瑞の国守
おはようございます
翌日、朝餉を済ませて帰還準備をしていたサクヤ達に、女将が国府の使者の来訪を知らせてきた。
「国府の使者?さて、何の用であろうか?」
藤十郎は宿の玄関まで降り、用件を聞きに行く。
「至急国府館に参上せよとのことだが…。サクヤ、落ち着いてくれ。」
「落ち着いてますよ。」
「顔は笑顔だが、目が笑ってねぇよ。」
「用件を聞きましょう。上がってもらうよう伝えて来て、千代。」
千代は使者にその旨を伝えると、不機嫌そうな使者を先導して上がってきた。
「国守様がお呼びである。直ちに参上せよ。」
「おや?何時から国守は乾の者を呼び出せるお立場になられたのでしょう?将軍様でさえ面会の『依頼』でしたが?」
「なっ!?わ、私は国守様の使者だぞ!無礼ではないか!」
「無礼はどちらか、一度帰って聞いてきなさい。貴方では話になりません。言葉の通じる者を寄越すよう、国守に伝えてください。」
「これ以上サクヤ様の機嫌を損ねないよう、早く戻りなさい。我々は帰還の準備をしています。猶予はありませんよ。」
使者は千代に促されて渋々帰って行った。
「言い方が丁寧になっただけで、基本姿勢は変わりがないな。」
「そこは変えてはいけないでしょう。下手に出る必要はないのですから。相手の非礼を黙って受け止めるのは、縁を切るときだけですよ。覚えておきなさい、小平太。」
「は、はい…。」
そうこうしているうちに、国府からの使者が息を切らせて飛んできた。
飛んできたのは半兵衛だった。
「先程の者が大変失礼しました!平に御容赦を…。」
「人語を解さぬ者に礼儀を説いても詮無きことです。気にしておりません。」
サクヤは冷めた表情で返す。
「かたじけのうございます。では改めて、国守がサクヤ様との面会を希望しております。ご同道願えますでしょうか?」
「分かりました。案内いただけますか?」
サクヤは冷めきった顔から微笑みを見せる。半兵衛は安堵と共に魅了され、返事もまともに返せなかった。
半兵衛に案内され、国府館にやってくると、そのまま応接室に通された。
「まもなく国守が参りますので、暫しお待ちください。」
半兵衛はそう言い残し出ていく。
応接室を出た半兵衛は、国守のもとに赴くと、サクヤの来訪を告げた後に国守の耳元で囁いた。
「将軍様より、サクヤ殿の機嫌を損ねぬよう厳命されておりますゆえ、くれぐれも不用意な言動をなされませぬよう、お気をつけください…。」
「あのような成り上がりの命を聞かねばならぬとは…。何故山猿の娘に気を使わねばならぬのだ。」
「サクヤ殿は鋭い御方です。気取られぬよう注意下さい。」
(まったく、うちの家人どもは。誰に雇われていると思っておるのだ。)
国守の男、篁瑞守 就満は、不満を抱えて面談に及んだ。
「国守様が参られました。」
サクヤ達は応接室に入ってきた男を注視する。瓜実顔でヒョロリと口髭が生えた、如何にも冴えない男で、見るからに人徳が無さそうであった。
「篁瑞守である。苦しゅうない、面を…。」
(何故あげておる!?何様のつもりだ!)
「態々足を運んでもらってご苦労であったな。」
就満は一行に一通り顔を確認すると、サクヤに目を止めた。
(これは…、山猿の娘とは思えん器量の持ち主だ…。)
「其方が赤犬の社の宮司の娘かな?」
「はい。乾のサクヤにございます。」
「そうかそうか。いや、態々すまなんだな。ひとつ尋ねたき儀があってな。」
「どのようなことでしょうか?」
「昨日帰られた右近衛大将殿についてなのだが、其方に会見を求めた理由は何であったのであろうか?」
「はて?国守殿は、将軍様と会見なされなかったのでしょうか?」
(こちらが聞いておるのだ。なぜ其方が質問しているのだ!)
「挨拶はしたのだが、余も多忙でな。多くを語れなかったのだ。」
「そうでしたか。しかし、将軍様が会見の理由について国守殿に告げなかった以上、私から申し上げる訳にはまいりません。」
「いやいや、そうは言うてもな。将軍の命があって日輪宮の宮司とも会見したのであろう?余が知っておく必要があるのではないか?」
「必要があるかないかは私にはわかりかねます。直接将軍様に伺ってくださいませ。」
(それが出来ぬから其方に聞いておるのであろうが!)
