story 10 ルーキー研修を達成する
夜が明けるとかまどの火の始末をして出立の準備をする。今日の予定は元々の依頼だった魔物が活発化しつつあるということで特定の森の調査だ。とは言っても彼ら駆け出しの冒険者、ルーキーに討伐依頼などが出ることはないため、難易度の低い森の調査という名目の散策だ。
そうは言っても昨日のように狼に襲われるハプニングも発生し、ルーキーにとって気が抜けないのは同じことだ。
起床してから近くの河原で顔を洗うとそれぞれトイレを済ませるなどをして準備を整えるとビリーの点呼で野営地を後にする。
「みんな準備はいいな。目的地のラロシューの森はここを出るとすぐだ。昨日みたいなこともある。気を抜くな」
「はい」
イクサが真面目に返事をするとケイトとスリザはクスクスと笑い声を漏らした。マイトは超然とした様子でビリーを見返していた。イクサはまた変なことをしたかと思って挙動不審になっていた。
それから全員で野営地を後にして獣道を進むこと半時ほどで、下草の植生が変わって立ち木が多くなってどうやらラロシューの森についたようだ。
「よし、イクサを中心に密集体制だ。ケイト、スリザ、側面に付け。マイトは前を頼む。俺は殿を受け持つ」
ビリーの指示にそれぞれが立ち位置を確認してそれぞれの得物を構えた。イクサもプロテクトの連続詠唱を始める。それぞれに防御呪文の効果が掛かるとマイトが剣を下げたまま、森の奥へと歩いて行くのに従って全体で移動を始めた。
森には日差しが枝振りの良い木々が適度に入り、視界が塞がれることはなかった。物騒な魔獣が現れることもなく、今までのところ最大の脅威は親子連れで現れたワイルドボアぐらいだ。何かの木の根元を、恐らく野生の芋みたいものを掘っていたらしく、パーティに気付くとキィキィと悲鳴を上げて一目散に逃げていった。
「夕食が逃げちゃったわね」
ケイトが嘆息しながら呟く。
マイトは振り返ることもなく剣の柄を弄り、スリザもお手上げといった感じで肩を竦めた。皆の緊張が程よく解けた頃だった。
「……オークだ。警戒。音を立てるな」
ビリーの言葉で全員に緊張が走る。草を踏む足音とともに現れたのはファンタジーでおなじみの亜人の代表格の豚顔のオークだ。腰ミノ程度で足元は裸足。肩に担いでいるのは餅つきの杵みたいな形状の棍棒だろうか。何か芋虫のようなものをモシャモシャと口にして全く緊張感はない。スリザも周囲を警戒してビリーと頷き合っている。
「どうするんだ? 一匹なら」
「確かにこのパーティの構成なら一体なら問題もなく倒せるだろう。だがあの警戒心のなさそうな奴を見ろ。亜人が一体で出てくるはずがない。この森に奴らの拠点が出来たと考えるのが自然だ」
ビリーは苦悩する。
マイトの言うとおり一体ならこのパーティでも十分に倒せるだろう。だが仲間を呼ばれると途端に命の危険を伴う。彼らルーキーの可能性をこんなところで潰すのは勿体無い。
「イクサ。お前の呪文で奴を倒さずにやり過ごすことは出来るか」
「ええ。【スリプル】」
イクサが小さく頷いて詠唱すると彼の手の内から放たれた魔力が鼻歌でも歌うようにのんびりと歩いていたオークに絡みつき、瞬間で眠りの檻に閉じ込めた。
ガクン、と倒れて草むらに倒れるオーク。オークは倒れたときにおでこを打ったのか額が腫れていたがそんなことはお構いなくグルグルと欠伸を掻いて寝転がっていた。
その様子にパーティメンバーはあんぐりと口を開けて呆れていた。
「あ、相変わらず凄いわね」
「ともかく退避するぞ」
「こいつは始末しなくていいのか?」
「手を出すな。こちらの存在を知らせる必要はない。それよりもこのまま街に急ぐぞ」
「わかった」
マイトはオークにとどめを刺したがったがビリーはそれを留めた。血の匂いに敏感な獣が寄ってくればそれだけ危険が増す。それにオークが殺された仲間を見つければ倒した敵を求めるのは自明の理だ。
そのまま一行は森を抜けて細く続く獣道を逆走し、街道へと出ると小走りに街へと戻るルートを進んだ。
「それにしても残念ね。結局、相手にしたのは狼だけなんて」
