湖の国との国境
おはようございます
サクヤ一行は国境までやってきた。
国境の手前、瑞の国側に茶店があったので、お茶をいただくことにした。
秋になったとはいえ、天気のいい日はまだ汗ばむ。当然喉も渇く。
「いらっしゃいませ。」
「お茶と団子をいただこう。9人分で頼む。」
「はいはい。そこに掛けておまちください。」
茶店の店主であろう老婆は、店の奥に入っていった。
暫くして盆に載せたお茶と団子を3回に分けて持ってきた。
「はい、これが最後です。おや?そちらのお嬢さんは神様と仲良しなのねぇ。」
老婆はサクヤを見ると、ニコニコ笑いながら問いかけた。
「どういう意味でしょうか?私に何か付いてますか?」
「いえいえ、ここで長年店をやっていると、加護のある者、邪気を妊む者など、色んな人が来ます。でも、お嬢さんのような加護の多い人は初めてでしてね。余程神様に気に入られてるんでしょうねぇ。」
「ババ様にも見えるのですか?もしやババ様は禊祓の御力をお持ちなのですか?」
老婆はニコニコ笑ったまま、首を振った。
「私は若い頃巫女をしていました。でも私が住んでいた里は御神域を失ってしまって、ヌシ様もいなくなってしまったの。」
「そのようなことが…。何故御神域がなくなったのですか?」
「宮司様の血筋が絶えて、禊祓をできる者がいなくなってしまってねぇ。私は他所の社から急遽宮司代理として派遣されたのだけど、私の力量では御神域に入り込む邪気や穢れを祓いきれなくて…。穢れが増えすぎるとヌシ様が祟神になってしまうから、ヌシ様には他所の穢れの少ない御山に移って頂いて、私は里を出てここで茶店を始めたの。」
「宮司代理だったということは、何処かの社の宮司の一族だったのですか?」
「そんなところです。でも落ちこぼれだったのよ。派遣された段階で、私も里も見放されてたんでしょうね。でも、お嬢さんは凄いわね。こんなに力量がある人は初めて。あの時の私にも、貴方くらい力量があれば、あの里を救えたかもしれないねぇ。」
「そうですか…。その里は今どうなっているのですか?」
「白銀童子とかいう鬼の根城になってしまったわ。」
「白銀童子だと!」
蒼士郎が熱り立つ。
「昔は『金猿の社・金猿山』と呼ばれていたのだけど、今は白銀山と呼ばれているわ。大きな銀杏の木があって、秋には金色に輝いて見えたの。でも今は枯れて白化してしまってねぇ。」
「だから、白銀山か…。」
「ごちそうさまでした。貴重な話を聞かせていただきました。」
「いえいえ、またお越しください。」
一行は店を出て国境の関所に向かって歩く。
「あのババ様、あんなこと言っていたが、凄い御力の持ち主だったな。」
「そうなのか?」
「なんだ、気づかなかったのか?あの店、結界術が施されていて、店の周りは小さな御神域になっていた。多分、店の裏に祠を祀っているんじゃないか?ババ様は力量が満ちていたからな。あの店の物を食べたお前達も力量が回復したはずだぞ。」
「えっ?!全然気が付かなかった。」
「ふん、まだまだだな。もう少し観察力を研いたほうがいいぞ。」
「すみません。私も何度も通った道なのですが、全然気が付きませんでした。兄上は気付いておられました?」
「…いや。俺もまだまだなようだな…。」
関所にやって来た一行は、守備する湖の国の兵に身分を照会する。蒼衣達がいたので通過はスムーズだった。
「うわぁ!大きな湖ですね!」
国境は峠にある。峠を越えると湖の国の一部が見渡せた。
「あの大きな湖が龍神湖です。湖の左手が我らの里で右手前が国府です。」
「国守はいないのでしたね。」
「はい、輔がいるだけです。参りましょう。あそこに見えるのが今日の宿です。そこからは川船で下れますので、里まではすぐですよ。」
「そうか、川船に。それも楽しみだな。」
宿に入った一行を、ある男が待ち受けていた。
「蒼衣殿、蒼士郎殿、ご無沙汰しておる。そちらにおられるのが乾のサクヤ殿とお見受けするが?」
「輔殿。何故ここに?」
