【閑話】其々の想い
おはようございます
俺がサクヤに対して特別な感情を抱くようになったのは何時からだったろうか?
サクヤのことは幼い頃から知っている。その頃から器量良しで知られていた。巫女になるまでは面倒臭がりなところはあったが天真爛漫で好奇心の旺盛な普通の女子だった。いや、普通ではなかったか?
サクヤが普通と違うと思ったのは、神楽ごっこをするようになった頃だったか。子供達が其々役を決めて鬼や妖魔を刀や弓で倒す。クルクル回り過ぎで目が回り気持ち悪くなったものだ。
ある日、サクヤが鬼女役をやった時だったが、余りに鬼気迫る舞に神役の男子が泣きながらちびったことがあった。自分はサクヤの手下の鬼役だったが、横で見ていても怖かった。
今思うと、社の神楽で妖狐を演じたサクヤが、観衆を恐怖の坩堝に陥れたことは当然の成り行きだったのかもしれない。
サクヤの特異性を決定付けたのは弓の稽古を始めたときだった。
弓の稽古は普通は女子はやらないのだが、好奇心の強いサクヤはやりたがったので、遊びとして一緒に稽古をすることになった。
その時、サクヤは矢の放ち方を大人に教わると、初めての射的で的に当てて見せた。
普通は放ち方を覚えるため最初は的を狙わず、藁束の断面に至近距離で矢を放つ。しかし、女子のサクヤに本格的に弓を教えるつもりのなかったその大人は、まともに当たらないことを体験させて、諦めさせようと考えていたらしい。
しかし、サクヤは一発で10間(約18m)離れた的に当てると、続けざまに的の中心を射抜いて見せた。距離を倍にしたが、それでも中心を射抜いた。
教えていた大人は驚愕しつつも、サクヤの才能を認めて、本格的に教えようとした。しかし、サクヤの方が先に飽きた。
簡単に当たり過ぎて、面白くないと思ったらしい。その後は時々顔を出して、他の子供達に意味の分からない指導をして困惑させたうえ、曲芸のような矢を放ち子供達達から自信を奪っていった。
俺は何故一発で的に当てれたのか聞いたことがある。その答えは、
「皆当てれるものだから、当たるものだと思っていた。」
と答えた。サクヤは変に素直というか単純というか、人ができるなら自分にもできると思っている節がある。
しかも、実際やってのける。
サクヤは特別なんじゃないか?そう思ったのは俺だけではないはずだ。
成長するにつれ美しさに拍車がかかり、周りは高嶺の花として扱うようになっていったが、普段からサクヤに接している俺はサクヤの内面を知っている。
単純だけど面倒臭がり。優しいけど同年以上の男には容赦ない。なんでも器用にこなすし、弓の腕は頭抜けているけど、教えるのが下手。
俺はサクヤの何に惹かれたんだろうか?
最初は守ってやりたいと思っていた。でも気が付けば俺より強くなっていて、とうとう上司になった。
俺がどうやってサクヤを守るんだ?
白狐の社で神様に授けて貰った御力は、俺にとって願ったり叶ったりだった。
いざという時、大切な者の身代わりになれる御力。
好きに理屈なんてない。
好きな女子を身を挺して守れるなら本望だ。神様が何を思って俺にこんな御力をくれたのかは判らないけど、この御力を使ってサクヤが守れるなら…。
でも、そこまで俺が想っていても、サクヤは振り向いてはくれない気がする。死ねば悲しんではくれるだろう。
そんなサクヤが鬼防寮の頭として旅の途中で方針を明らかにした。
サクヤの異常さについて男達で談義した翌朝の話だ。
サクヤ自身にも迷いや戸惑いがあったのが分かった。
それでもサクヤが覚悟を決めて方針を示したんだ。俺が信じてついて行かず誰がついていくんだ。
でも…、やっぱり心配だ…。
てか、神様達の噂になってるってなんだよ?
