湖の国へ
おはようございます
「では、行ってまいります。」
「気を付けてな。藤十郎、頼んだぞ。」
「…相談役って何なのでしょうなぁ。」
「すまぬ、藤十郎。其方だけが頼りだ。」
「…。」
「毎回毎回、このくだりは必要なのですか?」
「誰のせいだと思っておる。間違ってもあちらの宮司に喧嘩を売ることなどないように。」
「売りませんよ。相手の出方次第ですが。」
「よいか、穏便にだぞ!」
「もし龍神の社が兵を差し向けてきたらお願いしますね。」
「サクヤ!」
サクヤは宮司に背を向けると、舌を出して歩き出した。
「本当に仲がよろしいこと。」
「あれがそう見えるか?」
「仲のよい親子みたいです。」
「まぁ、一応養女だから親子で間違いではないが…。」
一行は里を出ると、まずは国境を目指す。国境までに2泊は必要になるが、急ぐ旅ではないのでのんびり向かう。
「前回の乃美の宿でも楽しみでしたが、今回は初めて国の外に出るので緊張しますね。」
「そうか、伊都は初めてか。とはいえ我等も3度目だ。蒼衣様達は頻繁に国外へ出るのでしょう?」
「そうですね。1年のうち3割は出ているような状態です。」
「凄いなぁ。行ったことがない国がないのではないですか?」
「いえ、そうでもありません。この近辺の国ばかりですので、都も含めて7カ国程度でしょうか。」
「へぇ、それでも凄いな。因みにどの国が良かったです?」
「そうですね。沃の国は海があり、社が島にあるのですが、その碧鰐の社は美しかったですね。でも、沃の国と湖の国はあまり仲がよくなくて、のんびりできないのが残念です。」
「仲が悪いのですか?」
「はい。私が産まれる前の話ですが、櫛の国が今程荒れておらず、国守が在国していた頃です。櫛の国と沃の国が国境で小競り合いをしていたのですが、櫛の国より傭兵の派遣要請を受けました。しかし、湖の国と櫛の国は直接行き来ができないので、瑞の国を通過しなければならないのですが、瑞の国守が難色を示したのです。それは当然のことでして、明らかに兵団と判る者達を通せば、櫛の国に加担したと判断されます。通常はそうならないよう、偽装したうえで分散して派遣するのですが、時間的に間に合わなかったようです。そこで仕方なく湖の国から直接沃の国に派兵したのですが、沃の国からみれば挟み撃ちにされた状態になり、櫛の国の豪族の独断暴走もあって沃の国がひどく荒らされたのです。湖の国の兵は国境から牽制する程度でしたが、相手にそんなことは判りません。沃の国からすれば、傭兵どころか湖の国の兵が直接沃の国へ攻めてくる恐れがあったわけですから。ですので、今でも国境が厳重に警備されています。湖の国は事実上社が治めているわけですから、山兵と国府兵の区別など無いようなものですし。」
「それは随分悪手を打ちましたね。」
「そう思います。しかも、結果として暴走した櫛の国の豪族は国守より発言力が増したことにより、櫛の国が荒れる原因にもなってしまいました。」
「国守が豪族を抑えきれない状態になったわけか。」
「はい。その出来事以降、傭兵の派遣方法には慎重になりましたが、傭兵自体をやめるわけにもいきませんし、悩ましいところです。」
「なるほどな。しかし、よくそのような国に行くことができましたね。」
「それは沃の国にもそれなりの事情があったからで。櫛の豪族に荒らされて以降、国府兵が頼りにならないということで、豪族が独自に兵力を強くしていきまして。その鎮圧に派遣されました。事情が事情ですので、かなり格安の料金で対応しました。」
「それはなんとも…。」
「いいんです。身から出た錆のようなものですから。」
ややテンションが下がったまま一泊目の宿に着いた。
2日目の昼前、次の宿場との間の峠を越えようとしたときだった。見知らぬ男に声をかけられた。
「失礼します。そちらの方は乾のサクヤ殿で間違いないでしょうか?」
男は一人だったが、独特の気配があり、蒼士郎も含めて皆が思わず身構えた。
(この気配はもしや…。)
サクヤは皆を手で制し、男に返事をする。
「如何にも、私が乾のサクヤです。貴方の様な方が声をかけてくるとは、余程の用件とお見受けしますが?」
「はは、流石ですね。一目でこちらの素性を理解するとは。話が早くて助かる。」
「で、ご要件は?」
「あちらに見える山の上には小さな祠がありまして、そちらまでお越しいただけないかと思いまして。」
男は総髪の垂れ目で、ややポッコリ体型である。人懐っこい感はあるも、どこか胡散臭くもあった。
「祠まで行けばいいのですか?」
「はい、そこで用件をお話させてください。」
小平太はサクヤに寄ってきて囁く。
「サクヤ、いくらなんでも胡散臭いだろ。行かないほうがいい。」
「この方が玉三郎殿と同類だと言っても?」
「えっ!?そうなのか?なんでわかるんだよ。」
「気配が似ているし、なんとなくな。それに邪気も感じないしな。」
「そうか…。なら任せる。」
「分かりました。ご同道しましょう。」
「有難い。」
事情を察したのは白狐の社に行った者達だけで、あとのものは困惑したままついてくる。
30分ほど山を登ると、そこには小さな祠があった。
「お願いしたいのはコレでしてね、参拝者が供えてくれたのですが。いや、問題はお供え物を入れた器の方でしてね。これ、呪物なのです。」
