story 11 クランへの勧誘
イクサはヒーラーとしての腕を買われ、クランへの勧誘を受付嬢を介して打診され、驚いていた。彼の感覚では早すぎると思っている。
何せ、つい先日、この街にやってきて初めての依頼、それもルーキー研修というどちらかと言えば正式な依頼ではなく強制参加のイベントのようなものを達成したばかりだ。
イクサにしてみればクランなどに参加するとヒーラーとしての身の振り方を求められるのが目に見えているし、今は召魔であるグリフィンやガルムへの愛着もある。
いくら召喚師がこの地で魔王扱いされているとはいえ、完全に召喚師としての道を諦めるのはまだ早いと考えている。
「仕方ねえな、まあヒヨッコにいきなり身の振り方を決めろっていうのも酷な話だしな」
「すいません、厄介事を押し付けてしまって」
受付嬢にクラン勧誘の顔合わせの日程調整を頼み、イクサが頭を下げるとビリーはニヤッ、と気持ちいい笑みを浮かべて「気にしてない」と肩を竦めた。
ビリーに誘われてギルドを後にすると二人は居酒屋にやってきた。ビリーは注文を取りにテーブルにやってきたお姉さんにエールと適当なつまみを頼むとイクサも同じものを頼む。すぐに運ばれてきた木のジョッキをグビグビと開けると、酒臭い息を吐き出しながらイクサを睨んだ。
「連中と話をする前にお前の意思を聞いておきたい」
「そうですね。俺はまだクランに入りたくありません」
「どうしてだ。こんないい機会は滅多に無いぞ? 銀の獅子はトップ冒険者が作った優良クランでルーキーの育成にも力をかけている。いい話だと思うがな」
「……俺の出自に関することですが」
イクサは以前、ゲートの門衛に口走った作り話を繰り返した。イクサに魔法を教えた師匠の元で修行していたこと、その師匠が亡くなったので街に出てきた。
そのため、この世界を知らないこと。常識が無いことなどを告げ、この街に来て広い世界を知った。この世界のことをもっと知りたいと。その為、まだ自由に生きていたいと。
嘘をつくたびにまた嘘で塗り固めていくしかないのは気が引けるが正直なことを言えば命の保証はない。
つまみは腸詰めとじゃが芋だ。イクサがエールのジョッキに手を付ける様子がないと見ると目線で「飲んでいいか?」と聞いてきたので、ジョッキを彼の方に押し出す。
イクサは頭をはっきりさせておくためにアルコールを摂取するつもりはなかった。ビリーはいかにも飲んべえといった楽しげな顔をして二杯目のジョッキをグビグビと開け始めた。
「そうか。お前の師匠がどうして弟子を閉じ込めて外の世界を教えなかったのは分からないが世界を見て回りたいという意思もわかる。だがそれはクランに入っていても出来ることだぞ。それにソロでいる冒険者はダンジョンに入れないしな」
「え、なんです? ダンジョンって」
この街に来てからまた聞いたことのない新しい単語が増えた。ダンジョンということは地下迷宮か。そんなものがあるのか。
確かに冒険者ランクと覚醒の話を聞いたときから疑問だった。ギルドから貰えるような端のクエストを幾らクリアした所でメジャー、そしてその上に上がれる筈がないのだ。確かにこの街は大きい。それなりに雑多な仕事がたくさんあるのだろう。それでもマスターからルーキークラスに至るまでの冒険者の食い扶持を稼ぐ手段が用意されているとは言い難い。
ビリーはイクサの驚きも尤もなことだと説明してくれる。
「この世界を知らないんだからダンジョンも知りようがないよな。町の北側に行ったことないだろう? そこには呪いの地と呼ばれるエリアがある。そこは一帯が毒でな。その中にポッカリと口を開けたダンジョンがあるのさ。中は魔物だらけ。ところがその中から魔物が溢れてくることはない。どういう仕組だか分からないがな」
「それとクランがどう関係するんですか?」
今回はイクサをクランに勧誘するとかって話だった筈だ。だいたい話の筋は見えてきたがここは話を聞いていたほうが確かだろう。
「ギルドでも司祭様に鑑定してもらっただろう。お前も覚醒持ちだよな? 覚醒した冒険者が大きく経験値を稼いでレベルアップするのに持って来いなんだよ。ダンジョンはな。それにメジャークラスのクエストの殆どはダンジョンに関するものが占めてるんだよ」
