story 22 討伐行その2
朝食を済ませた二人は、野営の後片付けを簡単に終えて再び目的地へと歩き出す。彼女の進む道は、以前、護衛でクラン銀の獅子のメンバーたちと通った街道からも外れた獣道のようなルートでイクサとしても彼女の知識を疑うわけではなかったが、少々不安になった。
今までのイクサの経験から、この国? ムシェルイの国土としての広さはそれほどでもないと踏んでいたが、まだまだ彼の知らない地方はあるようだ。廃城のあるあの霧に覆われた地域も、歩きでは行けないようだし。
昨日までの強行軍と違い、少しはイクサのペースを慮ってくれたようで、まだペースは早いものの駆け足で追いかけるほどではない。
「私たちが向かっているのはジャーゴの深き森だ」
「ジャーゴ……ですか?」
唐突に前を進むベロニカが呟く。イクサのほうには顔も向けずに歩くスピード緩めるでもない。イクサにとってはジャーゴとやらが何なのか不明だし、そう言われてもピンとこない。
「その昔、この国を守った王国戦士長がいてな。彼の働きに報いるため、庵が建てられたのだが、それも昔話だ。当時は足繁く通い、教えを乞う者が引きも切らないという話だが今では訪れる者もなく、いつしか凶暴な魔物が跋扈する禁域に指定されてしまった」
「それは何時頃の話なんですか? その偉い戦士長さまがいた頃というのは」
「ざっと二百年も前の事らしい」
二百年と聞いてイクサはこの国の歴史を考える。その頃から王政が続いているなら、それなりに歴史のある国家ということになる。あの廃城も、その頃より古い歴史を感じさせる。一体いつごろから歴史を刻んで来たのだろう。
イクサが頬を傾げ、何か考え込む様子を見せたのをベロニカが肩越しに見ていた。
そうこうしている間に段々と藪が深くなっていき、足元の道も気配が怪しくなっていく。 イクサはベロニカが本当に道を、行程を把握しているのか不安に思い始める。
しばらく進むと雰囲気が変わる。イクサはつい先ほどから森の雰囲気が変わったのを感じていた。彼はベロニカが目的の場所を分かっているのか、さっきまで若干、疑問に思ったことを打ち消した。先を行く彼女の背中からも緊張が見て取れる。
「そろそろですか?」
「ああ、お前にも感じ取れるくらい気配が濃くなってきただろう」
イクサのことなどお構いなく歩くスピードを緩めなかったベロニカの足が慎重になっている。彼を振り返らずに彼女が言う。その眼差しは前方を見据えたままだ。
「【プロテク】」
イクサは広げた手の中に魔法を発動させるとたちまち前を進む女戦士を防御の力が包んでいく。
「ほう。これがお前の力か。なるほどな、ビリーの言うことも尤もだ。こんなに濃い魔力、そこら辺のヒーラーには無理だな」
その言葉にドキッ、と何か痛くない腹を探られているような不安を覚えた。そもそも何故と、ずっと考えている。もしかするとイクサがヒーラーではない別の何かだという確信があるのかもしれない。そう思うと心穏やかではいられなかった。それでも、イクサの魔法を扱う腕はいささかも鈍りはしない。
二人は静かに音をたてないように森の奥へと獣道らしい細い道を進んでいった。そうして歩くうち、森の向こうに断崖らしく開けた景色が見えだす。そして進むと、断崖の縁に何か建物らしき廃墟が見えてきた。これが言われていた庵だろうか。
「ふむ。まだ屋根ぐらいは残っていたか。イクサ、ここが目的地、ジャーゴの庵……まあその跡地だな」
ベロニカは庵の中を覗き込みながらそう言ったが、イクサは崖の下の景色に目を奪われていた。霧に覆われた深い森と山肌がその隙間から垣間見える。それはあの廃城の光景によく似ている。イクサがあの日、肉を求めて廃城を後にして徒歩で離脱してより、今はグリフィンの力を借りなければ戻れなくなっている。さして距離はないものと思っていた。
