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第三十一話

 春の陽気を思わせる暖かな日差しの中、病院の屋上でタケルの言葉に耳を傾ける大和の眉間には深い皺が刻まれていた。


 大和とは年が同じで家が隣同士ということで、家族のようにして育った。


 タケルとは正反対の長身で体格も良く、日に焼けた肌が眩しい逞しい少年だ。


 刈り上げた髪が闊達な性格に良く似合っている。


 入退院の繰り返しで満足に学校に通えなかったタケルにとって、大和は外の世界との繋がりとなる唯一の存在だった。


 その大和にダイヤモンド王国での経験、そのことで抱いた思いを時間をかけて話した。




「こんな話……信じられないと思うけど……」




 もし自分が逆の立場だったら、到底信じることなど出来ない。


 語るタケル自身、夢だったのではないかと思うことがあるほどだ。


 だが苦笑を浮かべてのタケルの言葉に、大和は長い沈黙の後、大きく息を吐くと組んでいた腕を解いた。




「信じるよ」




「信じるの!?」




 黒曜石のようなきらめきを見せる眼差しをまっすぐ向けての肯定の言葉が信じられず、思わずタケルは叫んだ。




「だって、異世界に行っていたって話だよ! そんな夢みたいな話――」




「タケルが行ったって言うんなら、そうなんだろう」




 身を乗り出し否定的な言葉を綴るタケルが不快とばかりに、大和は再びの皺を眉間に刻んだ。




「信じて……くれるんだ……」




 もし自分が大和から同じ話をされたら、素直に信じられるかどうか分からない。




「あたりまえだろう」




 ダイヤモンド王国の話は両親は勿論、誰にも話していない。


 多分、信じてもらえないと思ったから。


 長い夢を見たのだろうと、笑われるに違いないと。


 だから大和に話すかどうかも正直悩んだ。


 そんなタケルの考えが愚かしいと云わんばかりの即答に、これまでの大和を思う。


 病弱で足手まといにしかならない自分を、どんな時でも嫌がることなく受け入れてくれた。


 病気の辛さに弱音を吐けば慰め、時には意気地なさを叱責し激励してくれた。


 今回、手術を受ける決心がついたのは、ダイヤモンド王国の存在だけではない。


 病気のタケルに愚痴を零すことなく、今日まで献身的に尽くしてくれた両親。


 身体以上に気持ちの弱いタケルを支え、いつも傍にいてくれた大和。


 身近な人の思いがなければ、今日までグズグズ言いながらも頑張れた自信がない。




「ありが……とう……」




 信じてくれたこと、今日までの日々に感謝の気持ちをこめて述べた言葉は、歪む景色に反応するように小刻みに震えた。




「信じてくれて……ありがとう」




 浮かぶ涙を拭いながらの言葉に、大和が苦笑する。




「だってあの衣装見せられたら、信じるしかないだろう」




 大和の言葉に涙で濡れた睫を、二度、三度と瞬かせる。




「あっ……」




 ようやく言葉の意味を理解し、何ともいえない恥ずかしさに火照る頬に視線を落とす。


 ダイヤモンド王国から戻ってきた時、入院の準備を整え戻ってきた両親は、ベッドサイドの床に跪くタケルの姿に激しく狼狽した。


 次いで告げた「手術を受ける」の言葉に、喜びに涙を溢れさせた。


 喜びに満ち溢れた世界が徐々に冷静さを取り戻してゆく中で、両親は気付く。




「……ところでタケル、その格好は?」




 父親の言葉にハッとなり自身を見る。


 真っ白な長衣に縁に金色の刺繍の施された薄紫の衣装を重ね合わせた姿に、一瞬頭が真っ白になった。




「こっ……これは……」




 現代日本男子の姿とは程遠い格好に、胸元に輝くペンダントに、未だ嘗て無いスピードで思考を走らせる。




「大和! 大和が持ってきてくれたんだ!」




「大和……君……?」




