1-4、前夜
皆がスマホしながら電車に乗っている時にGBAで遊んでる奴がいたらたぶん私です。
「………すごい客が来たぞ。」
猫背で杖を突きながら、蓄えた髭を撫でながら市場の長老ことヤナ爺が何とも微妙な表情を浮かべる。いつもは管理局でお茶をしているヤナ爺がこうして私の所へ歩いてくること自体珍しいのだが、それ以上に珍しい事が起きているみたいだ。
この市場は業者側一般側の区別がなく、誰でも箱単位の買い物が出来る。そのためたまに、ごくたまに個人で買い物してくる。
だがそんなことで驚くような爺じゃないし、何より個人客は悩む割に業者に比べて量を買わないから敬遠されがちだ。そもそも田舎の市場なので一般客が来ることがあまりない。
業者ならすごい客となんて言わないから個人客なのは確定だが、すごい客って何だ。
「想像つかんようじゃの………W12ブロックに今居る。」
W12…少し歩けば着くわね。見に行ってみようかしら。今の時間なら常連の業者も来ないし暇つぶしにちょうどよさそうね。
「すごい臭いの?」
私の隣でうたたねをしていたミリアが嫌そうな顔を露骨にして私に寄り添う。
「ほっほっほ、それはミリア嬢にとってきついの。」
「でも、いつもと違う匂いするよ。」
「ヤナ爺、ちょっと見てて。」
すごい客、すごい気になる。
もしかしたら売上の最高値更新するかもしれないし、場合によったら私の商品も買ってもらおう。もちろんふっかけて。
「ヤナ爺またねー!」
ミリアが歩く私の背中に飛びつき、私が背負う事になる。慣れていることとはいえ、一人の大人を背負うとなるとなかなか苦労する。特にミリアは元気だからバランスを取るのが中々難しい。
「気をつけるんじゃぞー」
気をつける?何に対して?
この私とミリアが居るのだから何も心配する必要は無いわ。
私とミリアがW12へ向かい歩き出すと、市場の人間はざわつき始める。あの二人が向かうのか、それほど面倒くさい奴らなのか、管理人が自ら出向くとは。
ああ、心地よい。私はこの陰口が大好きだ。
陰口は嫌いな人の方が多いだろう。批判するわけでは無いが、理解は出来ない。
なぜならその空間の注目は全て私にある。つまり私は主役となる。
昔見た父様、町を歩けば声をかけられ、姿を見ようと人が集まり、その場を自分の物にしていた。父様は町の王と呼ばれていた。
私は今でもその姿に憧れるし、誇らしい。
一歩でも父様に近づけたようだから、私はこうやって陰口を言われるのが好きだ。
「…酒……タバコ…鉄……獣………変な匂い…」
「……ものすごくゴツいおっさん?」
頭の後ろで匂いを嗅ぐ気配がする。がその次の言葉が理解できない。
「…違う………みんな女の子…」
目を閉じて嗅覚に集中したミリアは、この町の範囲なら何でも嗅ぎ分けることが出来る。その情報はかなり正確で、精度は軍用レーダーとほぼ同じレベルだ。のはずなんだけど…?