「うん? あの向こうが気になるのか。あの霧の中は未踏破エリアだ。誰も中に入って戻れた者はいない。ギルドでも禁域の指定がされている。」
イクサが見入っている光景を隣に歩いてきたベロニカが説明する。そのまま彼女が踵を返すとギャリン、と帯刀していた金属の鞘から剣を抜く音を立てた。
イクサが慌てて振り向くと廃墟と化した庵の影から、二人の身長の倍はありそうな黒い巨体が姿を現した。
「やはり、禁域から漏れていたか! イクサ。戦闘だ」
「は、はいっ」
見るからに獰猛そうな獣は一見すると熊のように見える。しかし、その腕は四本ある。後ろの足で立ち上がりながら「グァァァ!」と魂を震わせるような吠え声を上げて突進してくる。
しかしベロニカはそれに臆した様子もなく、こちらも獰猛な気を纏って魔物に向かって走り出した。
ヒーラーという建前でここにいるイクサにはヒーラーとしての職分を果たすしかない。ベロニカと彼女と対峙した魔物を睨みながら立て続けに支援の弱体魔法を唱える。
「【ディアス】! 【パライザー】!」
イクサが広げた腕の中から飛び出した魔法の力が四本腕の熊の魔物へと絡みつく。ディアスは光系の弱体魔法、パライザーは麻痺の効果がある。強力な魔物と言えど、これらを食らえば、こちらに大きなアドバンテージになる筈だ。
ところがだ。四本腕の熊はギリリ、と眉間に皺を寄せてイクサを睨みつけると「ガァァ!」と鋭く吠える。すると、パリンパリン、とガラスが割れるような音とともに、イクサのかけた弱体魔法を打ち破ったのだ。
「そんな!」
衝撃は続く。四本腕の熊の吠え声に呼応するように森の中から狼らしき魔獣が姿を現したのだ。狼の魔獣は四本腕の熊を見もしない。
「魔獣が共闘する? そんな馬鹿な……」
「チッ、イクサ! 奴らを何とかできないか。少しでもいい時間を稼いでくれ」
「は、はいっ」
通常、獣は人を恐れるが、魔獣においてはその限りではない。一様に、人と交戦状態にあるときは寄ってこないものだ。しかし、狼の魔獣はまるで二人を恐れてもいないように熊の魔獣など歯牙にもかけず獲物を横取りしようとしてか立ち向かってくる。そこには戦術めいたものは感じない。
先ほどの四本腕の熊の魔獣に弱体魔法を打ち破られた衝撃は、今までの自信を打ち砕くのに十分だった。しかし、やらなければやられる。イクサは再び弱体魔法を狼の魔獣に向けて唱えた。
「【スロウサイズ】! 【スリプルス】!」
魔法の深度、敵に対する効果は術者の精神状態に依存する。強い自信によって唱えられた魔法の効果は高くなる。しかし、先ほどの弱体魔法を四本腕の熊の魔物に打ち破られたことがイクサの心を疑心暗鬼に捉え、震わせていた。
最初に唱えた遅延魔法は狼の魔獣には掛かることは無かったが、睡眠の魔法がかろうじて成功し、狼の魔獣は足元から崩れるようにしてイクサの目の前に沈み込んだ。ホッとするイクサ。しかし、それほど深度が高くない弱体魔法の効果がいつ切れるか分からない。
(くっ、ここで狼の魔獣だけでもとどめを刺しておかないと)
イクサは狼の魔獣めがけて魔法を放った。
「【ホーリー】!」
ホーリーは浄化魔法で、本来ならアンデッドなどの死霊系の魔獣に効果のある魔法だが、その効果はアンデッドだけでなくどんな敵でも、かなり高い効果が望める。魔獣という穢れを祓うのも浄化の大きな役割だからだ。
イクサがホーリーを唱えると空から白い光が降ってきて狼の魔獣の背中に突き立てられ、生きたまま毛皮を焼き始める。ビクンビクン、と睡眠状態の魔獣の体が痙攣すると、その命を途絶えさせた。
ベロニカは手にした剣で四本腕の熊の魔獣をいなしながら、イクサが狼の魔獣を倒したのを横目でチラッ、と確認し、ニヤッ、と獰猛な笑みを浮かべた。
「やるじゃないか! 一人でそいつを倒すとはね。後は任せたよッ」
「は、はいっ」
ベロニカからの称賛を受け、イクサは上ずった声で応えた。そして、喪失しかけていた自信を取り戻す。
