい側のソファに背を預けて脚を組んでいる女戦士に話を促した。
「あれはヒーラーじゃないな。ヒーラーの力を持つ別の何かだ」
「やはりな。もし奴がこのままその能力を我々のために使ってくれるならいいんだが」
「あの力が失われた魔法なら新たなカテゴリーのジョブが必要かもな」
「弱体魔法か」
部屋にいる三人目、イクサをよく知る人物として受付嬢のマドレーヌが淹れた茶の香りが対峙する二人を挟んで置かれているテーブルに載せられたティーカップから漂う。マドレーヌは会議室の窓際に無言で佇み、他の二人の話には加わらず窓の外の冒険者や街の住人が行きかう光景に目を下ろしていた。
「それで奴の言う師匠とやらについては?」
「庵のそばの崖から見ていたのは禁域の、霧の辺りだ」
アガフォンはううむ、と唸り声をあげて顔を上げた。イクサについては謎が多い。その出自も不明だが、人格や能力については疑う点が無い。彼らにとっては未知の力である弱体魔法はキャスターの力を底上げし、ひいてはパーティにとっての新たな戦力になる可能性がある。
その一方でリスクもある。一般に知られているサモナーが魔王としてこの一帯を襲ったという昔話はその実、全く違う側面を持っている。
高レベルになり、ダンジョンを使うようになると嫌でもその事実に突き当たる。この国は、いや国と国はダンジョンにより関係を断たれている、と。ダンジョンを取り巻く毒の大地は深い呪いだ。
彼らのようにごく一部の者はこの国が決して孤立した存在ではなく、毒の地のその向こうに別の国があることは知っている。
飛竜を擁する国王の手の者から、空を飛ぶ何者かがいたとの報告も受けている。翼持つ魔物に乗った者が降りたのも禁域とされている霧のエリアなのだ。
飛竜であっても毒の地を超えることは出来ない。呪われた大地から立ち上る瘴気は高空まで影響し、この地域を隔離している。
イクサが見ていたという霧のエリア。禁域とされているのは、その霧が濃密で決して晴れることなく、また強力な魔獣が潜んでいるからだ。ベロニカのような高レベルのソードマスターであっても視界を奪われては戦闘どころではない。あの四本腕の熊の魔物、ルナベーアも禁域の魔物で霧の外に出てくればベロニカほどの戦士となれば大しててこずる相手ではない。
「ま、現状維持か。ひょっとすると魔法ギルドの立ち上げもあるかもしれないしな。そうなれば新たな儲け口が増えるってもんだ」
ギルドは冒険者ギルドの他にもある。鍛冶師や武器、道具などの生産者を守る互助組織という位置づけだが、その多くが貴族と関係を保っている。
この国は近衛以外に纏まった軍隊というものはない。ダンジョンと毒の地により、隔離され、侵略を受けることは無いからだ。だが危機はある。ダンジョンからは定期的にスタンピートという魔物が溢れるイベントが発生し、街が襲われる。その危機を食い止めているのは冒険者で、当然のことながら冒険者ギルドは国の息のかかった機関だ。
魔法ギルドは一応、キャスターのための組織だ。が、教会出身のヒーラーはそれぞれの出自に頼ることが多く、またウィザードも魔術学院があるため、魔法ギルドは名前だけのお飾りで機能していないのが実情だ。
この国の歴史が始まって以来、キャスターの使う魔法は停滞しており、新たな魔法が開発されたり発見されたりということは無い。そこに来ての弱体魔法だ。
一般に魔法は高レベルのキャスターがスクロール(巻物)に術式を転写したものを読み込むことで習得する。その技は教会の秘術とされてはいるが融通が利かない訳ではない。
「奴はそろそろ退寮なんだろう?」
「ああ、今頃、宿に移っている頃だろうさ」
「となるとクランに入ってもおかしくないな。そういえば銀の獅子がスカウトしようと動いたと聞いたが」
アガフォンは窓際で佇んでいた受付嬢のマドレーヌを振り返った。
「はい、彼はビリーを立会人にしてヒューとアンヌに面会しましたがクラン入りを断ったようです」
マドレーヌは窓の外からギルドマスターに視線を移し、淡々と言った。彼女にとってはクランとの接触をもって断る冒険者は非常識以外の何物でもなく、イクサの締まりのない顔を思い出すと今でもイラっとしてくる。
受付嬢の返答を受けてベロニカに視線を戻したアガフォンは思い出すように呟く。
「他のところは防衛線に参加していたのか」
ルーキーの引き抜きは何も早い者勝ちというわけではなく、定められたルールがある。スタンピートを抑えるためにたびたびダンジョンに潜り、魔物を間引きする防衛線に参加してポイントを稼いだクランの持ち回りで決定される。
勿論、銀の獅子以外にもクランはあって有名どころだと水晶の戦士団、暁の旅団などがある。マスタークラスの冒険者がそれぞれ立ち上げた国家の認定を授けた組織だ。殆どの高レベル冒険者はクラン所属が基本だが、中にはベロニカのような酔狂なフリーの傭兵もいる。
今回ルーキー引き抜きの順番が銀の獅子だったということだ。
「奴がクランに入れば自ずと分かることも多いだろう。さて何が出るやら」
「虎の尾を踏むことが無いように願っているよ」
もし、イクサがサモナーだと知られた場合、最悪、彼は街にいられなくなるだろう。実質、ギルドの関係者にとって、イクサがサモナーであっても、それほど脅威ではない。今の彼ならば。
多少の危険はあってもそれ以上の見返りがあるのならば貪欲に獲得しようとするのが冒険者というジョブなのだ。




