story 16 隊商の護衛 その三
翌日、この村での商売を終えた隊商が次の村へと向かうため、イクサたちも出立の準備を始める。
いつまでもお客様では居心地が悪いので、荷造りの手伝いを申し出る。最初は新米キャスターと紹介されていたこともあって不審がられていたが、このクエストの直前に荷役で働いてA評価をもらったことを伝えると驚きとともに歓迎された。
見栄で嘘をついてもどうせすぐにバレる。クランのメンバーはニヤニヤしながら見ていたが、イクサが軽々と重そうな荷物をひょいひょいと片付けていくのを見て呆気にとられていた。
ヒューもイクサの働きぶりを見て唸っていた。
「驚いたぜ。どういう仕組なんだ?」
「ヒーラーですからね。疲れたら自分に掛けるだけですよ」
「ははッ、確かにな。だが使い所が素人じゃねえな」
ヒーラーが使う魔法は主に他者に対して掛けるのが普通の使い方で、自分に使うというのは、それも怪我などではなく疲労に対して打ち消すために、動きながら補助的に使うというのは聞かない。
それからヒューは同じクランに所属しているヒーラーとウィザードに交渉して、イクサも使ってみることにしたらしい。
「せっかく三人もいるんだからな。お前みたいに使えるやつを遊ばせて置くのも勿体無い。話はつけた。イクサ、お前の力を見せてくれ。期待してるぜ」
「新人に何を期待しているのか分かりませんけど?」
イクサの問いにヒューはニヤリ、と悪い笑みを浮かべただけだった。隊商からも冗談交じりに引き抜きの話が来たが丁重にお断りした。隊商はこことあと円周上に配置された2箇所の村を回ると、街への帰りのルートを辿る。護衛も街までが一区切りだ。
イクサは他のキャスター、ウィザードとヒーラーの仕事を取らないように弱体魔法で支援することに決めた。そうなると問題となるのが詠唱である。ヒーラーのように「大地に満ちる命の源流……」みたいなノリでアレンジして考えようとしたが、それではイザという時に使えないので結局面倒になってやめた。
一行は再び護衛対象の隊商の馬車を挟んで前後に乗り込んで街道を走り始めた。どこを通ってもイクサにとっては初めて見る光景で、森の木々が様々な色層を見せるのを楽しげに見ていたが、木々の向こうで並走して走る騎馬を見て襲撃を悟った。
「襲撃だ! 応戦しろッ」
「こんなに早く? 奴ら、俺たちが出てくるのを待ち伏せしてやがったな」
前方を伴走していた馬車の戦士が大きな声で警告を発すると、馬車はすぐにスピードを落とした。だが、次の瞬間、ボウッ、と燃え盛る火の玉が打ち出されてくると、恐慌をきたした馬が暴れて御者が収めようと躍起になっている。
幸い火の玉は馬車には命中せず馬車の間をすり抜けて通り抜けていった。おそらく牽制なのだろう。
「向こうにもキャスターがいるぞ!」
野盗のようなまともな稼ぎもないような連中にキャスターがいる、しかもウィザードとなると違和感がある。
どんなに身を持ち崩したとしても、ウィザードなら有名所のクランが引き取ってくれるはずだからだ。にも関わらず盗賊にウィザードがいるというからには相手もそれなりの大御所のはずだ。
前方の馬車に乗っていた前衛たちがそれぞれ得物を抜いて立ち向かっていく中、イクサは状況を掴もうとしていた。耳を澄ませるように魔力の波動を感じようと試みる。ヒトはすべからく魔力を持っているので、もし魔力を感じ取ることが出来れば相手の位置を探知することも可能なはずだ。召魔のリストを確かめるときのように内面世界を広げていくと反応は三つ。となれば今、前衛が相手をしているのは囮かもしれない。
ウィザードとヒーラーは相手の姿が見ないことでのんびりとしている。イクサはトイレだと言って止まってる馬車を降りて茂みの中に分け入った。いま前衛が相手にしているのは側面の敵だ。しかし、イクサに藪に入ってまだ見ぬ敵、おそらくは物理系の前衛と思われる相手に襲いかかるなど無理だ。となれば彼にできるのは召喚術だけだ。
「【サモンスピリッツ】、【コール】グリフィン」
十分、馬車の方からは離れて見られる心配がないぐらいまで藪に分け入ると両手を広げ目を閉じると内面世界からグリフォン型召魔であるグリフィンを呼び出した。
足元に描かれた魔法陣から繭に包まれたグリフィンが迫り上がってきて、繭が弾けると「キュイイ!」と甲高い声を上げてグリフィンがイクサと再会を果たした喜びに擦り寄ってくる。
「グリフィン、ありがとう。早速だけど頼めるかな」
イクサはひとしきり撫でてスキンシップを取ると早速【伏兵】の意思を伝える。グリフィンが彼の意を受けてその姿を靄のように隠すと、イクサのイメージ通りに、藪の中に入り彼よりも多くの情報を届けてくれる。
それによればやはりいま前衛が相手にしているのはやはり囮で本命は右側から来る部隊のようだ。そちらは大きな剣を背負ったひときわ大きい巨体の戦士がいる。
グリフィンの視界がそのままイクサの瞼の裏に映っている。力強い体格と凶暴そうな顔つきはまるで虎のような猛々しさがある。とてもじゃないがヒューが彼の剣を受け止めきれるとは思えない。
(どうする?)