「あのー、市場の関係者の方でしょうか?」
「ええ…ここはメイドさんがいるような場所では無いわよ。」
私が頭を悩ませていると、ロングスカートの、所謂正統派のメイド服を着た髪の短めな女の子。幼そうな顔立ちの割には出るとこ無いところがはっきりしている。短くまとめた黒髪にメイド服がよく映える美少女だ。
「…19…ぐらい?」
「ふふふっ、乙女の数字は特別なんですよ?」
いたずらな微笑みとウィンクから見るに小悪魔的な性格なんだろう。正直あまりス気にはなれない。
身長は私より少し低い程度、いや私は女性の中では高身長だから平均程度か。
容姿から鑑みるに奉公に出ている訳ではなく、ただ単に仕事としてメイドをやっているように見える。
「それでお伺いたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。」
「ええ、何でも聞きなさい。」
「ジャガイモはどこで購入できるのでしょうか?」
「ああ、それなら私が取り扱っているわよ。後で案内してあげるわ。」
「本当ですか!それではお願いいたします!」
まあこいつ程度の一般客なら多少のボーナスが飛び込んできたと思っておけばいいわね。それよりすごい客よ。早くこの目で見てやるわ。
「………獣…」
「!こっちですよー!」
あら連れが居るの………
地面に突っ伏した状態のまま、私は黒いオーラを纏うハークを見上げることしか出来ない。首に巻き付いた青白くひかる首輪が地面に体を固定しているのもあるが、頭上にかかる威圧感が私の頭を押さえつけている気がする。
ていうより顔をあげたくない。
「楽しそうですね、そんな物まで出して。」
上品に、お淑やかに、私にはよく分からないけどそんな感じの動きで歩いてくる足が見える。その目には光がなく貼り付けた笑みがすごい怖い。
私は神なんて信じないし、一度殴ったこともあってお願い事をしたことすらない。けど今は土下座でもしてやるから助けてほしい。
「何やら騒がしいと思ったら、こんな危険なことをしていたなんて。」
いつもの優しい声と同じなのに、やけに重たく聞こえる。怒気が含まれていると言えばいいのか、言葉一つ一つにドスが仕込まれていて突き刺さる感じだ。
「いや……つい強そうだったから…」
自分の声が喉を出る前から怯え震えているのがわかる。
かけられる圧力から逃げ出したく、首に現れている首輪と鎖をはずそうと手を伸ばすと、思いっきりその手の甲を踏み抜かれる。それはもういい笑顔で。
私に魔法攻撃は効かないが、これは涙が出るほど痛い。パンプスとはいえ力が集約される、てかぐりぐりしないで。
「…あ…あのー……痛いんですけど…」
「あらあら環境を顧みず暴れまわった挙げ句逃げるつもりで?」
「ちょっ痛い痛い痛い!!」
靴のかかとでねじを締めるように私の手を踏みにじる。冷酷な見下した目が出るほど、首に巻きつく首輪と同じように心臓を締め付ける。いや締め付けるなんて物じゃなくてネイルガンで心臓を乱れ打ちされてる気分だ。
私はМではないし今後もなる予定はない。戦闘中ならむしろスパイスとしてありがたいんだけど今は単純に勘弁してほしい。
「ノイズもひどいですね、まあ神言クラスでこの手度ならいい方ですか。」
「待たせたわね!!何とか抑えてきた……何事?」
さっきから姿が見えないと思っていた忍者野郎じゃないか!藁にもすがる気持ちとはこれだろう、性格も何も知らないがここはあいつに賭けてやる1
「えー…と、とりあえず説明をしてくれない「宿木の竜翼」かし…ら?」
何かを担いでこっちに走ってきていた忍者、いや尚美か。は木の間を通り過ぎるタイミングで、木から生えている枝に四肢をからめとられる。枝よって宙に浮いているように見える。あれはハークの魔法で、自然を自分の力として操ることができる。形、強度、質量も操り、簡単だが使い勝手のいい魔法だ。基準が俺だから何とも言えんが。
そんなことはどうでもいい。
「私とクレイスの話です。邪魔をしないでください。」
さっきまでの張り付いた笑顔はどこへ行ってしまったのか。思わず黙り込んでしまうような真顔で尚美に腕を構える。
「あなたなら抜け出せるように調整してあります。話があるのなら後でお願いします。」
人差し指にはまる黒い指輪にわざとらしく魔力を集め、小声で詠唱を始めるハーク。
「…ひゃ……ひゃい……!」
あの距離では聞こえないだろうが、身動きが取れない状況で明確な攻撃の意思表示をされているなら大体の奴が逃げ出そうとするかおびえるだろう。特に今のハークは激怒しているからすべての生き物が逃げ出すだろう。
つまり、救いの道は閉ざされたということだ。
「……私が怒っているのはわかりますか?」
「はい。」
下手な受け答えをしたら地獄が待っている。
「…まあ、反省もしているようですしいいでしょう。」
「(これはっ…?!)じゃあt「気絶程度のお仕置きで済ませましょうか。」
「……その後、私がクレイスとハークさんの所に戻って来た時にこの買い物に付き合えと命令されましてね……」
メイド服の少女が青ざめた表情で後ろをついていく飛鳥人、しかめっ面で気絶しているなんかすごい髪の長い女を背負う赤い髪の幼女。…こいつらだ、絶対こいつらが動い客ってやつだ。
それにミリアの情報によると酒にタバコに鉄に獣の匂いがするみたいじゃない。想像の範囲を超えすぎているんじゃないの?