 眉根を寄せ訝しげに言葉を綴る母親に向け、二度、三度とわざとらしいくらいの勢いで大きく頷く。




「そう! さっきラインしたら駆けつけてくれて! その時、学芸会で着た勇者の衣装、貸してくれたんだ! 元気と勇気が出るようにって!」




「そう……」




 咄嗟に吐いたどうみても怪しい嘘を、母親は信じたようで口元にニッコリと笑みを浮かべた。




「その衣装のおかげで、手術する気になったのね」




「えっ……あっ……うん」




「大和君にうんとお礼言わないと」




 タケルの意気地がないながらも真面目で嘘を吐かない気質のせいか、両親の信頼の厚い大和のせいかは分からないが、酷く納得した様子で両親は帰っていった。


 そして、速攻、大和に電話した。


 詳しいことは会って説明するから、とりあえず衣装の話を合わせてくれとプチパニック状態のまま告げた。

 

 入院の言葉に大和も酷く動揺したようだったが、早口で告げた言葉にきちんと了承の返事を返してくれた。


 そして、今に至る。




「あの衣装がなかったら、正直、俺だって信じられたかどうかわからないよ」




「そうだよね……」




 タケル自身、あの衣装がなかったら夢だと思っていたに違いない。


 困惑の笑みを浮かべる大和に同じように苦笑を返しながら、羽織ったカーディガンのポケットからペンダントを取り出す。




「でも、夢じゃなかった」




 鷲を彩る六色の輝石に守られた大きな石が、日の光に見たことのないきらめきを見せた。




「夢じゃ……なかったんだ」




 今もここではない何処かで、エヴァンスやリリアーヌ、アヴェリュスやフレイアが煌くように生きているのかと思うと、それだけで自分も人生に立ち向かっていけるような気持ちになれた。




「それ、いくらぐらいになるんだろうな」




 すぐ傍から聞こえてきた声音に面差しを跳ね上げる。


 目の前に今まで見たことのないような真剣な面差しで、タケルの手の中のペンダントを見つめる大和の姿があった。




「宝石のことなんて全くわからないけど、これ売れば、これまでの治療費や家のローンもチャラになるんじゃないのか」




 夢の産物であるペンダントを物欲に満ちた言葉で語っていた大地の黒曜石の瞳が、まっすぐにタケルを見る。




「もしもの時は、俺にくれ」




 成功率が50%しかない手術を前にした友人への無神経極まりない言葉に、タケルは吹き出した。




「大和ったら!」




 笑いながら大和から庇うようにして、ペンダントを両手で抱きしめる。




「これは誰にも渡さないよ!」




 例え無一文になったとしても、このペンダントは手放さない。


 もしこのペンダントと同等の価値があるとしたら、それはタケル自身の命に他ならない。


 このペンダントのおかげで、未来への道筋を手に入れることが出来たのだから。




「絶対に!」




「だったら死ぬなよ」




 ほんの少し前までのどこかふざけた感のある面差しとはまるで違う、怖いくらい真剣な面差しの大和が硬質な声音で更なる言葉を綴る。




「必ず、元気になれよ」




 強く綴った言葉に漆黒の瞳がグラリと揺れた。


 その眼差しに、大和の中の手術に対する不安と成功への切望を胸が痛むほどリアルに感じることが出来た。




「……うん」




 大和の気持ちがただただ嬉しくて、短く返事をするだけで精一杯だった。


 浮かぶ涙を封じ込め、綴れない言葉の代わりに大きく首肯する。


 そのまま俯くタケルの痩身の身体を、大地の逞しい二本の腕が抱き寄せる。




「絶対に、死ぬな」




 強い切望を感じさせる声音は、風にざわめく水面のように小刻みに震えていた。


 その震えに大和の中にある恐怖と、自分に対する強い思いを感じ、堪えていたはずの涙が頬を行く筋も滑り落ちた。





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