国守との約束
おはようございます
サクヤは夜の国府館に忍び込んでいた。警備の兵を何にか失神させたのは御愛嬌である。
サクヤは国守篁就満の寝所に忍び込んでいた。高熱に魘されていたが、冷めた目で就満を見下ろしていた。
「おい馬鹿国守、起きろ。」
耳元で呼び掛けたが応答はない。
(ちっ、仕方ない。)
サクヤは治癒の御力で就満の体調を少し回復させる。
「起きろ、馬鹿国守。」
「な、何者だ!」
「大きな声を出すな馬鹿。今すぐ死にたいか?」
「ひっ!」
サクヤは就満の首元に小太刀を突き付ける。
「要件を単刀直入に告げる。龍神社の山兵に出した暗殺依頼を取り消し、今後一切私に関わるな。お前は今疫病にかかっているが、この病を治すことができるのは私だけだ。今は会話のため体調を戻したが、疫病の根源を治したわけではない。私の指示通りにすれば、治療してやらなくもない。」
「な、何を言っておるのだ。そのような事が…。」
「治療できずとも、今すぐ殺すことはできるぞ。」
「そのようなことが赦されると思うてか!」
「では、誰が止めるというのだ?警備の兵は外でのびてるぞ。」
「なっ!?其方何者だ!妖か!」
「貴様まで人を妖呼ばわりするか。やっぱり今すぐ殺すか…。」
「ま、待て!ぜ、銭か?銭なら払う。」
「阿呆め。そんなものは要らん。先程の私の指示に従えばいいだけだ。もう忘れたのか?」
「わ、分かった。依頼を取り下げればいいのだな。今後其方にも関わらん。だから、病を治してくれ!」
「それは指示が取り下げられてからだ。」
「また忍び込めると思うてか?」
「そんなに難しいことではない。現に今ここにいる。分かっていると思うが、お前を殺すくらい何時でもできる。つまらぬことは考えない方がいいぞ。ということで、私は帰る。3日以内に依頼を取り下げろ。わかったな?」
「わ、わかった…。」
「お帰りなさいませ、サクヤ様。」
「帰りました。蒼衣様、明日か明後日のうちに国守から呼び出しがあると思います。依頼は取り下げられるでしょう。」
「?あのぅ、サクヤ様は今まで何処に?」
「国守の処に行っていました。軽く脅しておいたので、多分大丈夫です。」
「か、軽く脅す、ですか…。」
「なぁに、このまま放っておけばどうせ死ぬのです。小太刀を首に突きつけられただけで、言う事を聞けば命を救ってやるのですから、感謝されてもいいくらいです。」
「サクヤ様は慈悲深いのです。」
千代がサクヤを持ち上げるが、蒼衣にその感覚は理解できない。慈悲深いの意味で理解が異なることを痛感する。
「と、兎に角丸く治まるのであればなによりです。本当に何から何までありがとう存じます。」
翌朝、日輪宮で治療を始めた頃、蒼士郎達が到着する。
新たな感染者も減り、やっと終息が見えてきた。
昼餉を済ませると、蒼衣と蒼士郎は国守から呼び出しを受けた。
「あの依頼は取り下げる…。」
「了承しました。報酬は?」
「よい、手付と成功報酬の半額は渡す。疫病の対応もしてもらっていると聞いた。その報酬だと思ってくれればよい。」
「では、有り難く。」
「あぁ…。」
力なく項垂れる国守を見やり、蒼衣達は部屋を出た。
「一体どうなっているのだ?」
「昨晩、サクヤ様が国守を脅迫して取り下げるように仕向けたそうで…。」
「サクヤ殿が…。脅迫?」
「あのお方は、慈悲深いのか容赦がないのか、何とも捉えどころがなく、でもとても魅了的なお方ですね。」
「敵か味方かわからぬが、もう一度やり合ってみたかったな…。」
「お兄様、今後サクヤ様に手を出したら私が赦しませんよ!私の命の恩人なのですから。」
「…そうだな。」
「そう。取り下げられたのね。」
「はい。これでサクヤ様を狙う者はいなくなりましたので、安心しました。」
「まだ、霊徳童子がいるけどね。」
サクヤはちゃめっ気たっぷりき笑う。
(サクヤ様はこの様な表情をされるのですね。こちらが本来のお顔なのでしょう。)
その日の夜、サクヤは再び国守の寝所に忍び込んだ。
「お前、馬鹿なのか?」
サクヤは呆れ顔で国守を見下ろす。
「病を治してやろうというのに、警備を増やしてどうする?今のお前は一時的に回復しただけで、根源は治ってないと言っただろう。死にたいのか?」
