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第二十九話

 アヴェリュスの愛の告白は離れたバルコニーで見ていたアンドレアスの耳には直接届かず、家臣の伝達で知ったようだった。


 家臣の耳打ちに、アンドレアスは白い眉毛をひそめたという。


 次期国王の結婚相手だ。


 簡単に決まるはずもなく、すぐさま緊急会議が開かれた。


 貧しいタンザナイト王国の姫君との結婚に、重臣の大多数は反対した。


 シトリン王国のイリスとの婚姻を望む重臣達の声を黙らせたのは、フレイアの持参した青く透明な液体だった。


 石油も電気なく蝋燭しか熱源を持たないこの世界の人々にとって、石油に似た特性を持つ無臭の美しい液体は、次世代の資源として珍重されることは間違いない。


 石炭のように燃える青い鉱石も、人々の関心を強く惹いた。

 

 けれども最終的に結婚の決め手となったのは、アンドレアスの「結婚を許す」の一言だったという。











 結婚に関して揉めたダイヤモンド王国ではあったが、決定後の対応は早かった。


 フレイアの代わりに訪問を取り止める早馬を、シトリン王国に向けて走らせた。


 王族の土壇場でのキャンセルは、国交上少々問題有りのようだ。


 だが決してフレイアの訪問に前向きではないであろうシトリン王国にとって、立腹に値することではないはず。


 むしろ良かった状態に違いないとのことだ。


 タンザナイト王国に向けても、婚姻の意を伝える伝令が向けられた。


 こちらはシトリン王国に向けられた足の速いだけの馬とは違い、見た目も装飾も麗しい馬だった。

 

 日を置いてから、フレイアは国に帰ることになった。


 アヴェリュスも付いて行くという。


 王子はどんと構えて姫君の輿入れを待つべきだという重臣達の言葉に、アヴェリュスは耳を貸さなかった。


 二月近くの長旅に出すのだ。


 心配でならないだろう。


 何より一時だって離れたくないはずだ。


 二人一緒なら、日の差さない森も怖くはないだろう。


 途中、礼を兼ねてサファイア王家とガーネット王家に顔を出すという。


 すっかり様相の変わったフレイアを見て、さぞかし驚くに違いない。




「サファイアとガーネットの王子供に、私の婚約者だと言って見せびらかしてやる」




 悪戯を企む子供のような意地の悪い笑みを浮かべるアヴェリュスに、タケルはため息を零した。




「やめなよ、そんな子供じみたこと……」




「タケル」




 先程とはまるで違う張りのある声音に、無意識のうちにタケルの背筋はピンと伸びた。




「そなたの助言がなければ、私も先の二国の王子と同じ過ちを犯すところだった。改めて礼を言う」




「お礼を言われるほどのことはしてないよ!」




 いつになく真剣な金の瞳にくすぐったいような恥ずかしいような感覚に襲われ、タケルは音がするほど勢いよく首を左右に振った。




「何か礼がしたい。望みはないか。財産でも領地でも、何でも希望するものを申せ」




 お礼と言われてもピンとこない。


 大賢者の末裔として至れり尽くせりの今の状態で、財産など不要だ。


 こちらの世界の人間ではないので、領地を貰っても困る。

 

 不意にタケルの脳裏を閃きが走った。




「だったら……」




「なんだ。なんでも申してみよ」




 金色の瞳がズイと近づいてくる。




「将来アヴェリュスに子供が生まれて、その子に好きな人が出来たら、身分とか生まれとか問わずに結婚させてあげて」




 アヴェリュスにしてみれば、全く予想外の答えだったのだろう。


 長い銀色の睫毛がパチパチと上下した。




「そのようなことでよいのか」




「うん。それがいいんだ」




 満面の笑みで寄り添って立つ、エヴァンスとジュリアスの姿を思い出す。


 あの二人の幸せは、タケルにとって何よりの褒美だ。




「それがいい」




「わかった。約束しよう」




 真剣な眼差しで確約する明瞭なアヴェリュスの声が、未来の王の声と重なる。


 初めて対面した時、国王アヴェリュスは約束は守ると言った。


 あの時の言葉の意味を、タケルは今ようやく理解した。


 そして、思った。


 婚姻の約束などしなくても、アヴェリュスはエヴァンスとジュリアスの結婚を認めるだろうと。


 誰よりも恋する心を知る、心優しき王なのだから。





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