story 14 隊商の護衛 その一
荷役の仕事を終えてルーキーのための寮に帰ってきたイクサは引き受けた仕事がうまくいったので満足しつつ、自分で掛けたヒールの効果に内心驚いていた。
怪我を治癒できるのは知っていたが、まさか疲れまで取ることが出来るとは。さらには身体増強のような効果もある。それが本来の魔法の効果なのか、それとも意識することで変わるものなのかは今のところわからない。
寮の食堂で食事を済ませて部屋に帰ってくると、ベッドに寝っ転びながら拳をグッパーと開いては閉じるのを繰り返して天井を眺めていた。
今日の仕事はうまくいった。ルーキーが受けられる仕事でも稼ぎがそこそこあれば食うのに困らないし、生きていける。
確かに他のルーキーたちの不満であるところの冒険者らしさからは程遠いが、そもそもイクサのヒーラーだって召喚師、サモナーとは似て非なるものだ。だからか、イクサにはこのまま街の生活に密着した地味な仕事でもこなしていけばそれなりに楽しみは見いだせると思っている。
(明日はどぶ浚いとか、下水道のネズミ退治とか、そんなのあったらやってみるか)
そんな思いとともに、グリフィンやガルムを思い出し、いつの間にか寝入ってしまった。
翌日、寮で朝食を済ませたイクサは早い時間に冒険者ギルドを訪れた。依頼の張り出されている掲示板を眺めていると、ガヤガヤと野太い声の混じった騒がしい集団がギルドホールに入ってくる。
何の気なしに振り返ると、先日の大手クランの戦士であるヒューを見掛け、向こうもイクサを見つけたようで手を振ってきた。目礼で挨拶すると再び依頼掲示板に目を戻す。
(まさか……だよなあ)
先日の勧誘でイクサはクラン加入を断り、その際に彼らは顔つなぎが出来たといい、何かあれば声をかけるとは言っていた。しかし彼はレベル75。イクサはまだ15程度のペーペーもいいところなのだ。
とは言っても、大手クランともなれば全員がレベルが高いわけではないだろう。イクサに声をかけたように新人も入ってくる。そうした低レベルの育成にも力を入れている筈だ。
ギルドの依頼掲示板に貼ってある依頼札の中からルーキー向けの地味な仕事を探していると案の定、声がかけられた。
「よう、よかったら俺たちに付き合わないか」
声をかけてきたのは勧誘してきたクラン銀の獅子の軽い戦士であるヒューだ。クランの加入の件では断ったものの、別に邪険にしているわけでもないので話を聞く。
「ヒュー、ありがとう。でもいいのか? 俺レベル20にも達してないけど……」
「ああ、今日はお前と同じくらいのメジャーなりたて連中の底上げでな」
ヒューの後ろにいるメンバーたちは、イクサと大して装備的に変わらない見た目をしていた。ソードマンもヒューが着ているような何か特別な力を宿している豪奢な鎧ではなく、おしなべて革装備やローブといった姿だ。ソードマンが腰に差している剣にしても使い込まれたオーソドックスなものだ。
「仕事内容は何ですか?」
「この街から各村を回る商売人のキャラバンがあってな。その護衛だ」
「隊商の護衛ってそれメジャーの仕事じゃないですか。俺ルーキーだけど」
隊商の護衛は間違いなくメジャーランクの仕事だ。ルーキーでは受けられない。だが、依頼受諾可否の条件は主にパーティのリーダーのランクに掛かっている。ヒューがリーダーならルーキーどころかメジャークラスのかなり上の討伐依頼でさえ受けられるだろう。
「なあに、見習いってことにすればいい」
「いいんですか?」
イクサは受付嬢を振り返ると彼女は何やら事務作業で忙しそうだったが、手の動きを止めることなくイクサをちらっと見た。
「私たちは依頼を受けるパーティの構成に何ら条件はつけません。それはパーティリーダーの自由です」
ヒューは「な?」とウインクしてくる。イクサも別にヒューが嫌いではない。むしろ、声をかけてくれる彼をありがたい存在だと思って感謝しているぐらいだ。
それにメジャーの仕事は派手なので興味もある。先日の勧誘で高レベル・ヒーラーの女性が言っていた、たとえレベル75になってもレベル15のイクサと仕事は変わらないと言っていたことを確かめるいい機会でもある。
それでも空気を読むのが元日本人気質というものだ。
「他のメンバーの皆さんは部外者のルーキーが参加しても嫌ではありませんか」
「いや、別に。それにヒーラーなら幾らいたって邪魔にならんしな」
話を振られたヒューと同じクランの戦士、腰に剣を差しているところを見るとソードマンか、彼がそう言うと、他のメンバーも「異議なし」と頷きを返してくる。
外堀を埋められてはもう諦めるしか無い。ヒューに肩を叩かれたイクサは、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべた彼に振り返った。
「……わかりました。よろしくお願いします」