「呪物!?」
「確かに、禍々しい邪気が溢れてますね。」
「はい。このままではここのヌシ様が祟神になってしまいます。なんとかこれを祓っていただけないかと。」
「これは、御神域に置いておけませんね。浄化薬で浸した布に包んで持って下りましょう。取り除いたあと、この場を浄めます。」
「有難い。是非お願いします。」
サクヤは浄化薬で浸した布で呪物である茶碗を掴んでそのまま包んだ。祠の祭壇から下ろすと、一旦地面において禊祓を行った。
辺りの浄化が終わったと同時に、祠の後から白い狸が現れた。
「助かりました、サクヤ殿。本当に危ういところでした。」
サクヤはその狸を認めると直ちに頭を垂れた。
「畏れ多いことです。神に仕える者として当然のことをしたまでです。」
白い狸に対するサクヤの所作に、蒼衣、蒼士郎、伊都、それから藤十郎と猿丸もあっけにとられていたが、他の者たちは直にサクヤに倣う。
「貴方の事は噂に聞いていましたが、なるほど大した御方のようですね。」
「噂ですか?」
「我らの界隈ではこの手の話は直に伝わるものでしてね。」
「もしや、白狐の社からですか?」
「その通りだけど、直接ではないよ。この近辺の者達は、皆貴方の事は知っているから。我も又聞きだ。」
「よもやその様な事になっているとは…。」
「ついでと言ったらなんだが、その器のせいで、この神域の結界が一部欠けてしまったんだ。補修してもらえないだろうか?」
「申し訳ありません。結界がどのようになされているのか、私はその術を存じ上げません。」
「そうかぁ…。それは残念だ。もし広域の結界術が使えるようになったら、是非補修にきてくれ。」
「分かりました。その時はお力にならせていただきます。」
「宜しく頼む。世話になったね。礼と言ってはなんだが、其方にこれを授けよう。」
白い狸はサクヤの頭に触れると、神力を流し込んだ。
「この山に使われているものより規模は小さいが、基礎として使えるようにはなったはずだ。より精進して、是非また来てくれ。」
「勿体ないことです。この御加護に応えるため、必ず戻って参ります。」
白い狸はニヤッと笑うと、霞のように消えた。ここまでサクヤ達を連れてきた男も、いつの間にか姿を消していた。
サクヤは呪物を包んだ布を拾い上げると、そそくさと山を降り始めた。
「サクヤ様、あの狸はなんだったのですか?」
「あの方はこの山のヌシ様です。」
「「「えっ!?ヌシ様!」」」
「まて、サクヤ!この山のヌシ様が降臨されたのか?」
「はい。ここまで案内してきたのは使いの妖です。」
「サクヤ、もしや御山で会ったあの山犬もそのようなものなのか?」
「さて?どうでしょうか?」
「…!そういえば、其方等は直にサクヤに倣ったが、ヌシ様と判ったからなのか?」
「頭がそうしたから、部下である俺達はそれに倣っただけです。」
「私も一応部下なのですが…。」
「伊都は山兵ではないから、仕方ないよ。」
「待って下さいサクヤ様。もしそうだとしたら、私達は頭のひとつも下げず、とても無礼な態度だったのでは…。」
「気になさっている様子はなかったので大丈夫だと思います。どうしても気になるなら、今度何かお供えになれば良いかと。」
「そうします!兄上もですよ!」
「…わかった。それよりサクヤ殿。其方はここのヌシ様に何を授かったのだ?」
「それは山を下りてからお見せします。」
御神域を出たことを確認したサクヤは、峠の脇にある木の根元に布に包んだままの器を埋めた。
「結界術…。」
呟いたサクヤの足元に直径5mほどの円が描かれた。
「これは…結界!?」
「これでよいでしょう。初めてにしては上手くできたと思います。」
「サクヤ、今のは?」
「授かった御力で呪物の周りに結界を張った。これで邪気が漏れることも、誰かが持ち去ることもできないだろう。」
「結界術を授かったとは…。サクヤ殿、先程祠の周りを浄めたが、人ではなく土地を祓うことができるものなのか?」
「蒼士郎殿は地鎮祭を見たことはないですか?あれは土地の神を鎮め邪気や穢れを祓っているはずですが。」
「形式的な物だと思っていたが…。」
「私は人でも物でも禊祓は同じだと思っていますし、何かに御力を籠めることも、破魔の矢に籠めるのも同じだと思っています。因みに我が家の畑には土と水に御力を籠めるので、大変良く育ちます。」
「待てサクヤ、それは私も知らなんだぞ!」
「そうでしたか?では今言った通りです。変に拘りを持たなければ、誰でもできると思うのですが。」
「待って下さいサクヤ様。私は武具に御力を籠めれるようになりましたが、それも破魔の矢と同じだと?」
「私の中では一緒だな。他の者は知らないが。」
サクヤ以外が呆気にとられる中、サクヤは平然としたままだ。
「さて、予定外のことで時間が押している。日が落ちるまでに宿に着かなくなるぞ。」
「皆様でもサクヤ様の言動に驚かれることがあるのですね。」
「驚いてばかりだ…。もう驚くことに疲れたよ。」
「蒼衣、あのような者を本当に社に連れて行ってよいのだろうか?」
「わかりませぬが、今更なかったことにはできぬではないですか。」
「それはそうなのたが…。」
2人はサクヤの背中を見ながら妙な不安をおぼえた。




