story 17 廃城の変化
ベッドに体を投げ出して意識を手放した。夢うつつの中でグリフィンが出てきてキュウンキュウンと泣いている夢を見た。夢の中でイクサはグリフィンに手を合わせて土下座して何度も謝っていた。
「あ、グリフィン、外に置いてきたまんまだった!」
そう、そのまま街に入れると魔法に敏感なものもいるのでいくら【伏兵】でバレる可能性も考慮してグリフィンを町の外に置いてきたのだ。
呼び出したものの、召魔界へと返すには魔法陣が必要で、そのチャンスがなかったのだ。幸いと言っては何だが、寮はギリギリ町の外から十リンク(約百メートル)より近いほどだったので助かった。召魔は十リンクを超えて主から離れて活動できない。
翌日、イクサは常設依頼の薬草採取を確認すると、町の外に出た。そして、適当な茂みに入るとグリフィンを呼んだ。グリフィンは姿を現すとキュウンキュウンと甘え泣きをしてイクサに擦り寄ってくる。
「あはは、ゴメンよ。放置したままで。許してくれるかい?」
「キュイイ!」
少し見ないうちにグリフィンは大型化していた。グリフィンは勿論と言わんばかりに羽を羽撃かせてスリスリと擦り寄ってくるのでイクサも彼に抱きついてその毛皮の触り心地を堪能した。
グリフィンは呼びたしたあと、ついてくるように命じ、適当に獣を間引くように言ってあったので、彼はイクサの後を付かず離れずストーキングしながら茂みの中で魔獣を狩っていたらしい。
「あれ、もしかしてグリフィン、俺を乗せて飛べるかな?」
「キュウッ」
グリフィンは乗ってとばかりに羽根を伏せて背中を向けてくる。イクサはおっかなびっくり、グリフィンの羽根の付け根あたりに跨って彼の首にしがみついた。
「重くない?」
「キュイッ」
どうやら全く平気らしい。イクサ一人ぐらい、背に乗せたぐらいでは全く余裕のようだ。
「それじゃ、あの場所に行こうか」
「キュイイッ!」
あの場所、それはイクサとグリフィンの秘密の場所。廃城だ。グリフィンはイクサの言うことを瞬時に理解すると嬉しそうに声を上げて、バッサバッサと羽を広げて駆け出すと、空へと舞い上がった。
「おおお! すげぇ。感動~」
空に飛び上がるとグリフィンは高度を上げ、かなり高い所からイクサは地表を眺め下ろす。下に見える景色はずっと深い森が続き、ムシェルイの街も高い防壁が森の緑からそびえてその存在感を増している。
イクサはムシェルイに来てからずっと不思議に思っていたことがある。ムシェルイはたしかに大きな都市だ。そこから出ると他には人の住むのは六つの村があるばかりで、町の北側に位置しているというダンジョンの他には他に行けるところはない。
果たして、この都市は何処か大きな国の一部なのか。それともムシェルイが国家なのか。しばらくグリフィンの背に乗って何処へ行くともなしに飛ばせているが、眺めは一向に変わらない。もしかするとムシェルイは辺境の地方都市で、何処かに首都たる都市があるのだろうか。
イクサは知らないことだったがこの世界、空を飛ぶものは限られていた。王家直属の竜騎士と彼らが仕える王族のみだ。そのため、彼ら竜騎士の哨戒網が常に張られており、グリフィンの背に乗ったイクサも引っ掛かっていた。
そんなことになってるとは露とも知らずグリフィンと彼の背に乗ったイクサは廃城へと降り立った。
「お疲れさま、グリフィン。ああ、懐かしいな。やっぱり何も変わっていないね」
グリフィンが降り立ったのは礼拝堂に面した広場だ。イクサは彼の背から降りて微妙な違和感を感じた。廃城は相変わらず霧の中に佇んでいたが、何かが違う。
イクサは「あれ?」と首を傾げながら見慣れたテラスへと近づくと初めてこの世界に来たときに疲れてもたれて寝込んだ崩れた壁……そう壁が壊れていない!
「え、嘘。なんで。ここの壁、崩れてたのに」
イクサは手で触れて思わずその触感にビクッ、と手を引き戻した。魔の気配がするのだ。
「壁が……魔力を帯びてる?」
イクサが足を進めるたび霧がそこから晴れて足元を明らかにする。壊れていない壁を辿って歩いていくと、今まで霧で見えなかった尖塔がその姿を現す。
「こんな場所があったんだ」
もと来た場所を振り返るとついてきたグリフィンが「クルル」と鳴いてイクサの傍らに彼の視線から脇に退いてくれた。尖塔へ続く道は、壁でイクサが霧を払うと城の壁の手すりが現れる。
「ということは……やはり」
そう儀式を受けたドーム状の建物と尖塔までの壁の下にはあのグレープフルーツとパイナップル味の木、それは果樹園の一部で、尖塔の先も壁はあって、やはり霧に見え隠れする城壁が見える。
今までは崩れかけた城の一部と思っていたのに、これでは本当に城だ。いや最初から城だったのだ。だが、廃墟と機能が生きている城とでは存在感が違う。
イクサはドーム状の建物にまで戻ると観音扉を開けた。
「ここも違う。前はこんなものはなかった」
イクサが儀式を受けた建物の内部にも変化があった。
以前は廃墟もいいところで内装もほとんどなくただ、壇の上に本が置いてあるだけだった。それが今は長椅子が整然と並び、奥にはステンドグラスが嵌められた高い窓がある。そう、そこは礼拝堂になっていたのだ。
二列に並んだ長椅子の中央の廊下の先には祈りを捧げる壇になっていた。しかし、そこにあるのは何かの像だった。
高々と剣を差し上げた勇者の周りに集まる者たち。金色に輝く像は一体ではなく群像だった。その者たちは人の特徴を備えたものは僅かだった。一人はワニのような牙を持ち、一人は長く尖った耳を。
「こ、ここはなにを祀っているんだ?」
明らかに神ではない。と言って悪魔でもない。あの剣を天にかざした像は気高い雰囲気を纏っていた。
冒険者ギルドで聞いた話。召喚師は魔王だと。近隣の村を襲い、夜ごと生贄を求めたと。それは本当なのか? いや真実はどちらなのだろうか。
イクサは混乱してきて礼拝堂になったかつての儀式の間を出ると、中庭の果樹園へと続くテラスから城の端に立つ尖塔を眺めた。ふと、足元を見て周りを見ると今立っているテラスと礼拝堂までやけに距離がある広いスペースになっていることに気付く。
壁が修復され、礼拝堂の内装が変化したことを思い出した。
「なるほど……そういうことか。俺の成長に対応してるってことだろう?」
誰も答える者のない質問だ。勿論答えはなく、ただグリフィンが彼の手に擦り寄ってきてクゥクゥと気持ちよさそうに鳴いているばかりだ。
それを愛しげに見下ろして今は答えを求めないことに決めた。彼をこの地に呼んだ者が答えを用意しているに違いない。それは今ではなく、彼が召喚師としてもっと力を身に着けたときなのだろう。それは遠くない未来。
イクサはそれを確信を持って信じることにした。ともかく、今はもっと成長して召喚師としての力を鍛えることが大事だと思っている。彼に与えられた力がただヒーラーとして活躍するだけに留めて置くものか、あるいは別の道が用意されるものなのかは分からない。