「そうだな。どうせルーキーの俺達じゃ討伐の依頼は受けられないしな」
ケイトの溜息に珍しく寡黙だったマイトが同意して頷く。
「しかしお前たちは誇っていいぞ。無事に街まで戻れればいっぱしに依頼をこなした冒険者だからな。実際、お前たちはよくやった。ギルドにもそう報告しておく。いずれ、どこかのクランに拾われてもやっていけることは確実だろう」
ビリーは二人とスリザ、そしてイクサに目を向けて彼らをフォローするようにそう言った。ビリーの言葉にそれぞれが達成感を感じているようだった。
彼らとは対称的にビリーは厳しい顔をしていた。今まで監視対象外にしていたところにオークが住み着いた件は報告して、いずれ依頼として出す必要に迫られるだろう。
ゲートをくぐり、街の中に入ってきた一行はやっとホッとした表情を見せた。そのままギルド前の広場までやってくるとそこで解散になった。
「お前ら、ギルドの受付で報酬を貰っとけよ。立派に依頼を終了したんだからな。それと狼の毛皮については折半とするように話はつけておく」
「はい」
「わかったわ」
パーティが解散し、やっと一つ依頼が終わったかと安堵のため息を漏らすとイクサも他のメンバーについていき、ギルドの受付に並んだ。
前に並んでいるマイト、ケイト、スリザ、そしてその後ろにイクサ。それぞれがギルドの受付嬢からお褒めの言葉をかけられるのを聞きながら、やっと自分の番が来たかとカウンターに向かう。
「お待たせしました。イクサさん、依頼完了ですね。こちらが報酬になります。ところで、あなたに面会の要請が来ています。どうされますか?」
「……すいません。面会の要請ってもしかしてパーティとかクランに入れってことですか?」
彼の中では「えっ、もう?」という思いが強い。予め、ギルドに入ったときにヒーラーが供給不足で持て囃されているとは聞いていたが、いくらなんでも早すぎる。つい先日、街に来たばかりで彼自身、胡散臭いことこの上もないだろうと思ったのだ。
「はい。キルドでもキャスターは常に募集しています。どのパーティやクランにもヒーラーが必ずいるというわけではありませんから」
実際、駆け出し冒険者のパーティは前衛ばかりで組まれることが多く、ヒーラーを擁することが出来る者は限られる。ヒーラーを含めキャスターは売り手市場なので条件のいいところ、大抵は大手クランに引き抜かれることが圧倒的に多い。
「でも、俺、さっきまで研修してたようなポッと出ですけど……」
「イクサさん、そう自分は卑下するものではありませんわ。あなたは確かにルーキーですが、先ほど依頼を完了なされましたね。つまり信用を得たのです。それに──その依頼を引き受けて同道したビリーからの評価も此処にあります」
受付嬢はビリーからの依頼の評価書類を確認しつつ、イクサに向き直り、彼を安心させるようにニッコリと微笑んでみせた。しかし、イクサにはそれは自分に決断を迫る悪魔の誘いにしか見えず冷や汗を掻き始めていた。
「それによれば、あなたの技術は確かなもので推薦に値するとも書いてあります。これ以上はない信用ですわ。当ギルドとしましてもあなたを一人前のヒーラーとして何処に推しても問題はないと判断しました」
彼の後ろでもパーティに参加していたケイトやスリザが息を呑んでいる様子が伺える。彼らもビリーから他のクランでもやっていけると太鼓判は貰っていたが、ヒーラーの買い手の速さを目の当たりにして驚いているのだろう。
「それにこれは契約ではありませんわ。あくまでお互いの意見の一致を得た場合にのみ参加するかどうかを決めればいいのです」
受付嬢はそう言うがイクサは押しに弱い自分の性格を熟知している。自分一人では有利な条件を並べられたら簡単にOKしてしまいそうだ。
「あの、一人だと判断つかないと思いますので、誰か付き添いを頼めませんか」
「そうですね。初めての方がそう言うのも納得できます。ではビリー、お願いできますか。彼の付添人ということで」
受付嬢はカウンターに凭れて成り行きをニヤニヤと笑って楽しんでいた彼に水を向けた。ビリーは「俺かよ」と頭を掻きながらも了承したようだ。




