【挿話】霊徳記 前編
今回から挿話 霊徳記です
霊徳童子はなぜ生まれたのか
ちょっと説明が多くなりますが、お楽しみ下さい
時は今上の帝の3代前、帝の曽祖父の時代、まだ都が日輪大社と共にあった時代の話である。
帝は先代である上皇から帝の座を譲り受け、即位してから1年が経とうとしていた。先代は病がちであったものの、治癒の御力で持ち直してきたが、力量の回復が思わしくなく、体力の衰えを感じたことから退位を決意した。
帝の弟である彬彦は、兄である帝の即位後は帝の住まいである御所から日輪大社近くの別邸に住むようになった。ここに住むことにしたのは別の理由もあった。宮司の妹である旭と恋仲であったからだ。彬彦はこの年17歳、元服を来年に控えていた。尚、兄である帝は20歳、旭は16歳、宮司である幸平は29歳であった。幸平が若くして宮司になったのは、先代である父が2年前に急死したからであった。
しかし、彬彦と旭の恋には障害があった。帝と宮司の家は初代の宮司から別れた同族で、御力を絶やさぬために定期的に婚姻を交わし、姻戚関係を維持していた。そしてその約束を先代どうしで交わしていたため、旭は帝の后になる予定であったからだ。ただ、帝は旭との婚姻に拘りがなかったため、弟との仲を黙認していた。一方旭の兄である宮司は先代の遺言として約束を履行しようと考えていたものの、これに上皇は固執していなかった。
そこで白羽の矢が立ったのが、太政大臣になれる家柄の一つで、最有力者であった英氏の娘、若葉であった。
若葉は可憐で庇護欲を唆る女子で、帝は一目で気に入った。
話はトントン拍子で運び、若葉は帝の后となる。これには宮司である幸平も反論できず、晴れて彬彦と旭は婚約することとなった。
しかし、この若葉の入内が影を落とすことになる。問題が発生したのは若葉の入内から1年経った頃であった。
帝が急に遷都の計画をぶち上げたのである。
「兄上、いえ帝。何故このような計画が持ちが上がったのでしょうか?都は御神域になくては、我等は御力を使えなくなってしまいます。」
「そこよな。実は日輪大社を分祀し、新都に新しい日輪社を創建しようと思うておる。それならば都が御神域になろう。」
「そのような事が可能なのでしょうか?宮司は了承しておられるので?」
「そこは其方の出番だ。其方の義理の父になるのだ。説得して貰えぬか?」
「それはお受けしかねます。そもそも私は遷都に反対です。何故遷都が必要なのか?お答えを頂いておりません!」
帝は面倒臭そうに顔を曇らせた。
「このような山間では、これ以上都を拡げることもできぬ。英原(あいはら、後の都)ならば水陸とも交通の要衝で、都の発展が見込める。そうなれば帝と朝廷の権威を高めることができよう。」
「都を移すといっても英原は太政大臣(英氏)の領地。太政大臣の了承は得られておられるのですか?」
「(英)言経は乗り気であったぞ。自らの領地に都があるは誉れであるとな。」
(これは、太政大臣が噛んでおるな。后の若葉様は英言経の娘故か。)
「帝のご意向は承りましたが、私は納得がいっておりません。上皇様や宮司と相談させていただきます。」
「好きにせよ。」
帝は手を振って彬彦を下がらせた。
「上皇様、如何されましょう?」
彬彦は父である上皇のもとを訪れたが、上皇は病で歩くことも困難になっていた。
「良いわけがなかろう。日輪大神を分祀して遷都するなど、神に対し不敬である。」
上皇ははっきりと述べた。
「彬彦、私はもう長くはない。私が死んだ後、帝を止められるのは其方だけだ。なんとしても遷都を阻止せよ。」
この言葉を聞いたひと月後、上皇は崩御した。
翌月彬彦は旭と婚礼の予定だったが、上皇の崩御により延期となる。
「宮司殿、上皇が崩御された今、帝を止められる者がいなくなりました。しかし、宮司殿が承知しなければ、分祀も遷宮もできません。何とか踏みとどまって頂きたい。」
