5.エドガーは謝るのが癖
エドガーが自宅の屋敷へ戻ると、ちょうど父が応接間から出てきたところだった。
「おかえり」
「ただいま戻りました」
「今日はどうだった?」
いつもの問いだった。
エドガーは反射的に答えようとする、だが
「……はい」
ほんの一瞬だけ、言葉が止まった。
「うまくやっています」
父がわずかに眉を上げる。
「ん?どうかしたのか…?」
「いえ、なんでもありません、大丈夫です」
父は数秒だけエドガーを見つめ、それから笑った。
「そうか」
肩を軽く叩く。
「伯爵家との縁は大事にしなさい。」
「……はい」
「波風を立てないことだ。」
「……はい」
「お前なら大丈夫だ。」
その言葉を残し、父は仕事部屋へと戻っていった。
⸻
廊下を歩くと、今度は母と鉢合わせた。
「あら、お帰りなさい。」
「ただいま戻りました。」
「リリア様はお元気?」
「はい、お元気そうでした。」
母はほっと胸を撫で下ろした。
「良かったわ。」
「繊細で可愛らしいお嬢様ですもの。」
「大切になさいね。」
「……はい。」
「女の子を泣かせちゃ駄目よ。」
「……はい。」
母は満足そうに微笑んだ。
「頑張るのよ。」
⸻
部屋へ戻ろうとすると、今度は兄が壁にもたれていた。
「おー、お帰り。」
「兄上。」
「どうよ、伯爵家」
「問題ありませんよ。」
「いいなぁ。」
兄は笑う。
「実質玉の輿じゃん。」
「格上貴族に婿入りなんて大出世だな。」
エドガーは曖昧に笑った。
「うまくやれよ。」
「……はい。」
⸻
自室へ戻り扉を閉める。
静かだった。
ようやく一人になれた。
机へ向かい、領地収支の報告書を開く。
数字を追うが頭に入らない。
ページをめくるがやはり入らない。
その代わりに
「貴方が謝る必要はどこにありました?」
あの声だけが、何度も頭の中で繰り返されていた。
——自分が謝れば、その場は収まる。
そう思ってきた。
だからすぐに謝ってきた。
悪いか悪くないかなど、考えたこともなかった。
いや、考える必要がないと思っていた。
そうしてきた方が丸く収まる。
そう教えられてきたから。
それでいいのだと、疑いもしなかった。
なのに。
『貴方が謝る必要はどこにありました?』
たった一つの問いが、頭から離れない。
答えようとするけれど答えられない。
なぜだろう…なぜ。今まで、一度も考えたことがなかったからだ。