「いえ、将軍様からこちらに伺うという話を聞きまして。急遽駆けつけました。申し遅れました。某は湖の国の大輔、鏑木弾正と申します。お見知りおきを。」
「乾のサクヤです。将軍様が我らの動向をお知らせしたのですか?」
「はい。先日御自ら社に伺ったようですが、またすれ違いになったと嘆いておられたとか。」
「そうでしたか。ところで国の輔殿が私などに何の御用でしょうか?」
「はい。白銀童子に関することで、ご相談したきことがありましてな。明日にでも国府に立ち寄っていただけませぬか?」
「お待ち下さい、輔殿。サクヤ様は社の客人。こちらを差し置いて国府に来いとはどういうことでしょうか?」
「申し訳ない。蒼衣殿達が不在の間に、奴等に襲われた村があるのです。蒼衣殿と蒼士郎殿も含めて国府でご相談にのって頂きたい。宮司殿の了承も得ております。」
「そういうことでしたら…。」
「申し訳ない。使いの者を残しておきます。某は先に戻りますので、国府にてお待ちしております。」
「分かりました。では明日。」
「宜しくお頼み申す。では。」
鏑木弾正は宿を出て馬に跨ると颯爽と帰っていった。
(やっぱり、馬はいいなぁ。)
「もう到着されてましたか。早かったですね。」
入れ替わるように宿に入って来たのは隼人だった。
「宮司の命で、国府に立ち寄って欲しいってことだ。」
「今輔殿から聞きました。」
「えっ、そうなんです?一足遅かったみたいですね。俺も明日は同行します。」
「そうですか。サクヤ様、なんだかすみません。」
「いや、急ぐ旅でもないし、白銀童子のことも気になるので、かまいませんよ。」
宿に入った一行は風呂を済ませたあと夕餉となった。
この旅では初めて酒も用意された。
「お疲れ様でした。ではいただきましょう。」
サクヤ達のお酒は基本的に手酌である。上下関係に煩わしさを感じた、面倒臭がりなサクヤらしい飲み方だった。
(ん?このお酒、力量が増えない。御神力が含まれてないな。あれ?もしかして?)
「私は今、凄い勘違いに気付いた…。」
「どうしたんだサクヤ?」
「私は今まで、どんなお酒を飲んでも力量が回復すると思っていたんだが、今まで飲んできたお酒には、偶々御神力が含まれていただけみたいだ…。」
「「はぁ?」」
「えっ?力量が回復するのは綾の泉だけじゃないのか?」
「いや、実はな…」
サクヤは初めて酒を飲んだ宿場町の歓待の時の話をした。
「そうか…、じゃあ力量が増える酒は綾の泉だけじゃなく、御神力から湧く水を使っている酒ならどれでもいいのか。」
「多分そうだと思う。でも、綾の泉の売り上げ的には黙っておいたほうがいいのかな?」
「御神力目的なのは日輪宮だけだろ?他の人達は単純に美味しいから飲んでるんだろうし、黙ってても問題ないだろ。」
「そうか…そうだな。そうすることにする。」
「昼間の茶店といい、意外と御神力を含む飲食物というものがあるものなのだな。」
「ほら、兄上。サクヤ様といると学ぶことが多いでしょ。」
「そうかもしれないな…。」
「だが蒼士郎殿。あのババ様はそうとうな力を持っているぞ。何故今まで気づけなかったのだ?」
「サクヤ殿に言われるまで、そういう対象としてみていなかった。私は意識的に見ないと相手の力量を測れないからな。サクヤ殿は自然に見えるのか?」
「…考えたことがなかったな。」
「またそれかよ!サクヤは無意識に御力を使い過ぎなんだよ。どんだけ力量に余裕があるんだ。」
「今でも毎日増やしているから…。だが、まだ目標には及ばない。」
「なんだよ、目標って?」
「…それは…、(恥ずかしくて)言えない。」
(まさか空を飛ぶためとか、言えるわけがない。理にも関わるしな。)
「はぁ~、またそれか。そりゃ無意識に使い放題になるよな。」
「あのう、力量の増やし方ってあるんですか?持って生まれたものではないのですか?」
「じゃあ、それは留学してから教えることにしよう。」
「楽しみにしてます。」