「ば、馬鹿な、あの数の兵を倒したというのか?」
「皆外でのびてるぞ。」
「ば、化け物か…。」
「…やはり殺そうか、コイツ。まぁいい、これを飲め。浄めの薬だ。体力は戻らんが呪詛は消せる。信じる信じないはお前次第だが、飲まねば確実に死ぬ。それを信じるかどうかもお前次第だ。あとは勝手にしろ。」
「あ、ありがとうございます…。」
「本気の言葉ではないだろうが、まあいいだろう。もう会うこともなかろう。」
サクヤは就満に一瞥もせず寝所を出た。
「貴方、お加減はいかが?」
サクヤが去った後、就満は恐る恐る薬を飲んだ。少し楽になったような気がして安堵していたところに、梓がやって来た。
「うむ、大分良くなった。其方のお陰だな。」
「私は何も。それよりこちらを。龍神の社の者が届けてくれた薬です。体力の回復によいとか。」
「そうか、すまぬな。」
(呪詛は祓えたようだが、この怠さはなんとかしたい。飲んでみるか。)
就満は梓から受け取った薬を水と共に飲み干した。
「ぐっ…、がはっ!な、何を…。」
「貴方の役目は終わりました。満太郎が産まれ、元気に育った以上、貴方は害はあれど、何の役にも立たない、出自がいいだけの無能です。サクヤ殿は慈悲深いお方ですが、私は貴方を赦すつもりはありません。貴方が私の下女数人に手を付けたこと、知らぬと思うて?」
「あ、あれは、ガハッ!」
「貴方は疫病で死んだことにします。この国のことは心配せず、安心してあの世に旅立ちなされ。」
梓の別れの言葉を聞く前に、就満は事切れた。
梓が就満の寝所から出ると、柱の影から声がかかった。
「そこまでする必要があったのですか?」
一瞬ビクッと反応した梓だったが、声に聞き覚えがあったのか、落ち着いて返した。
「生きていたところで害にしかならない男です。どの道貴方がいなければ死んでいたのですから、そこまでの人生だったと思えば良いのでは?」
「それは私が決めることではありませんし、私は救える者を救わなかったことで邪心を芽生えさせたくなかっただけです。」
「あの男は、元は五太政家の一つ、『英家』の三男で、篁家に跡継ぎの男子が居なかったから養子に入ったのです。元の家柄が良いことだけが誇りという、無能で迷惑な男でした。あげく、私の下女数人に手を出し、身籠った者を処分するというろくでなしです。生きている価値があると思う?」
梓は思い出したくもない話をして、不快感を顔にあらわす。
「人の価値を何をもって決めるかなど、私には判りかねますますが、殺される程の恨みを買ったのなら、因果応報なのかもしれません。ですので、私は貴方様を咎める為に待っていたわけではないのです。」
「では、何の用が?」
「あの男を手に掛けたことで、貴方は穢れと邪心を得ました。邪心を持ったまま国の政を行えば、良からぬ考えに流れる恐れがあります。明日にでも、禊祓をなさることをお勧めします。」
「そうね。穢れた手で我が子に触れたくもないですしね。分かりました。それは貴方がやってくれるのかしら?」
「お望みであれば。」
「どうせ、他に頼めないでしょう。」
梓は微笑すると、寝所の前から去っていった。サクヤも夜陰に紛れ、国府館を後にした。
翌朝、国守が疫病の為亡くなったことが周知された。この度の疫病による唯一の死者となったのは、サクヤ達の努力によるものだったが、国守の死はサクヤにとっても微妙な心地にさせるものだった。
(私とて人を殺めたことはあるのだ。人を責めることはできないな。)
「サクヤ様、この件に関わりがあるので?」
千代がサクヤに呟く。
「ないと言えばないし、あると言えばある。私が手をかけたわけではないが…。語らない方がいいだろうな。これは墓場まで持っていく話だ。」
「分かりました。これ以上は問いませんし、国守の命など私にとってはどうでもいいことですし。」
「そうだな。この件がよい方向に動く事を祈る他あるまい。」
サクヤはそっと心の中で就満に祝詞を上げた。
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