story 20 女戦士ベロニカ
その日、イクサがギルドに顔を出すと凄い美女がいた。何やら受付嬢と話し込んでいるがギルドホールに足を踏み入れたイクサを振り返るとフワッとした笑みを浮かべ、また受付嬢との話に戻った。
ショールのような丈の短い薄いマントを羽織って、腰には何やら意匠の入った強そうな剣を差している。さすが異世界だけあって紫がかったピンク色のウェーブの掛かったロングの髪だ。
イクサは腰をかがめて依頼を貼り付けたボードをためつすがめつしながら、その美女を横目で伺っていた。
今まで見た女の冒険者というといつぞやルーキー研修で見た二人ぐらいだが、その二人とも全身しっかりと装備をしていて露出もなく、冒険者というものはそういうものなのだろうと思っていたが、上級ともなればそういうわけではないらしい。
大胆に胸元を晒し、バストトップから腹を隠すビスチェのような装甲を丈の短いチャイナドレスのような服の上から付けている。
見るからに上級冒険者といった佇まいを見せている。レベルも相当高そうだ。
まあ自分には関係ないだろう、と視線を依頼の貼り付けてある掲示板に戻すと、イクサは例によってヒーラーがソロでも達成が容易な薬草採取の札を剥がしてギルドの受付嬢のところへ持っていった。
薬草採取の方はついでで、グリフィンやガルムを呼び出してのレベル上げが主目的だ。先日、廃城が彼の成長に呼応するように次々と機能を拡張していくのを目の当たりにして自分の強化が急務であることを知ったからだ。
件の美女剣士が話し込んでいるのとは別のカウンターに札を持っていくと初めて出会う受付嬢だった。
青い髪のショートカットで穏やかなほほ笑みを浮かべた美人さんだ。チラッと凝視しない程度に胸元の名札を確認するとリータ、と書いてある。いつも受付カウンターに来るとチクチクとイヤミを言ってくる受付嬢のマドレーヌに会わなかったので今日はラッキーだ。その彼女はあの美女剣士と話し込んでいる。
「はい、依頼の受領ですね。常時引受物件の薬草の採取ですね。頑張ってきてください」
如何にもルーキーを相手にしているような初心者向けのスマイルだ。イクサも愛想笑いを残してギルドから立ち去ろうとすると、「ちょっと待ってください」と声がかかる。
ギクッ、としてまさか自分のことではないだろうとやや、諦めムードで振り返ると例の美女剣士と話し込んでいた受付嬢、マドレーヌその人だった。
「あ、やっぱり、俺でしたか……そ、それで一体何の用ですか」
「あなた、また薬草採取なのでしょう。ギルドでは登録している冒険者の行動にそれほど干渉するわけではありません。が、それは一人前の冒険者の話です。ルーキーにはしっかりとした生計の立て方を覚えて貰わねばなりません。じきにギルドが用意している寮の退寮条件を満たしてしまうのでしょう?」
「うっ」
ギルドがルーキークラスのために用意している宿、通称、寮の退寮条件は二十歳になるまで、もしくは冒険者クラスF、ルーキーからの卒業だ。
イクサはヒーラーで誘われやすさもあり、また有名ギルド銀の獅子のソードマスター、ヒューから一目置かれているためルーキーが本来受けられない護衛の仕事にも参加している。この分でいけばもうそろそろランクFから上がりそうだ。
退寮はともかくルーキーを卒業したヒーラーが何処のギルドにも属さず、フラフラしているというのは今までのギルドの歴史から見ても異常なことだ。
(やはり、ヒューのところに属させて貰うしか無いな)
先日、護衛にパーティに参加させてもらったときに彼のギルド銀の獅子のメンバーにも顔合わせを済ませている。
イクサが寮を出たあとの身の振り方を考えていると、受付嬢のマドレーヌは彼女のいるカウンターに持たれている美女剣士に視線を向けたあとイクサに戻した。
