4.脱獄計画
部屋へ戻ると、一通の手紙が机の上に置かれていた。
封蝋を見ると“ローゼン侯爵家”
伯母様だ。
思わず口元が緩んだ。私はペーパーナイフで封を切った。手紙は相変わらず簡潔だった。
———
クラリスへ
王宮文官補佐の採用が決まったそうよ。
おめでとう。
貴女が採用されたのは私の紹介状のおかげではありません。
試験官が評価したのは貴女自身の実力よ。
誇りなさい。
こちらへ来る日を楽しみにしています。
セシリア
———
私は手紙を最後まで読み終え、小さく息を吐いた。
「…よし」
誰もいない部屋で、小さく拳を握る。
やった…。
やっとこれで脱獄できる。
私は沸き立つ気持ちを抑え、椅子へ腰掛けた。
心臓の鼓動が少しだけ速く感じる。
嬉しい。
王宮で働けることももちろん嬉しい。
けれど、それ以上にこの家を出られる、その事実が何より嬉しかった。
私は元々、伯爵家を継ぐための教育を受けてきた。
礼儀作法だけではなく法律、税制、領地経営、外交、帳簿付け…教師は皆、厳しかった。
伯母様はその誰よりも厳しかった。
『なぜそう思うの?』
『理由は?』
『根拠は?』
幼い頃から、何か言うたびに聞かれた。
最初は大変だったけれど、質問すれば必ず答えてくれた。
何か疑問があっても、父は「そんなこと気にするな」と言ったし、母は「お姉ちゃんでしょう」と言った。
でも、伯母様だけは違った。
『分からないなら調べなさい』
『調べても分からないなら聞きなさい』
『聞かれたら私は答えるわ』
『私にわからないことがあれば一緒に調べましょう』
そういう人だから私は伯母様が好きだった。
とても自分にも周りにも厳しい人だから、父も母も苦手にしている。
妹など伯母様が我が家に来ると、必ず具合を悪くして寝込むか急用が出来る。
見事なものだ。
けれど私は知っている、あの人の厳しさには理不尽さがない。だから信頼できる。
私は手紙を大切にしまった。
さて、荷造りを始めよう。
そう思って机の引き出しを開ける。
中には何枚もの紙が入っていた。
王都商会
王立図書館
税務局
家庭教師
会計事務所
…王宮文官補佐が決まらなかった時のために集めた求人票や紹介状だった。
脱獄計画その二、その三、その四、慎重すぎるくらい慎重に集めた逃げ道だ。計画が変わってもここから逃げ出すことだけは変えるつもりがなかった。
「これらはもう必要ないわね」
私は一枚ずつ紙をまとめていく。
商会、悪くない。
図書館…なかなか魅力的で少しだけ惜しいわ。
税務局、残業は多そう…いや、それでも伯爵家よりは少ないでしょうね。
一枚一枚考えながらまとめていたら、ふと手が止まった。
…エドガー様
私は無意識にその名前を口にしていた。
商会、税務局、会計事務所、そのどれもが彼には向いている。むしろ私より向いている仕事もある。
私は紙を眺める。
あの人なら、十分採用される。
いや、間違いなく採用される。
実力だけで言えば申し分ない。
「…………」
少し考える。
別に助けたいわけではない。
これと言った恩もないし義理もない。
それでも、出口を知っているのに黙っているのは、少しだけ気持ちが悪かった。
「まあ」
私は一枚の紹介状を取り分けた。
「使うかどうかは、あの人が決めることですし」
そう呟いて、机の端へ置いた。
それだけだった。
そのつもりだった。