「勿論です。ただ宮司はやめてくれ、彬彦殿。義兄でよい。」
「まだ婚礼前にそれは…。それはともかく、帝は后の言うなりです。太政大臣をなんとかせねばなりません。」
「英か…。まだご懐妊の兆しはないのか?」
「まだそのような噂は聞いておりません。」
「世継ぎができてしまえば英は外戚として権勢を振るう。帝に新たな妃を入れるのはどうだろうか?」
「それは難しいでしょう。英は意地でも止めるでしょうし、なによりも帝が后の言うなり。新たな妃など受け入れるとは思えません。」
「そうか。ならば私が踏ん張るほかないな…。」
「宮司殿だけが頼りです。私も他の五太政家にあたってみます。」
「そうだな。味方は多い方がよかろう。」
彬彦が日輪大社の石段を降り、自宅である館へ帰ろうとしたとき、彬彦に声をかける者があった。
「宮様、少しお話をさせて頂く時間はありましょうや?」
「霄右大臣!」
霄右大臣は五太政家のひとつで、英とは対立関係にあった。この男も英氏の権勢に不満と不安を感じていた一人である。
「よかろう、ここではなんだ。我が館に参ろう。」
彬彦は右大臣を屋敷へ誘い入れた。
「して、要件とは?」
「はい。遷都の話、宮様はどうお考えでありましょうか?」
「うむ。其方はいかように思う?」
「私は反対です。太政は自らの領地内に都を移すことで、権勢の拡大、領地の繁栄、都での権限の拡大を図っております。英一人に力が集中するうえ外戚ともなれば、いずれは帝すら蔑ろにするでしょう。」
「そうだな。それもだが、遷都と共に遷宮を考えておるのも問題だ。御神域を出てしまえば、御力は確実に失われる。なにより人の都合で大社を移すなど、不敬極まれる。」
「はい。宮様は先程大社から出て参られましたが、その遷宮の件、宮司はなんと?」
「無論反対だ。理由は今言った通りよ。だが、宮司が断固拒否する以外、英に対抗する手がないのだ。」
彬彦は腕を組み項垂れた。
「私が此度宮様に面会願ったのは他でもありません。あくまで最悪の場合ですが、宮様を帝に擁立したいと考えておるからです。」
「なっ!?それは帝を弑いるということか!」
「いえ、そこまでは!強制的にではありますが、ご退位願うということで…。」
「そ、そうか…。しかし、帝が自ら退位などするとは思えんが…。」
「ですので強制的なのです。宮様、即位に必要なものはなんでしょう?」
「それは…、治癒の御力と禊祓の御力を持つことと、『継承の御鏡』を持つことだろう?」
「その通りです。宮様は御力は備えられておられるはずですが?」
「如何にも。その2つは私も使える。」
「なれば、あとは『継承の御鏡』を手に入れれば…。」
「ぬ、盗み出せというか!?」
「他に方法がありません。その上で帝を監禁し、あらゆる方法で退位を宣してもらう。」
「そのような謀りが上手くいくのか?」
彬彦は右大臣の言葉が半信半疑であった。言葉にするのは簡単だが、実行に移すとなると容易ではない。そもそも彬彦は、『継承の御鏡』がどこに保管されているかも知らないのだ。
「近々、帝は遷都の先の下見のため、英原に下行するとのこと。その際に、我等の手勢で御所を占拠し、移動中の帝を拉致します。その後帝を幽閉し、退位を宣していただく。」
「しかし、御所の占拠と拉致となると、其方の手勢だけでは足らぬだろう。英とて無防備なわけではあるまい?」
「そこは抜かりなく。鳳大納言の協力も取り付けております。」
「…本当に上手くいくのか?失敗すれば皆命はないぞ。」
「命をかけてやらねばならぬ事と覚悟を決めております。でなければ、この様なこと、宮様にお話できません。」
「さもあろうが…。少し考えさせてもらってよいか?私は其方のような覚悟ができておらん。あれでも兄なのだ。なんとか説得したいと考えておる。」