グリフィンをけしかけて大男にちょっかいを掛けるのは不味い気がする。今、囮に取り掛かっているヒューたちが大男との戦闘に入るとき、グリフィンがいれば魔獣とみなされて狩られることも考えうる。
それよりは正面切って弱体で支援したほうがこの場合は最適だと思われた。それに万一、グリフィンとの関係が疑われた場合、テイマーもしくはサモナー認定されてしまう恐れもある。グリフィンならここらにいる人間に対して遅れを取る場合などあるはずもないが。
「ようし、グリフィン。戻ってきて」
かと言って情報収集させただけで召魔界に戻すのは勿体無い。彼のもふもふした毛並みには癒やされるし。イクサのもとに戻ってきたグリフィンはキュウキュウと甘え鳴きの声を出して彼の手に撫でられて喜んでいた。
しばらくグリフィンには離れたところに待機していてもらおう。幸いレベルが上がったイクサにとってグリフィンを維持するMPコストは大したことはない。
やがて正面の大男たちがとうとう姿を現すと、護衛されていた隊商たちが騒ぎ出す。ウィザードが立ち上がると攻撃魔法を詠唱し始めるものの、大男と一緒にいた野盗たちが迫ってくる。ヒーラーにはすることもなく、竦み上がっていて役に立たない。
イクサは弱体魔法をかける。せめてウィザードが決定的な攻撃魔法を掛ける時間が稼げればいい。
「【スリプル】」
イクサの広げた腕の間から放たれた魔の力が走ってきた盗賊を絡め取り、ガクンといきなり倒れた。すぴすぴと欠伸をしてグッスリと寝入っている。
その間にも別の盗賊が近付いてくる。
「【ディアス】」
再びイクサから放たれた魔の力が二人目の野盗に吸い込まれ、ギャッという声とともにその場で倒れ悶絶している。
「【パライザー】」
続けて放たれるイクサの魔法が三人目に炸裂し、三人目は声も出せずにピクッピクッ、と痙攣して倒れている。
あとは大男だけだ。
ウィザードとヒーラーもびっくりしてイクサを見ている。何も出来ないただの力馬鹿のルーキーと侮っていた少年が野盗を戦闘不能に追い込んでいるんだから。
「野郎、なにをしやがった? まずてめぇからだ!」
大男が激高してでかい斧を振りかぶって突っ走ってくる。イクサはイライラしながらウィザードに囁く。ここまで大男の接近を許したのもウィザードが攻撃もせず、呆然としていたからだ。
「ウィザードの人、魔法の準備はまだですか?」
「お前……いや、あとは任せろ」
ウィザードはイクサを睨んでいたが、流石に状況が明白なためか、大男の接近に詠唱を完成させる。
「炎の精霊よ、我が手に集え、敵を貫く矢とならん【ファイアーウエポン】」
ウィザードの広げた手に魔力が集約すると、彼が手を大男に向ける。するとウィザードの手のひらから発射された火の矢が何発も打ち出されて、大男へと突き刺さる。
「ぐぅっ! チィッ、ウィザードかよ……しかし、これしきッガァァ!」
大男は驚いたことにウィザードの魔法を両腕に受けながら気を失わずに一歩、前に踏み出した。
「ちぃっ、奴め。私の魔法を受けながら立ってるだと!」
「【ブラインドサイト】」
ウィザードが絶対の自信とともに放った魔法にも関わらず、相手が立っていることに驚き、次の詠唱もせずに立ち尽くしている。
だが、イクサは冷静に四度目の魔法を放った。大男は視界を奪われ、手にした凶器を振り回すが見当ハズレの方向を狙っている。
「ルーキー、何をした?」
「やつの目を奪いました。今のうちに逃げましょう」
「ガァァッ! 何処だッ」
大男は目標を見失い、ブンブン、と巨大な武器を振り回しているが距離を取ったイクサ他キャスターたちには当たらない。
そうしているうちに、囮の野盗たちを仕留めたのか、ヒューと他の前衛のソードマンが戻ってくる。
「おい、どうした! 奴は?」
「あなた達が相手にしていたのは囮だったようで残りの野盗が襲ってきたんですよ。奴の視界を奪いました。他の野盗はそこら辺に転がっています」
「なに……」
呆気にとられる前衛たち。
ヒューは「そういうことか」と納得したようにイクサの肩を叩くと「後は任せとけ」と言い捨てて、巨大な武器を振り回して手のつけられない大男に切りかかった。
さすがレベル75の面目躍如か、二、三発斬りつけると大男は急所を衝かれたのか「ぐぅぅ」と苦しそうなうめき声を漏らしてがっくりと肩を下ろしてよろめきながら倒してしまう。
他のイクサの弱体魔法を受けた盗賊たちもあっさりお縄に掛かり、ヒューたちの見聞により、盗賊の身元がわかった。