(やれる。まだ俺の魔法はこいつらに届くんだ)
イクサはベロニカの背中を睨みつけるように前方を見据えて油断なく見張っていた。狼の魔獣のようにこちらを襲う敵はまだやってくるに違いない。そのベロニカは器用に大ぶりの剣を操り、四本腕の熊の魔獣の攻撃をいなし、時には足に攻撃を加えているがその厚い毛皮のせいかダメージが通っているようには見えない。
さしものソードマスター、レベル125の彼女でもきついのか。しかし、イクサの見立てでは彼女はどうにも、何かのために時間を稼いでいるようにも見えるのだ。それはベロニカには余裕があるように見える為である。
そうこうしているうちに森の奥から今度は三匹まとめて狼の魔獣が出てきた。イクサはもう迷いを吹っ切ったようにいつもの彼に戻って、自分の力に自信をもって魔の力を魔獣に放つ。
「【スリプルス】! 【パライザー】! 【ブラインドサイト】!」
本来なら睡眠の弱体魔法スリプルスを連続して掛けたいところだが同じ魔法を連続して撃つためには魔法のクールタイムが必要なので弱体魔法の中でも行動を阻害する魔法を唱えた。
麻痺のパライザーや視界を奪うブラインドサイトが掛かれば、結局のところ彼ら魔獣の攻撃はキャンセルできる。
今度はイクサも自信を込めて魔法を放ったので三匹の魔獣は抵抗できずにイクサの魔法に掛かり、一匹は昏倒するように睡眠に陥り、二匹目は視界を奪われて立ち止まり混乱に陥っている。三匹目は地面に横向けに倒れて牙の生えた顎から涎を噴きこぼしながらビクンビクンと四肢を痙攣させている。
すかさずイクサはその三匹にホーリーとスリプルスを交互に放ち、とどめを刺していく。三匹目の狼型魔獣を倒した時だった。イクサの足元から魔の気配が溢れて、彼は瞼に自分の中に刻まれた印を悟った。
(! こ、これは新しい力が?)
その様子を四本腕の熊の魔獣と対峙したベロニカも見ていた。明らかにイクサの様子は普通のヒーラーのものではない。確かに覚醒を保持していればレベルアップはあるだろうが、レベルアップしても通常はそんな現象は起こらない。強いて言えばイクサの様子はウィザードの魔法発動に似ていなくもない。
今回、彼女がギルドから請け負った依頼はイクサというルーキークラスのヒーラーの監視だ。
弱体魔法という今までキャスターが使ったことのない魔法を使い、ルーキーにしては恐ろしい胆力で連続詠唱しても息が切れることは無い。そして殆ど無詠唱で放たれる魔術行使。
そのすべてがイクサというルーキーを中心にしている。ギルドにとってはただのヒーラーであればイクサの存在は有意義ではあるし、これからの活動にも期待が持てる。
この地方にはサモナーを魔王とする言い伝えがある。それもかなり古い話で、そもそもサモナーがどういうものかという情報も失念している有り様だ。イクサがサモナーらしい行動をとったところは目撃されていない。
彼にサモナーの疑いを抱きつつも、彼がギルドで口走った師匠とやらの存在も気にかかる。ギルドとしては彼の正体を掴みたいし、もし可能であれば彼の言う師匠に繋がる情報を収集したい。これほど強力な存在を作り上げたその手腕、それは何処のクランにとっても喉から手が出るほど欲しい情報でもある。
イクサの使う弱体魔法が仮に彼から提供されても、使いこなせる者はいないのが実情だ。彼のように連続しても息切れしない胆力を持ち合わせているキャスターがメジャークラスになってもいないのだ。
だが、そこから上、トップ、そしてマスタークラスになれば胆力よりもマナの量はそこそこ上昇する。そしてヒールを使う場面は概ね戦闘後になるため、暇を持て余し始めるのだ。序盤にマナ切れになるほど魔法を使っても、戦闘後には回復している。ならば、途中で支援に弱体魔法を使うのはありだ。戦闘時間が短くなったり、戦術に幅を持たせられるのであれば歓迎すべきだからだ。