「勿論。説得があたえばこのような愚行を実行する必要はありませぬゆえ。但し、この話はくれぐれも内密に。」
「当然だ。宮司にすら言えぬわ。」
「但し、時間は余りありません。帝の下行が決まるまでに決断を。それまでに我等は準備を整えます。」
「分かった…。」
彬彦は日輪大社の裏手で旭と散策しながら語らっていた。
「彬彦さま、帝が遷都、遷宮をお考えというのは真でしょうか?」
「まだ決まったわけではありません。なんとか思いとどまって頂こうとしているところです。」
「しかし、余り過ぎたことをされれば、彬彦様のお立場が悪くなるのでは?」
「私の立場など、遷都を止めれるならばどうなろうと構いません。これは帝とその一族の将来に関わること。今お止めしなければならないことです。」
「そうなのですが…私は彬彦様が心配でならないのです。」
「ありがとうございます。ですが、心配には及びません。きっと帝も分かってくださいます。」
「そうであれば良いのですが…。」
(口ではそう言うたが、難しいだろうな。)
彬彦はその足で御所へと向った。
「帝、先日の遷都のお話、お考え直していただけましたでしょうか?」
「彬彦、何故そこまで頑ななのだ?新都に大社を移せば御力もなくなることはないし、何の問題もないし、いいことずくめだぞ。」
「人の都合で大神にお移りいただくなど、不敬極まれること。神罰が下る前にお辞めください。」
「これは異なことを申されるな、彬彦殿。」
「太政大臣、其方に名で呼ばれる謂れはない。」
「おっと、これは失礼。私は一応帝の義理の父。貴方様は義理の息子の弟であられるのでついつい。」
「全て己の思惑通りいくと思うな太政大臣。必ずや其方に神罰が下ろう。」
「私は神罰を受けるような行いはしておりませぬ。全ては帝と大神の為と思うて考えたことです。日輪大社を新都に移し、全国の国府に日輪宮を設置する。そして日輪大神を唯一の神として崇め奉る。一体どこが大神に対して不敬なのでしょうか?」
「唯一の神だと?それでは他の社の神々は何とする気だ!?」
「あのような御神力の弱い神など神にあらず。神と呼んでいいのは唯一日輪大神だけ。ですよね春平殿?」
「春平殿?」
名を呼ばれた男がゆっくりと部屋に入って来た。男は幸平の弟の春平であった。
「太政大臣様の言われた通りです。治癒の御力が使える大社こそが唯一神であるべきで、他の社の神など、神と呼ぶのも烏滸がましい。新都に日輪神宮を建立し、全国に日輪宮を設置して、唯一神である日輪大神を崇め奉る。素晴らしい考えです、太政大臣様。」
「この通り大社の方である春平殿もこうおっしゃっている。私の、いや、帝のなそうとされることのどこが不敬でありましょうや?」
「な、何と畏れ多いことを!ましてや春平殿まで!なんと嘆かわしい。宮司が聞いたら何と言われるか。」
「宮司などなんとでもなるわ。結界術さえ継承すれば、私が宮司になればよいだけ。最早この遷都・遷宮を止められる者などおらぬ。」
「そういうわけだ彬彦。其方は我が意に粛々と従えばよい。」
(駄目だ、太政大臣も春平も目が邪心に満ちている。そして帝は后に籠絡され何も見えなくなっている…。最早あれしか方法はないのか…。)
「帝が何と申されようと、私は断固反対です。これは帝とこの先産まれる御子や、またその御子の将来に関わること。遷都は必ずや朝廷の衰退を招きます。どうかお考え直しくださいませ。」
「くどいぞ彬彦!もうよい、下がれ!」
彬彦は大人しく帝の御前を下がった。
「帝、彬彦殿に良からぬ噂があります。」
太政大臣が耳打ちすると、帝は驚愕し狼狽えた。
「まさか、彬彦がそのような大それたことを!」
次回は後編です
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