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第三十二話

 卒業式は諦めた。


 代わりに手術を受ける意思を、卒業式の日に医師に告げることにした。


 病弱な身体から卒業したいという願いをこめて、あえて卒業式の日を選んだのだ。

 

 タケルの言葉に医師は「よく決心したね」と言って、タケルを抱きしめてくれた。


「必ず元気になるよ」という言葉に、タケルは大きく返事をした。

 

 タケルの予想では、手術は夏休み。


 早くてもゴールデン・ウィーク頃と予想していた。


 だが一日でも早い方が良いという医師の言葉にすぐに日程が組まれ、3月25日に決定した。


 急ぐ医師の姿に、自分に残されている時間は自分が思うよりずっと少ないのではないかと思った。


 だから両親は手術を受けることを、あれほど勧めたのだろう。

 

 今更ながらに気づく、両親の生きて欲しいという願い。


 胸が苦しくなるほどの両親の切望は、今のタケルには何よりの力だった。

 

 手術着に着替え、ストレッチャーに横たわる。


 父親の大きな掌が、手術帽を被ったタケルの頭をそっと撫でる。




「心配いらないぞ、タケル。必ず元気になる」




「うん」




 力強い眼差しの父親に大きく頷く。


 母親の白く美しい手が、タケルの頬を撫でる。




「頑張ってね、タケル」




「うん」




 潤んだ眼差しの母親に、優しく微笑みかける。


 その母の傍らに立つ大和が、タケルの手を握った。




「一緒に高校に通おうな!」




「うん」




 同じ高校に行こうと言われた時、正直ためらった。


 健康体ではない自分が高校に通えるのか。


 何より高校側が受け入れてくれるのか。


 そんな不安や迷いを、大和は一蹴した。


 一緒に通える私立の学校を探し、遅れがちなタケルの勉強を見てくれた。


 大和がいなかったらタケルは高校どころか、中学ですら満足に通う気にならなかっただろう。


 大和と同じ高校に通う。


 それは、タケルにとって大きな希望となって胸に灯っていた。




「入学式は間に合わないけど、卒業式には一緒に出るからね」




 タケルの手を握る大和の大きな手に、グッと力がこもった。




「約束だからな」




「うん」




 約束は苦手だった。


 明日、生きていられるかどうかも分からない弱い自分だったから。




「約束する」




 以前のタケルだったら三年後の自分の姿なんて、思い描けなかった。


 けれども、今は違う。


 必ず元気になる。


 その思いが、タケルに約束を結ばせた。


 三人の思いに包まれて、手術室へと入る。


 真上から降り注ぐライトが眩しい。




「心配いらないよ、タケル君。必ず元気になるからね」




「はい」




 執刀医の柔らかな声音に、タケルは笑みと共に大きく頷いた。


 失敗すれば死んでしまうかもしれない手術。


 けれども、不思議と恐怖はない。


 泣いて叫ぶほど怯えていた自分が嘘のようだ。


 タケルの心を変えたもの。


 それはジュリアスとの婚姻を決して諦めなかった、エヴァンスの前向きで一生懸命な姿。


 生きるということは他者の思いを受け止め、次の世代に引き継ぐことだと凛とした眼差しで語るフレイアの瞳。


 もう一度、時空を越え彼等に会いに行く。


 その思いが、タケルの心を強くした。


 ゆっくりと目蓋を閉じる。


 吸い込まれるように意識が落ちていった。





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