神楽に集まる観客達
おはようございます
「皇弟殿、良い話をお持ちしましたぞ。」
豊秋彦が日輪大社に籠るようになってから随分日が経つが、相変わらず皇太子に武具に御力を籠める作業を続けさせる毎日を過ごしている。豊秋彦自身も御力の鍛錬に余念がない。2日に一度は山に入り妖魔退治に精を出している。とはいえ妖魔もそうそういるものでもないので、普通に鹿や猪を狩っては食事を豊かにしたりしていた。
一旦山を下りた将軍が戻ってきてからの開口一番が「良い話」だった。
「其方がそう言うなら余程であろう。なんだ?」
「はい。ひと月後に赤犬の里の麓の宿場町で行われる祭で、サクヤ殿が神楽を舞うようです。」
「ほう!それは確かに良い話だ。是非観てみたいな。あの2人も連れて行ってみよう。」
「それと、先日その赤犬の社に行ってきまして。」
「何か用があったのか?」
「はい。先日の疫病騒ぎの話は聞き及ばれていると思いますが、その際に使用された薬の効き目が異常でして、秘密を探りに行きました。」
「ほう、それほどの効き目が。」
「サクヤ殿が絡んでいるのかと思ったのですが、生憎と留守でして。代わりに薬師に合ったのですが、これが驚くくらい器量良しでして、一瞬魅入ってしまいました。」
「ほう、都の美しい女を見慣れた其方がか。」
(もしや、コノハでは…。薬師だというならその可能性もあるか。)
「歳の程は三十路を過ぎたくらいでしょうか。肝の座った、サクヤ殿とはまた毛色の違う美人ですが、どことなく似ているような気もします。そう大きくない里ですから、親類かもしれませんな。」
「そうか…。」
(面白い反応をなさるな。何かしら心当たりがあるような顔をされる。サクヤに対する反応も考えると、何かしら関係がありそうだな。)
「やっと願いが叶います!」
蒼衣は蒼士郎に駆け寄り笑顔で伝える。
「赤犬の社への留学か…。あのようなところで学ぶべきことがあるのか?」
「兄上だってサクヤ様の薬に助けられた一人ではないですか。あの薬を始めとした禊祓などの疫病への対処は学ぶべきではないですか?」
「まぁ確かにあれはとてつもない物だったが、少し疑問もあるのだ。」
「何がです?」
「傷薬を塗ってもらったとき、御力が流れ込んで来た。あれは薬の効果というより、サクヤ殿の御力で治ったのではないかと思う。」
「それは…つまり、サクヤ様は『治癒の御力』が使えるということですか?」
「そう考えるほうが合理的だと思う。あの禊祓にしても、あれだけの人数に一度に行うなど、今上の帝でもできまい。サクヤ殿はいったい何者なのか…。」
「それも含めてしっかり観察すればよいのです。私はサクヤ様のお側にいたいのです。」
「お前…、どこか方向性がおかしくなってないか?」
「そんなことは…ありません!」
「つきあわされる俺の身にもなって欲しいものだ。」
「つきあわされる?どういうことですか?」
「お前一人で行かせるわけには行かないと父上がな。そこで俺まで留学させられる羽目になった。」
「ええ!?聞いてません!そんなお目付役みたいなこと。折角サクヤ様と2人で過ごせるかもしれないのにぃ。」
「お前の目的は何なのだ…。先が思いやられる。」
サクヤのこのひと月は、鍛錬と神楽の稽古を半々に熟して過ごす日々だった。
神楽の稽古はご無沙汰だったが、神しか舞わないので、思い出すのも直だった。しかし人と合わせなければならない為、そちらの方が大変だった。白狐の社での鍛錬で身体のキレや機敏さが増したせいか、どうにも息が合わない。
「サクヤ、ちゃんと楽に合わせろ。特に剣舞になると早くなっている。」
「はい、気を付けます。」
それでも数回の稽古でアジャストできたので、奉納神楽への不安はない。
そうこうしているうちに祭当日を迎えた。
宿場町に到着すると、相変わらず多くの観衆が迎えてくれる。今回の奉納神楽にはサクヤも安澄も出演することが事前に周知されていたからだ。
「凄い観衆ですね。いつもこうなんですか?」
「そうね。サクヤさんが出演するようになってからは特に多くなったわ。最近は安澄さんも人気があるみたいだし。」
絢音と静は営業も兼ねて神楽の見物に来ていた。
「ただ、この状況だから、挨拶は難しいでしょうね。」
「そんなことはないと思うけど。私は元巫女寮の頭だから、顔は利くのよ。」
「それは頼もしいですね。」
静と絢音は舞台裏で準備しているサクヤと安澄に会いに行ってみた。警備の山兵も静の顔は知っているので、すんなり通してもらえた。
「あら、静さんに絢音さん!態々観に来てくれたの?」
「営業も兼ねてね。これだけの人出だから、営業の良い機会でしょ。」
「流石ですね。サクヤは…、あ、いたいた。」
「あら、静さんに絢音さん。ご無沙汰です。」
「元気そうね。今日の神楽は絢音さんも楽しみにしていたのよ。」
「評判は聞いています。本当に楽しみです。」
「期待に添えるよう頑張ります。」
「しかし、神の衣装を着ると、一層凛々しくなってカッコいいです。こんな殿方がいれば夢中になりそうです。」
