story 12 クラン銀の獅子
冒険者ギルドに入っていくと受付のところにビリーと、クラン銀の獅子の冒険者と思われる二人の男女が佇んでいた。
一人は軽装の剣士で引き締まった体つきでニヤニヤと軽そうな笑みを浮かべている。
もう一人はキャスターと思われるゆったりとした白いローブ姿の女性だ。ロングの黒い髪に青い瞳の美女でローブの裾から覗く細い脚がセクシーだ。
この世界には黒い髪はそんなに珍しいものではなさそうで、イクサもその容姿だけで特に注視されるようなことはない。
「よう、来たな。イクサ、こちらは今日のお相手の方々だ。それじゃ上に行こう。会議室があるんだ」
ビリーが声をかけてきて、イクサはクランの冒険者に目礼で挨拶をする。彼らも頷いて返すとビリー、イクサのあとから続いた。
冒険者ギルドは建物自体はちょっとしたホテル並みの規模だが、いつも利用するのは一階のホールぐらいなので会議室を利用するのは初めてだ。受付の脇から観音扉を抜けて廊下の突き当たりにある階段を上がっていくとすぐに会議室がある。
会議室は中に囲むようにテーブルが配置されている。その端に対角線を挟むようにイクサたちと銀の獅子のクランのメンバーが腰を下ろした。
「まずは自己紹介から始めましょうか。私は銀の獅子のヒーラー、アンヌと申します」
「俺はヒュー。見ての通り、ソードマンだ。二人ともレベル75になった。そうだよな」
「ええ。その通りです」
「レベル……75ですか」
思わず溜息が漏れてしまうのも致し方ない。ルーキーのイクサにとっては二人は雲の上の存在に近い。レベル75となると二人ともメジャーCクラスなのだろう。
レベルとランクはあまり関係ないと言われているがメジャーCクラスともなるとレベル100に達していてもおかしくない。そこから上、トップクラスAとBになるとレベル200、マスターSクラスだと300もザラにいるという。
「ははっ、そんな初対面からうちのルーキーを脅さないでくれや」
「あら、そんなつもりはなかったのだけれど。ごめんなさい」
ビリーはイクサの表情に浮かんだ緊張を察しておどけた感じで茶々を入れた。アンヌが素直に非を認めて謝罪したので場が少し和やかになった。
イクサも少しホッとして口を開いた。
「えっと、俺がヒーラーでイクサです。多分、レベル15くらいです」
このまえ、ギルドに来た司教の鑑定を受けてレベルを確かめて以来、イクサはステータスを調べたことはない。教会で頼めば詳しいことを教えてくれる他、大手クランもそういう確認アイテムを持っているらしい。
「俺は付き添いだからいいよな」
「だな」
ビリーは覚醒持ちではないため現在のレベル55あたりでもう頭打ちだろう。彼はギルドの専属冒険者で先日のようなルーキー相手の研修やパーティで一時的な欠けたメンバーの補充として活動することも多い。顔も広いので彼らとも多少なりとも付き合いがある。
「もう用件は分かっていると思うけど、私達、銀の獅子はあなたを歓迎したいと思っているの。どうかしら」
アンヌは柔らかい口調で話し始めた。大人びた美女に青い瞳で見つめられ、イクサはドキッとしてしまう。
それから彼女は銀の獅子についての説明を始めた。
銀の獅子は総メンバー数三十名あまりのクランだ。団長はトップAクラスの有名人で閃剣の二つ名で知られるケイシー。ダンジョンの魔物が外に溢れ出るスタンピードを他の冒険者の援軍が来るまで一人で押さえきったというのは有名な話らしい。
大手クランに所属するのは利点も多くある。クランの契約する特定の鍛冶屋、ポーションメーカー(個人)、アイテムショップなどで格安とまでは行かないが長い目で見ると安くなるものもある。修理などメンテナンスに掛かる経費などはぐっと安い。
一人でやっていくのと貧乏なその日暮らしのパーティに一時参加するのは結局のところ、事前・事後に必要になる経費は自分持ちという面では同じだ。
