終息と新たな敵
「新たな感染者は出ていません。なんとか終息したようです。」
半兵衛がサクヤに報告すると、一堂は安堵の息を吐いた。
「やっと里に帰られるな。」
小平太がもらした。
「皆さん、大変ご苦労様でした。特に道春様は慣れないことで大変だったと思います。」
「いや、大変よい勉強になった。あれだけやればすっかり慣れたものよ。力量も増えた気がするしな。」
「気のせいではありません。これからも国府の民が穢れや邪心に染まらないよう、引き続きお願いしますね。」
「任せておれ。もう疫病の付け入る隙も与えぬわ。」
「ほう、言うではないか。」
あらぬ方向から声が聞こえた。声がした方を見ると、門の外に1人の男が立っている。
「霊徳童子?いや、違うな…。」
男は門の前で腕組みしたまま、こちらに大声で続ける。
「我の呪詛をやり過ごすとは、中々骨のある者がおるようだ。だが、次はこうはいかん。より強い呪詛を用いて、この地の民を根絶やしにしてやる。」
「何者だ!」
弥九郎が叫ぶ。
「我こそは『白銀童子』。何れこの地を統べる者だ。よく憶えておくがいい。」
白銀童子は不敵に笑う。
「鬼は斬る!」
太刀を抜いた蒼士郎が白銀童子に向け走る。
「面白い。相手になってやろう。」
白銀童子は人の姿から一回り大きな鬼の姿に変わると、薙刀を構えた。
蒼士郎が自身の間合いに入る前に白銀童子は薙刀を横薙ぎに払う。蒼士郎はそれを地を這うような低い姿勢で躱し、白銀童子の足を払う。
白銀童子は高く後に宙返りすると、着地と同時に薙刀を袈裟斬りに振るう。
蒼士郎は刀で受け止めたが、白銀童子の剛力に押し込まれる。
蒼士郎は押し込む力を流すように躱すと、白銀童子に蹴りを入れた。
「中々やるではないか。だが、人の蹴りなど蚊に刺されたほどにもない。ソロソロ終いにしようか。」
白銀童子は薙刀を頭上で旋回させる。薙刀の回転に応じて旋風が巻き起こる。
「やらせるか!」
蒼士郎は素早く水の刃を放った。しかし、水の刃は旋風に当たると飛び散って消えた。
「終いだ!」
白銀童子は自らも旋回して薙刀は回転する刃となった。
白銀童子の薙刀に蒼士郎が斬りかかるが、勢いよく弾き飛ばされた。倒れた蒼士郎に薙刀が迫り来る。
蒼士郎は刀を構え直し、防御体制をとるが、先程の傷が深い。
「死ね!」
白銀童子が叫んだ直後、一本の矢が白銀童子の足を捉えた。
回転軸を捉えた矢は、その回転を止めた。
「くそ!破魔の矢か!」
白銀童子は矢の来た方向を見ると、女が二の矢を番えている。
「ちっ!」
白銀童子はまたたく間に後退し、矢に対応出来る距離を取る。
「今日は退く。だが、次は確実に殺す。女、顔を憶えたぞ。お前は我の餌になってもらう。」
「ふん、餌とはな。貴様ら鬼が畜生と同じだということはよくわかった。破魔の矢で射抜いたのだ。そう簡単に傷が癒えると思うなよ。」
「女、いい度胸だ。次会う時を愉しみにしているぞ。」
白銀童子はそう言うと笑いながら去って行った。
「兄上!」
蒼衣が蒼士郎に駆け寄る。
「傷が!早く血を止めないと!」
サクヤも駆け寄り、傷の具合を確かめる。
「これなら何とかなるだろう。これを飲め。」
サクヤは蒼衣に回復薬を渡し、自らは傷薬を塗る。
(バレないようにな…。)
サクヤは薬を塗りながら治癒の御力を籠めた。
「馬鹿な…。傷が塞がった…。」
「母様特製の傷薬だ。効果は抜群だろ。だが、多く血を流しているから、無理はするな。」
蒼衣は塞がった傷に啞然としながら、奇跡のような出来事に涙を流す。
「サクヤ様、ありがとうございます。私だけでなく、兄の命まで救ってもらうとは…。」
「いや、母様の薬が凄いだけです。」
蒼士郎はサクヤを不審の目で見つめる。
(そんなわけがない。薬でこのようなことができるはずがないのだ。この女子はもしや…。)
「大丈夫か!」
小平太達も駆けつけた。
「治療は済んだが療養は必要だ。道春殿に頼んでくれ。」
「分かった、伝えてこよう。」
弥九郎が請け負う。
「またしても手強い鬼が現れたか…。」
藤十郎が腕を組み天を仰ぐ。
「手の内が判ったのです。やりようはあります。」
「そうか、そうだな。其方等なら何とかできるやもしれぬな。」
(若い者達が育った。私の役目もそろそろ終わりなのだろう…。)
藤十郎は少し眩しげにサクヤ達を見た。
「そうですか、鬼が…。疫病は終息しましたが、戦いは続くのですね。」
梓はぼやくように言うと、表情を引き締めて前を見る。
「この度は疫病鎮圧に尽力いただき、感謝します。皆様方の働きには、何らかの形で報いようと思います。今は国守を亡くし喪に服しているため、表立って働く訳にもいきませんが、この恩を忘れることはありません。特に乾殿、貴方には返しきれない程の恩もありますし、無礼を詫びねばなりませんね。」
「いえ、国府にも赤犬の社の信者はいます。その方達を救うのは当然のこと。礼には及びません。」
「国に尽くした方に礼もしないというわけには参りません。我等にも面子があります。」
「わかりました。では、その件は宮司へお願いします。あくまで社としての働きですので。」
「なるほど…。分かりました。」
梓は鷹揚に答えると、何か吹っ切れたような笑顔でサクヤを見ていた。




