暗殺者
「兄上!何故あのような依頼、勝手にお受けになったのです。交渉は私の役目だと…、けほっ…。」
「其方、風邪でもひいたのではないか?宿で休んでおれ。仕事は我等でやる。」
「しかし…。あのようなこと、父上の承諾も得ず勝手なことは、けほっ!」
「そのような時間はない。里に帰られては手が出せぬ。やるなら明日までだ。」
「あの方達に何の非があるのですか!」
「そんなことは関係ない。我等は銭で仕事を請け負っただけだ。」
「しかし暗殺などという邪なこと…。」
「戦とて大した違いはない。」
「…。」
「良いから其方は寝ておけ。顔色も悪いぞ。我等の穢れも祓わねばならぬのだ。」
「…わかりました。」
サクヤ達は朝餉を済ませると、宿を後にした。
街道を南に下り、里に帰る。帰りも3日の行程だ。
最初の宿場までの中間となる小さな峠に差し掛かった時、男2人が道を塞いだ。
「お主らは昨日の…。」
「特に恨みはないがこれも仕事だ。覚悟しな。」
隼人は持っていた仕込み杖を合わせて槍の形にする。蒼士郎は刀を抜いた。
サクヤ達も応戦の構えをとる。
(相手の御力が判らないのが問題だな。しかし、こちらが数で有利なのにも関わらず、敢えて奇襲をかけないのは何かあるのか?)
サクヤは小太刀を両手に構えるが、先に動かない。
「数がいるのに用心深いことだ。だが、そんなことは関係ないんだよ。」
隼人がやりを振るうと、届くはずのない槍が小平太をかすめる。
「なにっ!」
小平太は辛うじて直撃を避けたが、驚愕していた。
「ほう、よく避けたな。だが次はない。」
隼人が構えをとると、小平太が飛び出し槍を振るう。小平太の思わぬ速さに、隼人は防戦の構えをとって小平太の槍を止めにかかる。
槍と槍がぶつかった瞬間、蒼士郎の振るった刀から水の刃が飛び出し、小平太を襲う。水の刃が小平太を捕らえたと思われたその時、千代がその横から水の刃を叩き斬る。
「ほう、あれを止めるか…。」
千代は小平太を引っ張って退がる。
「いい判断だ。だが、距離を取っても躱しきれるものではない。」
蒼士郎は刀を上段に構え、振り下ろそうとしたが、動きが止まる。
サクヤの放った矢が刀の鍔にあった装飾の穴に刺さった。直後に二の矢が迫るのを、蒼士郎はすんでで躱した。
「なんだと…。これを狙うのか。」
「動いた瞬間に3人が放つ。刀を捨てろ。」
サクヤと弥九郎、藤十郎が蒼士郎に矢を向ける。
隼人には千代と小平太が対峙している。
「これで勝ったと思うな。」
「蒼士郎様、ここは退きましょう。今あれを使うのは無茶が過ぎます。」
「だが、退けると思うか?」
「俺が抑えます。」
「しかし!」
「おやめください!」
国府方向から走ってきたのは蒼衣だった。
「けほっ!申し訳ありません、サクヤ様!私が無理にでも止めるべきでした。」
「いや、そちらが退くなら追うつもりはない。それより蒼衣様、顔色が酷く悪い。具合が悪いのでは?」
「大した事はありま…、」
「蒼衣様!」
倒れる蒼衣をサクヤは受け止めた。
「酷い熱。貴方達はこのような状態の妹君を放って何をしているのです。」
「ただの風邪だ。死にはせん。」
「いえ、これは風邪ではありません。呪詛が含まれています。恐らく鬼による疫病かと。」
「疫病だと!そんなことが判るのか?!」
「貴方達は社に仕える者なのに、そんなことも判らないのですか?戦にかまけて、宮守として大切な事を忘れているのでは?」
「ぐっ…。」
隼人が押し黙る。
サクヤは蒼衣を横抱きにすると、懐から取り出した薬を飲ませる。
「何を飲ませた?毒か?」
「回復薬と浄化薬だ。お前達と違って殺す理由がないからな。もっとも、いくら銭を積まれても、そんなことに手は染めん。」
サクヤは隼人を睨んだ。隼人は思わずたじろぐ。
「どうせ、あの馬鹿国守に雇われたのだろう?」
隼人は驚いたような顔になるが、直に取り繕う。
「依頼主のことなど話せるわけないだろ。」
「そんなことでは暗殺者は務まらんな。期限はいつまでだ?」
「期限などない。地獄の底まで追い詰めるさ。」
「そうか、ないのか。ならば、依頼主が取り下げれば仕事はなくなるのだな。」
「そりゃそうだが…。そんなことは…、」
「取り下げさせればいいんだろ?この手のことは、お前達より私の方が一日の長があるようだな。お前達は暗殺者としてはまったくなっていない。数的不利の相手に堂々と戦いを挑むなど、兵法から見ても愚の骨頂だ。」
「ぐっ…。」
「サクヤ…様?」
「気が付きましたか。呪詛を完全に祓います。そのままで。」
サクヤは祝詞をあげ禊祓を行う。
「有難うございます。楽になりました。」
「まだ無理しない方がいい。一晩も休めば回復するでしょう。蒼士郎殿、蒼衣様を。」
サクヤが蒼士郎を見ると、刀を収めた蒼士郎が歩み寄り蒼衣をおぶる。
「世話を掛けた。恩には報いたいが、依頼がある。こちらから反故にはできぬ。」
「不器用な男だ…。だが、そちらの心配はいらん。やれやれ、また国府に戻らなくてはならないな。千代。済まんが里まで戻って、ありったけの回復薬と浄化薬、それから禊の石を。あと、私の家に行き、母様に力量の薬をあるだけ貰ってきてくれ。宮司にも滞在が延びることを伝えて欲しい。」
「分かりました!」
「どういうことだ?」
走り去る千代を見ながら蒼士郎が問う。
「蒼衣様は疫病にかかっていた。疫病が1人だけで済むわけないだろ。」
「…そういうことか。隼人!里に戻り禊祓ができる者と医術寮の者を連れて来い。」
隼人は目を白黒させながら駆け出していく。
「私達も国府に戻る。」
サクヤはやや早足で国府に引き返した。