「なぜ私が……」「」
すごい客っていうより、人目を惹く集団ね。
「先日、一人の男性が失踪しました。」
メイド服の少女が突然物語を紡ぐように話し出す。
「しかしつい先ほど見つかりまして、さらに見つかったのは一人ではなく数十人だそうです。」
失踪したのは私の所にふざけた注文をしてきた奴だと聞いては居たが、ほかにも失踪者が居るなんて聞いていない。警察どころかこの私ですらつかめていない情報をどうやって仕入れたんだ。
「皆さん衰弱していまして、とりあえず料理を作り振る舞うつもりなんです。」
「その材料を買いに来たと?」
もしかしたらこいつは、とんでもない奴かもしれない。
けど、それはそれで面白くなりそうね。
(アリーシャ…あいつら強いよ……)
(分かってる、これから面白くなりそうよ。)
「おいっ、早く話を終わらせろ!!こいつを投げ捨てるぞ!!」
「ああ、もうすぐ目が覚めますからあともう少し我慢してください。そうしたらご褒美においしいケーキを食べさせてあげます。」
今私が感じ取れることだけでも、あの幼女と気絶してる奴とメイド服の三人はこの大陸の全生物よりも強いことが分かる。何を企んでいるのかは知らない、が面白い奴らがこの町にやってきた事はいいことだ。
「いらっしゃい、ついでに運送もしてあげるわよ。」
先にぼったくるけどね。
「……ん…あいてててて………やっちゃった…」
しまったなぁ、鬼に戻るときは剣を戻しておかないと暴走しちゃうんだった…。
どうやって戻ったんだろう…いやそれよりあの悪魔は生きているのだろうか。ナリスに狙われて無事で済む気がしないんだけど。
「…………あれ?みんなー……おいてけぼりかー…」
まずい、非常にまずい。帰り道が分からない。空を飛んでいく?やったことは無いけど。
「あら、誰かいるの?」
この声は?どこから聞こえるんだろう。
氣で探れば場所が…だめだ、鬼化の反動でしばらく使えない。
「はい。」
私でも負けることは無いだろうけど一応警戒しておこう。
「そんなに警戒しなくていいわよ、手伝ってほしいの。」
何か聞いたことのある気がする。
…そうだ、あの悪魔だ。あの声がする。
ナリスが仕留め損ねるわけないし、尚美が取り逃がすはずもない。だとしたらイレギュラーが発生した?
いや、今は私一人しか居ない。あいつを捕まえないと今週のご飯がなくなってしまう。
抜刀して声のする方向へ歩く。
「……?誰も居ない…」
あたりを見回しても人どころか虫すら見当たらない。地面には戦闘の後らしき木の破片や血痕が見えるだけだ。
今、魔法や氣を使えれば探知は容易だけど…だめだ。今日一日はこの類の事は出来なさそうだ。
この辺りは森にしては開けた場所で、甘いリンゴの香りがする。
奥のほうに一際大きなリンゴの木があり、根元に艶のあるおいしそうなリンゴが数個落ちている。
おいしそうだし、お土産にもらっていこう。
「さて……取り合えず帰ろうかな。」
幸いここなら太陽が見える。方角さえわかればなんとかなるか。
「ありがとうね。」
-クレイスさんとはどのような関係で?
「相思相愛の恋人です。」
-泣いて許してと言っている恋人の顔面を何度も殴りつけるのが相思相愛なんですか?
「?本気で殴れば大陸が海に沈みますけど?」
-なんでも無いですすいませんでした。
「それにクレイスはM属性もありますよ。一昨日なんか目隠し耳栓をしながr」
-ありがとうございましたっ!!