「他にないようでしたら、我々はこれで失礼いたします。」
「ま、待たれよ!聞けば先日、熊の妖魔を退治したとか。それ程腕の立つ者がおるなら、国府兵と共に鬼の討伐を頼めぬだろうか?」
(折角呼んだのだ、何かしら収穫を得ねば、不快なだけで終わる。利用できるものは利用せねばな。)
「ひとつお尋ねしたいのですが、国府の方々は、日輪宮から社の神は神ではないと教えを受けておられると聞いてます。その社の兵に合力を頼むというのは、如何なる道理があるのでしょうか?」
「?其方は日頃から妖や鬼を退治しておるのだろう?何が違うというのだ?」
「我々は、社の神を信仰する方々をお守りするために討伐隊を派遣するのであり、社の神を否定する者達の為に動く謂れはありません。国守殿は日輪宮の教えに否定的でいらっしゃるのでしょうか?」
(否定などできるわけがないだろう!なんと小賢しい娘か!あれこれ言い訳ばかり言いおって!)
「表向きは否定できぬがな。ただ、国府の民にも社の神を信仰する者もおろう。その民を救うということでならば、合力できるのではないか?」
「ならば、依頼するのは民であって、国府ではないでしょう。国府が社に依頼したとなれば、朝廷や日輪宮がいい顔をしないのでは?」
「なれば、非公式であれば良いか?」
「合力するとなれば、互いの信頼関係が必要です。我々に信頼関係が成り立っているでしょうか?国守殿の態度を見る限り、とてもそのようには思えぬのですが。」
「それは、今から作っていくのではないか。我々は今初めて会ったのだ。」
「ならば、信頼関係が出来たと思った時、改めてお話を伺いましょう。では、これにて失礼します。」
サクヤは国守の言葉を待つことなく、応接室を出て行く。就満は啞然としたまま見送ると、沸々と怒りが込み上げてきた。
「半兵衛!なんなのだあ奴らは!無礼にも程があろう!」
半兵衛は頭を抱えながら返答する。
「無理です、国守様。始めからまともに取り合う気がなかったように思われます。サクヤ殿は非常に勘の鋭い御方。国守様の態度に侮蔑の色が浮かんでいたことを鋭く感じ取られたのだと思います。まだ、怒りを露わにされなかっただけマシであったかと。」
「このような屈辱を堪えよというのか?余は国守だぞ!何故社の宮司の娘如きに軽んじられねばならぬ。許せん!手勢を率いて奴らを捕らえよ!」
「なりません!社を敵にまわすだけでなく、将軍の怒りを買うことになります。」
「ならば、奴らにやらせよ。折角雇ったのだ。」
「彼等は鬼に対応するための戦力として雇ったのです。そのような指示はできません。」
「できぬことはなかろう。傭兵が相手を選ぶことはあるまい。銭さえ払えば何でもするのが奴らだ。兎に角呼べ!」
半兵衛は苦渋の顔で部屋を出た。
(不味いな。国守様は怒りに我を忘れておられる。)
「半兵衛、そのような顔をしていかがしたのだ?」
「御方様!」
「どうせあの人がわがままを言って困らせたのでしょう。」
「実は…、」
半兵衛は国守夫人に経緯を説明する。
「ほんとに困った人。ここは任せておきなさい。わたくしが宥めておきます。」
「忝のうございます、御方様。」
(助かった…。御方様に任せておけば大丈夫だろう。だが、どうにも不安だな…。)
「将軍様から口止めされていたのか?」
小平太はサクヤの対応に疑問だったので、聞いてみた。
「いや、特に止められたわけではない。だが、将軍から国守に説明していないということは、言えない理由があるか、言う必要性を感じなかったかのどちらかだろう。ならば、私から説明する必要もないと思っただけだ。」
「だが、今後国府軍と何らかの協力をすることだってあるかもしれないなら、あそこまでつれない対応じゃなくてもよかったのではないか?」
「将軍に相手にされていない程度の国守だ。あれに協力するくらいなら、将軍に協力した方が話が早いだろう。正直、あれは駄目だな。」
「まぁ、あれが駄目そうなのは、俺達が見ても判るくらいだからな…。ただ、あれは根に持つぞ。恨まれたんじゃないか?」
「恨まれたところで、あれに何ができる。その時は喧嘩を買ってやるだけだ。」
「だから、もう少しそのあたりを穏便に済ませれんのか?」
「私的には充分穏便な対応でしたが?」
「はぁ~、胃の臓に悪い…。」