「な、なるほど……」
先刻の疑問の答えがようやく見えた。つまりいくら覚醒があってもギルドの中で冒険者のランクやレベルを上げていこうと思ったら自然、クランに入るのが近道なのだ。
「まあそうは言ってもクランは今回、面会を持ちかけてきた銀の獅子ばかりじゃねえ。有名所で言えば前衛ばかりでキャスターは軽視しがちな水晶の騎士団とか、いろいろな面白いメンツを揃えてる暁の旅団なんてのもある。まあどっちにせよ売り手市場には違いないんだ。慌てずにゆっくり決めろや。俺もせいぜい援護してやるからよ」
「ありがとうございます」
召喚師としての出自故に嘘で誤魔化しているのが申し訳なくなってくるほど堅実な話で「ううむ」と唸って考え込んでしまう。
頭のなかで召喚師として生きていくことと、ヒーラーとして生きていくことを天秤にかけて今のところ軍配は、どうにかグリフィンたちに上がっている。
しかし、この先はわからない。今はルーキーでキャスターということもあってチヤホヤされているが、いずれ頭を打つときが来る。
ビリーにクラン勧誘の注意点、加入した際のメリット、デメリットを聞き出したイクサはその夜の居酒屋の勘定を持ち、ルーキーの寮に帰ってきた。
夜も遅かったので相部屋に静かに入ると同室の少年冒険者ミロスはスヤスヤと寝入っていた。ムニャムニャと寝言を呟いたかと思うと布団から腕が落ちたのをイクサは小さく笑みを浮かべて戻してやった。どうやら彼も冒険者ルーキーとして堅実な道を進んでいるらしい。
翌朝、寮の食堂で飯を食べてからギルドに向かう。寮の食堂で食事を貰うのだが、いつもイクサを含めて二、三人しかいない。不思議に思って寮母に尋ねてみると、みんな外で食べているらしい。
「こんなに美味しいご飯がタダで食えるのに勿体無い」
そんなことを言って沢山食べてくれるので寮母も嬉しそうだ。
寮を後にしてギルドに向かう。イクサとしてはそれほど上昇志向がある訳でもないがまだギルドに馴染んだとはいえないと思っている。このまえのパーティ研修のような依頼をこなしてもっと街に、人付き合いに慣れていきたいと思っている。
受付嬢に顔を見せてクラン銀の獅子との打ち合わせについて進展があったか確かめる。
「あら、イクサさん。向こう様との連絡が取れましたよ。あなたの状況が良ければ今日の午後ではどうでしょう」
冒険者ギルドはだいたい朝駆けで依頼の取り合いが発生する関係で昼頃には閑散としている。イクサが入ってきた時にはもう落ち着いていた。
さっそくクラン銀の獅子と連絡が取れたと聞いて、覚悟を決めた。あとはビリーの都合がつくかどうかだけだ。
「はい、それでいいですよ。ビリーさんは都合つくんですか?」
「彼にはこちらから連絡しておきますので問題ありません。では、また午後に」
イクサは受付嬢に礼をしてギルドを後にすると先日、肉を買った串焼きの店を訪れた。屋台の店には当たり、外れもあるものだが最初の一発で最高のものを引き当てたらしい。
「よう、また来てくれたのか。毎度」
オッサンはイクサを覚えていたのか「分かってるぜ」という顔をしてジュワーと美味そうな音を立てている焼きたての串焼きを無言で差し出してくる。
慌ててイクサは金を払おうとするがグイグイと串焼きを押し付けてくるので「後でいいか」と思ってむしゃぶりついた。
噛むと溢れる肉汁、香ばしい肉の噛みごたえにイクサは「く~ッ」と感極まって呻き声を漏らす。立て続けに差し出されるまま串焼きを三本たいらげると串焼き屋のオッサンは「グッ」と拳を突き出してきて、嬉しそうだ。
「ハハッ、やっぱりあんちゃんの食いっぷりは見てて爽快だな。焼いてるこっちも気持ちよくなってくるぜ。また来てくれや」
イクサがお代を払うとオッサンは楽しそうに笑っていた。オッサンの笑い顔を見ているとこっちも嬉しくなってくる。串焼き屋のオッサンと別れたあとは、ブラブラと鍛冶屋や道具屋を冷やかして街の喧騒を楽しんでいた。
六つ時の鐘が鳴るのを聞いて頃合いと見てイクサは冒険者ギルドに戻った。鐘は朝六時頃から大体一時間ごとに鳴るので六つ目の鐘が鳴るのは昼過ぎになる。一度興味があって鐘を鳴らしている教会を覗きに行くと日時計で時間を図っていた。