私の人生を変えたのは、一つ歳上のひとでした。
隠密寮の頭の孫として生まれた私は、父も隠密寮の宮守でした。
宮守の中でも隠密の人間は少し特殊で、代々隠密寮勤めという一族が多かったのです。女子である私もその例外ではなく、隠密寮に入るべく育てられたと言えます。
武芸に始まり、諜報活動のいろはを学び、地理、経済、言葉を教え込まれました。
御力量りの儀を経て、巫女になったばかりの研修で、山兵で唯一の女子であるサクヤ様に出会いました。
サクヤ様は一つ歳上で、女子にしては背が高く、女子から見ても目を引くほどの美人でした。
それでいて弓の腕も弓寮一と言われるほどで、隠密寮でも叔父である猿也のもとで鍛錬をしているといいます。
私も子供の頃から鍛錬していたので、弓は勿論、武芸全般に自信があったのです。
しかし、サクヤ様には弓も剣術も敵わなかった。最初は何らかの御力を使っていると思いました。でも、御力は使う時に独特の間が生じるものなのに、サクヤ様にはそれがなかった。今でこそサクヤ様は無意識に御力を使っていることを知っているけど、当時は御力も使ってない相手に完敗したことが信じられなかったのです。
ただ、悔しいとは不思議と思いませんでした。純粋に尊敬というか、憧れに近い感情だったと思う。この人の近くにいたいと思いました。
配属の希望を聞かれた時、私は迷わず弓寮と答えました。隠密寮のことは頭から消し飛んでいました。
しかし、父からも祖父からも何故か反対されるとこはなく、叔父である猿也に至っては、
「サクヤ殿の側に付けることは、一族にとっても利がある。」
とまで言われるほどで…。
結局すんなり弓寮への配属が決まると、私は隙あらばサクヤ様の側に付いて教えを乞うことにしました。因みに隠密寮と兼務でしたが。
サクヤ様は教えるのがお世辞にも上手くないので、言っていることの半分も解らなかったけど、側にいれることが嬉しかった。
配属されて半年が経った頃のある日、サクヤ様と2人で御神域の巡回に行った時の出来事です。
山の中腹にかなり高い崖がある道を歩いていた時、不意に現れた鳶の妖魔に襲われました。
真上から滑空してきた妖魔は私を蹴り飛ばし、私は崖から落ちてしまったのです。
落下中は「死んだ」と思いました。しかし、仰向けに落下しているときに信じられない光景を見ました。
サクヤ様が私を追って飛び降りたのです。サクヤ様は頭から真っすぐに飛び込み、私の手前で体勢を変え、落下しながら妖魔に矢を放ちました。
矢は見事に妖魔の頭を捉えたかと思うと、サクヤ様はまた頭から突っ込んで来て私を抱きかかえ、反転して自らが下になりました。
「私は馬鹿だ!サクヤさんまで巻き込んだ!」
「まだだ!」
地面に叩きつけられると思ったとき、急に落下速度が低下し、極めて軽い衝撃で地面に到達しました。何が起きたかなど判るはずもありません。
「サクヤさん、大丈夫ですか?」
私はサクヤ様の上に乗っかる形だったので、慌てて降りてサクヤ様の状態を確認しましたが、返事がありません。
「サクヤさん!」
揺さ振ると僅かに反応がありましたが、意識がないようでした。頭をぶつけたのかと思い、下手に動かせないと対処に困っていたとき、サクヤ様は目を瞑ったまま囁くような声で言葉を発しました。
「腰の袋から、薄紫の筒をとって飲ませて…。」
私は言われるまま筒を取り出し、液状の薬と思われる物をサクヤ様の口に少しずつ流し込みました。
暫くするとサクヤ様は目を開き、上半身を起こしました。
「まだ無理をされては!頭をぶつけたかもしれませんし。」
「いや、力量がなくなっただけだから。身体はなんともない。」
「力量…?」
「千代、今日の出来事は他言無用でお願い。いいね?」
「はい…。」
私はこの時のサクヤ様の御力が未だによく判っていません。何をどうやればあの高さから落ちて無事で済むのか?地面に到達する直前に落下速度が低下する御力って何なのでしょうか?
私はこの日以来、サクヤ様を「サクヤ様」と呼ぶようになりました。最初のうちは嫌がっていましたが、最近は諦めたようです。
生命を助けられたのも大きいですが、あのとんでもない御力は最早神の領域だと思うのです。神或いは神の使いであるサクヤ様をサクヤさんなどと気安く呼べるでしょうか?いいえ、呼べません!
サクヤ様は私の信仰の対象になったのです。
まさかその後、本物の神様に遭遇するとは思いもよりませんでしたが…。