ヒーラーがあまり冒険者としては経費が必要なジョブではないにしても。
そしてクランに入る最大のメリットとしてダンジョンがある。この国には町の北側の森林が呪いの地と呼ばれており、そこにダンジョンはある。呪いの地はまさにそうとしか言いようがないエリアで、踏み入れた者は例外なく重い倦怠に囚われ、ステータスは半減し、現れる魔物はとてつもなく強い。また大地からは瘴気が漂っており、うっかり手を触れたり膝を着こうものなら即座に毒に見舞われる。
ダンジョンから出た様々なアイテムが冒険者を強化し、経験値を稼ぐのに、またルーキーの育成にも最適の場所になる。ダンジョンから得られる素材で作られた素材、武具はどれも高性能で高値で取引され、それがクランの重要な財源ともなる。
だが、ダンジョンは国が管理しており、ソロ冒険者や信頼のないパーティは入ることが出来ないのだ。
勿論、銀の獅子は国によって認められていて、ダンジョン攻略も頻繁に行っている。それ故、二人とも今の75というレベルにあるのだ。覚醒によるレベルの上昇加速現象とダンジョンは無関係ではない。経験値を効率よく得るチャンスに覚醒が加味されることによって飛躍的に成長するのだ。
「別に俺たちは無理強いしないからな。お前さんの意思で選んでくれていいんだぜ」
ソードマンと名乗ったヒューもイクサをたかがルーキーと侮った様子はなく対等に扱っているのがわかり、緊張を解く。
「えっと、お話はありがたいと思います。でも、俺はしばらくどこか特定のクランに入るつもりはありません。すいません」
イクサも年齢は18だし、前にいる二人もそれほど歳が離れているとは思えない。どう見ても20代前半だろう。しかし、レベルに裏打ちされた自信を滲ませる二人とルーキーのイクサでは大人と子供ほどに立場の違いを感じる。
そんな二人を相手に自分の言いたいことを言ったのでもう仕事は終わったとばかりにため息を漏らす。それに対してアンヌもヒューも面白そうに頬を緩めている。
「これは将来楽しみなルーキーだな」
「ええ、面白いわ」
「?」
イクサが首を傾げるとヒューが楽しそうに笑い出す。
「ハハッ、さっきも言ったとおり俺たちは別に強制しない。だからお前がクラン参加を拒んでも無理強いしない。でもな、大抵の相手は一も二もなくうんって言ってくれるんだよ」
「……でしょうね。俺も自分でも無茶を言っていると思ってますから」
「一応、理由を聞いてもいいかしら」
イクサは少し躊躇って言い淀んでから口を開く。先日、ビリーに話したあの作り話だ。クラン銀の獅子の二人はそれを黙って聞いていた。
「面白い話だわ。あなたの師匠だったキャスターにも興味は尽きないわ」
「まあでもあり得ない話ではないな。アンヌはヴィエンヌの出身だろ」
「ええ」
この世界ではヒーラーとウィザードと言われる一般的にはキャスターと称される魔法使いになるためには特定の方法しか無い。
ヒーラーの場合、出身の村がある程度の規模があるなら、8歳の時に祭りなどでやってくる司祭によって魔法適性の判断が行われ、適性がある場合にはその司祭の属する教会に参加するかどうか選択が出来る。
ウィザードはもっと極端だ。適性があっても、ぶっちゃけ金持ちでないとなれないのだ。攻撃魔法は王室の主宰する魔術学院でしか教えていない。学院の授業料はべらぼうに高く、しかも入学金や滞在費は別に徴収される。とても農村出の一般庶民が入れるような場所ではない。商家や貴族の次男坊辺りしか縁がない。
主にこの街で生まれるヒーラーの出身はヴィエンヌ修道会かジャクイユ教会堂に限られる。それ以外はイクサの嘘の経歴のように市井の指導者に弟子入りするというのもあるがとても珍しい。
その珍しい例が目の前にいるので興味を持たれるのも当然だ。
しかし二人の目はイクサではなく、付き添いのビリーに向けられる。