「おう」
その後、日程などイクサが用意するものについての打ち合わせをしてその日は別れた。
翌日、打ち合わせをした待ち合わせの場所であるゲートに近い馬車の停車場に行くと何台もの荷馬車が連なって並んでいて盛んに荷物の積み込みを行っていた。その近くに冒険者の一団が待機していた。
イクサがその一団に近づいていくと、ローブを着た隊商のメンバーと打ち合わせをしていたヒューが振り返って声をかけてきた。
「よう、来たな」
「お世話になります」
「そんな固くならないでいいぜ。何も来なけりゃ座ってるだけで終わっちまうからな」
大手クランともなるとダンジョンに潜る他に色々な仕事があるようだ。依頼もギルドから受けるものばかりではなく、クランを後援する王侯貴族、大手商人など引く手あまただ。それに今回のようなクラン内部のサポートも兼ねた依頼もある。
今回のパーティはヒューのほかはレベルが20の近辺の者ばかりで、主にクランメンバーのレベルの底上げが目的らしい。
レベル75とくればかなりの使い手の筈だが護衛ともなればまた勝手が違ってくるらしい。ダンジョンでは限られた空間で相手にするのはモンスターばかりだが、護衛となれば相手にするのはモンスターの他に野盗などの人間も相手にする。人間相手ではまた違ってくるらしい。
「お前さんにはこの前振られたが別に気にする必要はないぜ。むしろ俺たちに堂々と意見を言える辺り気に入った。で、どうだ、これを機会にうちのクランに入らないか」
「前にも言ったように今は何処のクランにも入るつもりはありませんから」
ヒューは懲りずにまたクランに勧誘してくる。再度断るとガハハッと豪快に笑ってバンバンと背中を叩かれた。
他のメンバーはヒューの勧誘を断っているイクサにギョッとしている。まさか高レベル者の勧誘を断る奴がいようとは思わないためだ。
そうこうしている内に、どうやら隊商の馬車の荷の積み込みが終わったらしい。
イクサはヒューに指示されて最後尾のクランの専用馬車に乗って街を出る。さすが有名クランだけあって自分たちの専用馬車を持っているとは。
馬車は本体の価格が馬別で銀貨五十枚程度かかるため、灰貨しか手に入れる術がない一般のルーキーにはとても手が出ない。
馬車とはいっても歩くスピードの二~三倍程度でそれほど早くはない。それでも歩くよりは早いし、疲れないのが利点だ。
護衛している隊商の馬車を挟んで前後に二台で走っている。中央の隊商の馬車は三台あり、イクサたちはその後ろの馬車だ。
同じ馬車にはクラン銀の獅子のキャスターたちも乗り込んでいる。ヒーラーとウィザードがそれぞれ一人づつ。
(お! ウィザードだ。初めて見るな。やっぱり強そうだな)
イクサもウィザードは初めて見るのでびっくりしている。ヒーラーもウィザードも男性なのにウィザードから漂う気品が半端なく、ヒーラーも一歩引いている雰囲気だ。
メジャークラスのヒーラーと言ってもイクサと対して装備が変わっているわけではないが、ウィザードは上から下まで持っている杖さえも金が掛かっていそうだ。
はじめに聞いた話ではこのところ森の魔物が活性化しており、それに伴って町や村の喧騒を狙って盗賊も増えているという。今、馬車は街を出たばかりで街道を順調に進んでいる。まだ振り返れば、街の高い防壁と壁越しに高くそびえる王宮区の尖塔が見えるのでそれほど距離を稼いだ様子もない。しばらくはのんびりとした旅程だ。
ゴトゴトと揺れる馬車に座っていても暇なのでキョロキョロと周りを見回しているといつか見た風景も見えてくる。もっともルーキーのチュートリアルの依頼を済ませたばかりでこの国──イクサにとっては街が幾つあるのか、今住んでいる街、ムシェルイの他にも存在しているのかどうか、そういったことは未だ分からない。
今はまだ冒険者としてヒーラーとして地盤を固める段階で生活に追われていて、そういう情報を得るのは難しい。そんな彼にとっては何でもない森の眺めも珍しいものばかりだ。
街道筋を暫く進むと、街に初めてきた時に通った光景が見えた。そこは今はルーキー専用の寮の同室になったミロスと彼の仲間であるショーンが、ゴブリンに襲われていた辺りだ。この辺には貴族の荘園が広がっている。まだまだ街の勢力圏内だ。荘園内の農地にはたびたびゴブリンのようなモンスターたちが現れるのでメジャー初級、DやE辺りのクラスの討伐依頼が出されている。ミロスたちが苦戦したようにルーキーにはきつい相手だ。
三時間ほど馬車に揺られていると街道に脇道が見えてきた。そこはイクサがあの廃城から出てきた道のはずだ。グリフィンやガルムの姿を思い出して、この依頼が終わったらまた廃城に戻って彼らと過ごそうと考え、今から期待にワクワクしてきた。
そろそろ森の緑が濃くなってきて、さすがにもう街の壁も見えなくなり、遠くに王宮の尖塔が僅かに見える程度まで離れた。




