story 21 討伐行その1
翌朝、イクサは朝食を済ませると寮母に依頼のため、部屋を空ける旨を伝え、街に出た。高レベル剣士のベロニカの討伐依頼についていくために必要だと思えるものを揃えるためだ。
ルーキー研修のときに配給されたズタ袋と別に、食料など野営に必要なものがいるだろうと、道具屋を廻る。冒険者御用達の店は何処も朝早くから営業しているので気を使う必要が無いのが助かる。
時刻を知らせる教会の鐘が二つ鳴る少し前にイクサはギルドにやってきた。
ギルドの前は少し広場のように余裕がある。そこにはいくつかのパーティがイクサ同様に待ち合わせのためか集まっている。その中にベロニカの姿もあった。
ギルド入り口に転がったワインか何かの小さな樽に腰掛けて足を組んで頭の後ろで手を組んで反り返っていた。スタイル抜群の上に胸元の露出もあって、待ち合わせのパーティの中には彼女をチラチラと眺めている者も多くいた。やはりファンタジーのこの世界にあってもビキニアーマーみたいな露出は無いのだろう。
「来たな」
イクサがギルド前の広場に現れ、ベロニカの姿を認めると彼女の方も気付いたのか、立ち上がると伸びをして体をほぐした。
「おはようございます」
「ああ」
「ベロニカさんは昨日とあまり変わりませんね」
イクサは日用品や携帯食料、キャンプ道具などを収めたズタ袋を背負っている。しかし、昨日と変わらないとは言ったもののベロニカは全く変わった様子はなかった。野営の用具などはどうするのだろう。
「ああ、どうせお前が色々用意してきたのだろう。なら私は持ってこなくてもなんとかなるだろう?」
「……さいですか」
イクサは今朝も早起きして色々、用意してきてはいる。しかし彼自身のためのもので、他人のためのものまである訳ではない。なかなか今回のミッションは波乱万丈を予感させるものになりそうだ。
確かに、野営の準備はマント一つあれば事足りると言えなくもない。食料や薪は現地で獲ることも出来ないではない。
「天気もいいことだし、足も捗るな! さあ参ろう」
「は、はいっ、よ、よろしくお願いします」
「そんな肩を張っていたら潰れてしまうぞ」
カラカラと何が楽しいのか笑い声を上げて、ベロニカが先導するのについていくイクサ。ゲートを抜け、街道を歩くスピードは全くイクサを意に介した様子もなく、前衛らしく肉体の躍動のままに進んでいくので、イクサはほとんど駆け足でベロニカが最初の川を渡る際に足を止めた頃にはすっかりバテてしまった。
身を屈めて膝を押さえてハァハァ、と荒い吐息をついているイクサに冷たい視線を向けるベロニカ。
「イクサ──だったな。ヒーラーとは言え、これぐらいでバテてしまっては体が持たないぞ」
「は、はい……ど、どうもすいません」
「仕方ないな。少々、足を緩めてやろう。背中を預けるヒーラー殿が潰れてしまっては元も子もないしな。のんびり行くのも一興か」
「あ、ありがとうございます」
腰に手を当ててウンウン、としたり顔で呟いたベロニカはそんな他愛もない場面でさえ、彼女の美貌としなやかな体つきをもってまるでドラマの一シーンにしてしまう。
思わず、イクサも見入ってしまい、イカンイカンと首を振る。その様子に気づいたのか、ベロニカはニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
最初の野営地についた二人は作業を分担する。主に食料調達はベロニカが。野営のための焚き火や寝床の確保、野営地の結界設置などはイクサが担当する。
イクサも道具屋でビーフジャーキーのような乾燥した味気ない食料を用意していたのだが、ベロニカは「そんな味気ないもの食べてたら力が出ないぞ、私が調達してきてやる」と言って鍋の用意だけするように言って出ていってしまった。仕方なくイクサは水を汲んで鍋の用意を始めた。
「な、なんだ!」
焚き火に鍋を掛けて野営食の定番であるオートミールに似た粥を作り始めたとき、森の奥でドン、と派手な音がして思わず振り返ったがその後はシーンと静かな森に戻ってしまいしばらくイクサは暗い森の奥を見つめたまま冷や汗を掻いていた。
(まさか、あの人が? いやいや)
まさかベロニカがそこまで非常識ではないだろうと思い込もうとしていたが、近づいてきた足音と気配からそれが彼女であったと確認して、こめかみを押さえた。姿を表したベロニカはその肩にまるまると肥えたボアを担いでいた。
普通ボアを捕獲するには捕獲のためのチームでかかるものだ。レベルが100を超えているとは言え、魔物を相手にするにはパーティで臨むものだ。それを一人で生け捕りにするとは常識はずれもいいところだ。
「お、もう鍋の方は準備は良さそうだな。少し待っててくれ、こいつを締めてくるから」「え……それ、やっぱり貴女が」
イクサの言葉を聞いている風もなくベロニカは目を回しているボアをズドン、と地面に叩きつけるとそのまま水源の河原へと引き摺っていった。姿が見えなくなるとボアの断末魔が聞こえた。イクサは思わずボアの冥福を祈ってしまった。
ボア肉の煮込み料理は素材の味だけでとても美味く、イクサもそのご相伴にあった。しかし、驚いたことにベロニカはその細い体の何処に入るのか、残りのボア肉の殆どを消化してしまった。
二人だけの野営なので見張りの番はそれそれで行うのかと思ったがベロニカはその場でゴロンと横になるとすやすやと寝入ってしまった。仕方がないのでイクサが火の番だ。しかし、体力の消耗が激しかったせいかいつの間にか寝入ってしまった。
気付いたときには自分の持ってきたズタ袋を枕にすやすや眠ってしまって、ハッと目を覚ますとベロニカがイクサが座っていた太い木に座って鍋の煮込みを食べていた。
「よう、おはよう」
「あ、俺……寝入ってしまったようですね。すいません」
「おう。危なかったぞ。もう少しで顔から鍋に突っ込むところだったぞ」
ベロニカの言葉に耳たぶまで真っ赤に染めるイクサ。それが冷めてくると体を起こして彼女の隣に腰掛ける。ベロニカが無言で鍋を進めてくるのでイクサも朝食にありつけた。
「それで、そろそろ教えてください。討伐対象や場所のことを。そして、何故、俺が選ばれた理由を」
「何、大した理由じゃない。お前さんがフリーで頼りになるやつという評判だからな」
「……そういうことにしときましょうか」
どうやらベロニカはイクサでさえ気付いた違和感の正体をバラすつもりはなさそうだ。