「ビリー、この子にクランのなんたるかは教えたんでしょう?」
「ああ、一から五くらいまでは教えたぞ。その先はお前たちが教えたほうが早いだろうと思ってな」
アンヌというキャスターの美女はビリーの答えを聞いて少し考えるとまた口を開いた。
「そう。じゃ、イクサと言ったかしら。今回は縁がなかったということで参加は断念するということね。私たちは異存はないけどそれでいいかしら」
「はい、せっかく声をかけてもらったのにすいません」
「いいのよ。これはこれで顔つなぎにはなったでしょうから。あなたも気にしないでいいわ」
「そうそう。別にクランに入らなくても優秀なキャスターには渡りをつけておきたいからな。ルーキーでも参加できそうな依頼があったらお前も誘うからな」
そんなんでいいのか? と思ってビリーを振り返ると彼もウムウムと頷いていた。なのでそういうものなのだろう。もう話のメイン(勧誘)の話は終わりなのでビリーはさっき、1から5は教えたと言ってた続き、6からについて二人に説明させようと水を向けた。
「せっかく高位のメジャー冒険者がいるんだ。何か質問があるなら、しといたらどうだ。同じヒーラーなんだし、これからのこととか気になるだろ」
イクサも気になっていたので質問を試みた。
「あの、質問いいですか?レベル75とかになるとヒーラーも何か仕事が変わってきたりするんですか?」
「何も。あなたが使っている魔法と変わらないわ。レベルが上っていくと魔法による回復量が上がるだけよ。ルーキーで使える魔法はレベル100になってもそのまま使えるわ」
そもそもキャスターはジョブとして最初から完成されているのだ。使える魔法の効果がレベルが上がるごとに高くなっていくので、一度ウィザード、またはヒーラーとしてデビューするとその後はせいぜい装備品を変えていくぐらいで殆ど金がかからない。
その代わりにキャスターはなるのが大変という条件が厳しいだけで。どちらかと言えば魔法の攻撃力を高める必要に迫られるウィザードのほうが魔道具や装備品に凝る傾向にあるだけで大した違いはない。
これがソードマンなどの前衛となると物凄く維持費が掛かる。武器だって使ったあと磨かなければならないし、手入れを怠ると鈍らになったり折れたりするし。防具だって傷つけば自分では修理できないので鍛冶屋に出したり、買い替えだって必要になる。
ヒーラーがいなければ不味くて効果のあまり期待できない丸薬などに状態異常回復を頼らなければならない。そのかわり、前衛職はなり手が大勢いる。農家の次男、三男あたりのいい受け皿になっているのが現状だ。
かと言ってポンポン潰れて貰っても困る。そのため冒険者ギルドがルーキーのために寮を用意しているのだから。
「それだけか? まあ俺たち前衛の話をしても参考になるとは思えないからな」
「はい。大変参考になりました。ありがとうございました」
「どういたしまして。いいわね。どういう教育を受けてきたのかしら。礼儀がちゃんとしている子は好きよ」
「おいおい、うちの有望ルーキーに粉かけるなよ」
「冗談よ」
それで勧誘に関する打ち合わせはお開きになり、会議室を出た。ギルドを出るまでクランの二人はイクサが勧誘を断ったことに対してまったく表情を変えることが無かった。
居合わせた冒険者たちも誰も口を開かないので結果が気になるが知りようがなかった。クランに関することはそのクランとギルドの間の信頼関係に関わるので秘匿される。
そうなると注目を浴びるのはルーキーのイクサの方だ。ギルドホールに出てきた彼は自分たちが注目されていることを知り、不安げに挙動不審に陥っていた。それを見た冒険者たちはきっとイクサが銀の獅子のお眼鏡に叶わなかったのだろうと噂し合った。
ギルドの関係者のビリーは真実を知る者として、ギルドホールの様子に楽しそうに笑みを浮かべていた。