「こいつは犯罪者クラン、「蒼炎」のうちの一人、火炎斧のシグラだ。こんな所で賞金首に会おうとはな」
犯罪者クランは冒険者ギルドに加盟していない非合法クランだ。主に盗賊まがいの行動を繰り返している。国が実入りの良いダンジョンへの参加を認めた一部のクランに入れないため野盗まがいのことをしていたのだろう。
捕まえたり倒した野盗の中にウィザードの姿はなかった。どこにでも例外というのはいるようで本来なら野盗まがいのクランになぞいるはずのないキャスターは仲間を見捨てて逃げてしまったようだ。
意識を失いグッタリとしているシグラは今は厳重に縛られ、他の盗賊たちと一緒に転がされていた。
「それでどうするんだ? 俺たちの馬車はこんな大人数を乗せられないぞ」
「奴、シグラだけは連れていきましょう。奴は賞金首です、報奨金が出ますよ。我々は今はあなた方の護衛の身ですから報奨金はすべてあなたの物ですよ」
「そ、そうか。じゃあそいつは連れて行こう。他のやつは置いていくがいいか」
タダでは乗せられないと突っぱねようとしていた隊商のリーダーは、報奨金がすべてもらえると聞いて納得したらしい。
「仕方ないでしょう。イクサ、こいつらの魔法はいつ切れるんだ?」
「え、ああ、さあどうでしょう。人に対して使ったことがありませんので。オークに使ったときは殺しても起きませんでしたよ」
イクサの言葉に呆気にとられる周囲。このルーキーの底知れなさに一抹の戦慄を覚えていたのだ。
「──そうか。じゃ、このまま転がしとけばいいな」
すぴーすぴーと欠伸を立てて寝入ってるのと、ギギ・ググと意味不明の呻き声を漏らしているもの、ビクンッビクンッ、と痙攣して泡を吹いている総勢三人の野盗は放置される。
火炎斧のシグラだけは武器や装備を取り上げられた上にぐるぐる巻きの簀巻にされて馬車に積まれ、一行は発車した。
放置された野盗は可哀想だがこの辺りの野獣の餌になってしまうのだろう。どちらにせよここで殺されても仕方ないのだから。
幸いなことに馬車側に被害らしい被害はなく、護衛もヒーラーに回復された。ヒーラーとウィザードのイクサに対する見方は少し変化した。今まではお荷物だと、ルーキーだと侮って立場を下に見ていたが、今ではキャスターの三番目の枠として認められたのだ。
実際、囮を相手にしたヒューたちが駆けつける前に損害なしに賞金首を押さえたのはイクサの魔法による所が大きいのだから。
それからは野盗の襲撃もなく、三番目の村に到着し、隊商が荷降ろしを始めるとイクサも協力しスムーズに商売が進んだ。その日はその村に泊まり、イクサもベッドの一つをあてがわれ、室内で寝ることを許された。
隊商が回る村は、街の近郊に六つあり、行きのルートと帰りのルートが村から出た所で交代する。この隊商が残りの三つの村を回るのは帰りのルートなので急ぎの理由などで停められない限り、村に入らずにスルーして街へと戻る。
帰りの村にも興味はあったが隊商のルート変更に異を挟むほどでもないので我慢して、次また来るチャンスを狙おうと決意するイクサであった。
帰りの村の特に三番目のそろそろ街に入ろうかというところで広い湖の傍らを通り過ぎたところの光景は幻想的で感動した。
そしてとうとう街に帰って来た。
イクサにしてみれば三件目のクエストクリアだ。ルーキーにしてはかなりいい体験をしているのだろう。
「よう、どうだった。しかし惜しいぜ、うちのキャスターたちの間でもイクサの信用はかなりのものだぜ。どうだ、このままウチのクランに加入しちゃわないか?」
「今回は誘ってくれてありがとう。お陰で今まで見えてなかった問題点も見えたし、有益な体験を積ませてもらったよ。でも悪いけど……」
「ああ、皆まで言うな。分かってるさ、だが、暇そうならまた声をかけてもいいよな」
「え、ああ。うん。ヒューには世話になったし。また頼むよ」
「おう」
ヒューは気さくなやつでイクサの隠している内情には踏み込まず、適当な距離感で接してくれるのでイクサにとってもありがたい存在だった。彼は去り際にギルドに提出する報告書を渡してくれた。
イクサは冒険者ギルドに向かうと報告書を提出し、受付嬢に驚かれると依頼達成の分前を受け取り、それをギルドの銀行に預けて、ほぼ一週間ぶりに寮に帰ってきた。寮母に長く部屋を開けたことを詫びて、相部屋に入ると幸いなことに同室のミロスはいなかった。