「実際男より女子の方に人気があるもんね、サクヤ。」
「…。」
「さて、準備もあるでしょうし、長居しては迷惑ね。客席の確保に行きましょう。」
「そうですね。では、頑張ってください。」
そう言って2人は舞台裏を出て行った。
「父上、早くしないと席がなくなります!」
「そんなに急がずとも…、田舎の宿場町の奉納神楽であろう。」
「いえ、本当に大観衆で、立ち見も出るくらいです。」
「ご安心ください。家人に席を確保させています。」
「流石右近殿、抜かりありませんね。」
「噂は聞いていましたからな。備えあれば憂いなしです。」
「しかし、たかが田舎神楽を観るために態々来る必要があったのか?呼びつければよいではないか。」
「社の神楽団だからね。朝廷にも呼びつける権限がないんだよ。」
貴彦は納得がいかないという顔をしている。しかし、あっという間に席が埋まっていくのを目の当たりにし、驚きを隠せないでいた。
「ここの者達は余程娯楽がないのか?これ程の人が集まるとは…。」
「いやいや、一見の価値はあるよ。私も初めて見たときは思わず魅入られたほどだ。」
「明日彦がか…。それ程のものがこの様な田舎町で…。」
「兄上、遅いです!」
「何故このような田舎の宿場町の神楽なぞ観ねばならん?」
「折角祭の時期に居合わせたのです。しかも、赤犬の社の神楽団で、かなり評判になっているらしいですから、観ないと損ではないですか。」
「はぁ~。昨日のうちに赤犬の社に着けたというのに、このようなところで無駄に一泊することになるとは…。」
「もしかしたら、サクヤ様の力の理由が判るかもしれないではないですか。」
「サクヤ殿は山兵だろう?神楽を舞うわけではあるまい。まったく、何が判るというのだ。」
3組の其々目的の違う者達が待つ神楽の開演は、四方祓いから始まった。
サクヤが出演するのは、例によって最終演目だけである。それまでに安澄が充分に場を暖めたので、観客の期待は最高潮に達していた。
そして、いよいよサクヤの出番である。演目は疫病を蔓延させる鬼を退治する話で、鬼に拐われた姫(安澄)を、サクヤ達
神3人が助け出して、鬼を退治する話である。3人は窮地に立たされるも、神様が刀に御神力を与え、その御力で鬼を退治するのだが、神の一人が奏でる笛が鬼を弱体化させるというアレンジが加わっているという、赤犬の社のオリジナル演目である。
鬼が姫を拐かすシーンから始まり、帝の要請を受けた武将3人が鬼の住処である山中の館を訪ね、寿ぎ舞を観せると騙して潜入すると、笛の音で鬼を弱らせる。
神役は笛を吹くフリだけして、実際にふくのは伊都である。伊都はサクヤがいるのをいいことに、浄化の御力を笛の音に乗せた。
観衆はわけが分からぬままに涙を流したり、呆けた顔になったりしていた。
神から加護を与えられた3人は鬼を退治し、寿ぎ舞を終える。サクヤは例によって退場前の礼の後、顔を上げて微笑みを向ける。観衆が溶けるまでがワンセットで定番化していた。
初めて観た者は言葉を失い、サクヤに魅せられる。貴彦も御多分に漏れなかった。
「あれは…、神の使いか?私は何を観たのだろうか?この世ならざる者の舞を観たような気分だ…。」
「確かに見事だった。何より心が洗われた。あれがサクヤ殿なのだな?」
「はい、皇弟殿。私も別人かと思う程でしたが、確かにサクヤ殿です。」
「やはりサクヤ殿は凄い。2度目でも変わらず魅せられる。」
「いや、良い物を観せてもらった。明日彦の言葉に偽りはなかったな。」
(確かに何処となくコノハに似ている気がするが…。何とも判断はつかぬな。)
(皇弟殿の顔は単純に美しいものを見たという顔ではない。まるで自分の子の成長を見るような顔をされているな。どうにも気になるねぇ。)
「必要ならサクヤ殿と面会の機会を設けますが?」
「いや、よい。あくまでお忍びであるし、迷惑になろう。」
「えぇ~、私は話をしてみたいです。あれを都に呼べませぬか?」
「やめておけ、貴彦。そのような権限もないし、周りが放っておかぬ。大事になってしまうぞ。」
「うぅ~、なんとかならぬものか…。」
「…凄い。サクヤさんって本当に凄いとしか言いようがないわ…。」
「ね。私も初めて観たときは驚いたもの。そしてあの時より遥かに洗練されていて、見事な舞だった。」
「駄目だ…。本当に理想的な殿方がサクヤさんかも…。」
「えっと…絢音さん?気を確かに持ってね。外身は兎も角、中身はあのサクヤさんよ。」
「いえ、中身も含めて素敵だと思います…。」
「お〜い、絢音さ〜ん?貴方は何処に行こうとしているのかしら?」
「素敵…。やっぱりサクヤ様はとんでもない御方ですわ。」
「…確かに。あれは魅せられる。」
「兄上!駄目ですよ。サクヤ様は私のサクヤ様ですから!」
「お前は何を言っているのだ?あと、あの笛も可怪しい。あれは禊祓の御力が籠められていたぞ…。」
「そんなことはどうでもよいのです。サクヤ様…。早くサクヤ様のもとに行かねば!」
「お前は少し頭を冷やしてからにしろ。」




