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妹の婚約者がどう見ても被害者なので、逃げ道だけ教えておきました  作者: ちょこだいふく


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3.こういう時は書庫に避難

書庫はいつ来ても静かだから、昔から好きだった。

誰も大声を出さないし泣く人もいない。

怒鳴る人も当然いない。


とても平和だ。


数時間前まで応接室で繰り広げられていた茶番を思い出し私は小さく息を吐いた。


さて、領地経営の本でも読もうか。

もう家を継ぐ予定はないけれど、せっかくの知識まで捨てるつもりもない。

目当ての本棚へ向かおうとして、私は足を止めた。


窓際の机に先客がいたからだ。


エドガー・ウェインライト。


妹の婚約者。

…先ほど父に叱責されていた青年である。


なるほど。


どうやら彼も、ここへ逃げ込んできたらしい。

私が眺めていると、向こうもこちらに気がついた。


一瞬だけ目を見開き、そして立ち上がった。


「申し訳ありません」


開口一番、それだった。

私は首を傾げた。


「何がですか?」


「その、…先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまいました」


ああ、そのことか。

私は少し考えた。


「確かに見苦しかったですね」


エドガー様が固まるが私は続ける。


「ですが私が言っているのはお父様たちの方です」


「…え?」


「貴方ではありません」


しばらく沈黙が流れた。

どうやら彼にとって予想外の言葉だったらしい。

私は本棚から一冊抜き取った。領地税に関する本だ。

少し古いが内容は悪くない。


「以前から気になっていたのですが」


「は、はい」


「なぜいつも、貴方はすぐ謝るのです?」


エドガー様は瞬きをした。


「私の監督不足…ですので」


「そうなのですか?」


「ええ」


私は少し考え、そして正直に言った。


「やはりよく分かりません」


今度はエドガー様が首を傾げた。


「リリアは十七歳です」


「はい」


「文字も書けるし読めます」


「はい」


「問題なく歩けます」


「はい」


「私より早く走れます」


エドガー様が吹き出して、慌てて口元を押さえた。

また肩が震えている。


…やはり笑っているらしい。

なるほど、笑えるのか。


「失礼しました」


「いえ、構いません」


私は向かいの椅子へ腰掛けた。


「ですが、本当に分からないのですよ」


「何がでしょうか」


「なぜ全てが貴方の責任になるのです?」


エドガー様は少し困ったように笑った。


「そういうものだからです」


「そういうもの」


「はい」


言いたいことはわかる、だがやはり理解というか、納得できなかった。


「そういうものとは便利な言葉ですね」


「…え?」


「説明を放棄することができます」


エドガー様がまた黙った。

私は無視して本を開く。

しばらくページをめくる音だけが響いた。静かで良い。やはり書庫は好きだ。


「…クラリス様は」


不意にエドガー様が口を開いた。


「昔から、そうなのですか?」


「どういう意味でしょう」


「思ったことを、そのまま口にするところです」


私は首を傾げた。


「皆様違うのでしょうか?」


「違います」


即答だった。


「勉強になりました」


「そういう意味ではありません」


また笑われた。

もちろん、本音と建前があることは認識している。

だが、言葉にしなければ何を思っているかなど誰もわからないではないか。

どうやら私の感覚と世間の感覚は少し違うらしい。


しばらくしてエドガー様は机の上の書類へ視線を落とした。横目でチラリと見ると見覚えがある。

先日問題になっていた領地収支の報告書だ。


「まだ終わっていなかったのですか」


「ええ、期限が近いので優先的にやっています。」


「リリアの仕事ではありませんでしたか」


「…共同作業です」


私は報告書を見たあとにエドガー様を見た。

そしてさらに報告書を見た。


「共同作業」


「…はい」


「貴方が九割以上をこなす…共同作業」


エドガー様は気まずそうに咳払いをした。


なるほど、やはりよく分からない。


「ところで」


「はい」


私は本を閉じた。


「今日の件ですが」


「はい」


「貴方が謝る必要はどこにありました?」


エドガー様は答えなかった。

いや、答えられなかったのだろう。

初めて見る顔だった。まるで今まで考えたこともなかった問いを突然突き付けられた人のような顔だった。



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