「イクサさん、今日はこちらのベロニカに付いてください。彼女はソードマスターでレベルは125。ランクB。高レベルの振る舞いを知るのはあなたにとって有益なはず」
「はあ……」
「依頼の内容は討伐になります。獲物については道々、彼女から聞いてください。薬草の採取は討伐の帰りにでも達成できるでしょう」
いよいよルーキー卒業が目に見えて近づいてきて冒険者も馴染んできたのだろうかと思わないでもない。
「ベロニカさん、イクサです。レベルは多分15くらいだと思います」
「イクサさん、依頼が終わるたびに受付カウンターで自分のレベルを確かめるのも冒険者の嗜みですよ」
受付嬢のマドレーヌはいつもの冷え切った眼差しをイクサに向けて溜息を吐くと、カウンターの中からレベルを測定するための魔道具の水晶を取り出した。彼に手を差し出すように目線で促してくる。
確か、彼が初めてギルドに訪れたときは司教様を呼んでイクサのレベルや覚醒の有無、魔族判定などをした記憶がある。
「司教様じゃないんですか?」
「司教様をお呼びするのは魔族判定が必要なときだけです。レベルだけなら、この水晶だけで可能です。どうぞ」
イクサはおっかなびっくり、水晶に手を翳すと頭のなかに訴えかけてくるものを知覚した。どうやら使用者の魔力に反応する仕組みのようだ。それによると、レベルは19。確か前に見たときは14か15だった筈なので、それなりに成長しているらしい。
「どうやらもうすぐ上がりそうですね」
「そんなことまで分かるんですか」
自分のステータスといった性能を知ることが出来ないためか、自身の詳しい情報を読み取れるのは凄いと感じてしまう。
ギルド主催のルーキーのためのチュートリアル研修のときに参加していた剣士のマイトがレベル21だった。ルーキーであっても覚醒のあるおかげでレベルアップは加速する。もしギルドの入寮の条件がレベルだったら大変だろう。
「あなたも経験を積めば分かるようになりますよ。私たちは毎日のように触れていますから当たり前です」
少しも謙遜した素振りは見せず受付嬢のマドレーヌは淡々と告げる。確かに受付業務をこなしていれば水晶に触れる機会も多いだろう。受付嬢の彼女たちにとっては当たり前のように身についているスキルに違いない。
あらかた確認が済んだところでベロニカが近づいてきたのでイクサは思わず彼女のボリュームのある胸部に視線が吸い込まれそうになる。見られた方はそういう視線にも慣れっこのようで表情を固くした様子もない。
「よし、イクサ。準備はいいかな。私の方は特に容易すべきものもないんだが、君も急に言われてすぐという訳にもいくまい。何か用意することがあるなら出立を遅らせることは可能だ」
「あ、はい。いったん寮に戻らせてください。薬草採取なら日帰りですが討伐となるとそうも行かないでしょう。支度が必要ですので」
ベロニカはイクサの答えに、それもそうだと感心したように頷くと、自分の持ち物が全く準備ができていないことに気付いたようだ。彼女も剣以外、何も野宿に必要なものは持っていない。うっかり屋なのかもしれない。
「それもそうだな。では明日の朝、鐘二つでここに待ち合わせとしよう」
「はい、分かりました」
イクサはベロニカと受付嬢のマドレーヌにお辞儀すると冒険者ギルドをあとにして、出ていった。
あとに残された二人は彼の背中を見つめていた。視線をイクサの出て行ったギルドホールのドアに向けたまま会話する。
「どう見えましたか? あなたの目からは」
「面白いな。確かにただのルーキーではないようだ。だが、私の見るところでは悪い感じはしない。魔族とは違う。こちら側の人間だな」
「あなたがそう言うのならそうなのでしょう。今後も彼の監視は継続されるでしょう。あなたの言はギルド長に報告しても?」
「ああ、構わない」
そう呟いたベロニカは好奇心いっぱいに唇に笑いを浮かべていた。




