【閑話】離職の巫女 後編
おはようございます
閑話 離職の巫女 後編 です。
「早速だけど、ここのお酒はどのように出荷してるの?」
「基本的には酒問屋に卸しているけど、あの酒屋みたいに直接卸しているところもあるわね。」
「今、取扱いをやめるって言ってきているのは?」
「問屋はやめてはないけど、従来の半分に。酒屋はさっきのを含めて半分以上ね…。」
「他は?」
「それだけよ。」
「なるほど。私は巫女のときに社の物販の責任者をやっていたの。だから、この手のことは得意なのよ。私に少し考えがあるわ。確認だけど、お酒を売るのに代官所とかの許可はいるの?」
「特にないわね。販売に応じた税を納めれば文句は言われないわ。」
「分かった。なら、取り敢えずは今の顧客を逃さないために、蔵直営の店を宿場町に出しましょう。それから、私が泊まった宿の女将の話だと、ここのお酒は評判になっているらしいから、宿や飲食店に直接取引をお願いしてみましょう。ただし、今も取扱ってくれている酒屋の顧客は奪わないように気をつけてね。」
「う、うん、分かった。やってみる。」
「勿論私も動くから、先ずは取引先を教えて。あと、里出身の者達に宣伝するように伝えておくわ。うちの情報網は中々のものよ。」
「よし!やる気になってきた!」
絢音が闘志を燃やしているのを見て、静は何かを企てている顔で笑った。
「凄いよ静さん!宿や食事処で直接扱ってくれる店が増えたわ。」
「直営店の話はどう?」
「こっちはねぇ…。中々借りれるところが無なくて。どうもこっちにも彼奴等の手が回っているみたい。」
「そうですか。ソロソロ直接的な嫌がらせに来るころかもしれませんね。」
そう言って静は不敵に笑った。
「静さん大変!彼奴等が乗り込んできた!」
「やっぱり来ましたか。」
「おい!いつまで不浄の酒を造るつもりだ。いい加減にしないと、もう酒を造れないようにすることになるぞ!」
「それはどういった了見でしょうか?そのような法は存じませんが?」
「誰だおまえ?」
「この蔵で働いている者です。」
「五月蝿い、引っ込んでろ。俺達は蔵元に用があるんだ。」
「折角見つけた仕事ですから。職場がなくなったら困ります。こちらに非はないはずですから、文句があるなら代官所を通してくださいな。」
「四の五の五月蝿い。もういい、痛い目に合わないとわからないようだ。やれ!」
(男達は15人、獲物はこん棒と大槌に短刀か。素人ならなんとかなるかな。)
不敵に笑う静は薙刀を構えた。
「お嬢ちゃん、そんなもんあったってこの人数に勝てると思ってるのか?抵抗するようなら…こうだ!」
男の1人がこん棒を上から振り下ろす。静はそれより早く薙刀を横薙ぎに払い、男脇腹を強打した。
「峰打ちにしてあげましたが、次はありません。相手が多人数なら手加減もできませんからね。」
「ぐっ…、くそ!一斉にかかれ!」
男達は其々の獲物で襲いかかるが、統制もとれてないうえ、どの獲物も薙刀よりリーチが短い。
静は逆に真正面に突撃をかける。男達はまさかの行動に一瞬動きを止めたその瞬間
、静は急に方向転換すると、右端から順に各個撃破していく。
「な、ナニモンだこの女!」
「私は元巫女なの。巫女といえどいざという時のために武術の心得くらいは身につけてます。貴方方のような素人相手に負けることはありません。」
「巫女だと…、くそっ、おい!権六、出番だ。」
「なんだ、情ねぇなぁ。女子1人に寄って集って勝てねぇのかよ。」
呼ばれは男は180cm以上はありそうな大男で、頬に切傷がある。
(元野盗か鬼狩り?腕に憶えがありそうね。)
「高い金払ってるんだ。その分は働いて貰うぞ。」
「わかってる。だがこの女、殺すには惜しいな。貰っていいか?」
「好きにしろ。」
「て、訳だねぇちゃん。少々痛い目に遭ってもらうが、後でしっかり可愛がってやるから安心しろ。」
(う〜ん、好みではないので、遠慮しますわ。)
男は槍使い。リーチのアドバンテージはない。それでも静には勝算があった。
(仕方ない、御力を使いますか…。)
男が槍を振り回し、静に迫る。静は待ち構える。
男が槍を横薙ぎにせんと構えた瞬間、男の動きが止まった。
静は男の頭に薙刀の柄を喰らわせ、まともに受けた男は気を失い、そのまま倒れた。
「なっ?!ば、バケモノだ!」
(そんな、サクヤさんじゃあるまいし。失礼しちゃうわね。)
静の御力は、『相手を威圧し動きを止める』御力だ。男はこの御力で動きを止められたのだ。
かなり山兵向きの御力だが、女の静が山兵にるなどという考えはなかったし、巫女になった当時は、その御力に気付いてなかった。
ただ、この御力には難点があった。静は機嫌が悪くなると、無意識で威圧を放出してしまうのだ。それは動きを止めるほどではないが、受けた側は心臓を掴まれたような思いをする。
結果として、静が見送られるときに家族共々周囲はホッとしたのである。もう、あんな怖い目に遭わずに済むと…。
返り討ちあった男達は、這々の体で去っていく。静は疲れた顔で絢音の方を振り返った。
「凄い!静さん、無茶苦茶強いのね!」
「もうこれで直接的な嫌がらせはなくなると思うけど、手を変え品を変え遠回しな嫌がらせは増えると思うわ。販路の確保に全力を尽くしましょう。」
静の予想通り、同業者達はありとあらゆる手で嫌がらせを始めた。
取扱いのある酒屋は元の3分の1になり、問屋も同様であった。
直接取引があった宿や食事処も利益ギリギリの低価格でシェアを奪いにきた。
一方で、味は良いのに手に入りにくい幻の酒として、一部の酒好きの噂に上がり始めると、静は次の手を打った。
時間限定の出張販売である。荷車に乗せた酒を、静が売り歩いたのだ。
静の強さ知る同業者達は、これに手を出せない。一旦仕入れを止めた宿や食事処にも販売して周り、なんとか売り上げをキープしていた。
「次の打開策を考えないと…。」
静は考え込んでいたが、中々打開策が見つからない。
「そう言えば、私がこのお酒に出会ったのは違う宿場町だった…。あちらはどの様にこのお酒を仕入れたのでしょう?」
口をついて出た疑問に絢音が答えた。
「行商人が偶に仕入れに来てくれるのよ。売り上げ全体では少ないのだけどね。」
「それだわ!輸送費はかかるけど、嫌がらせのない他の宿場町なら捌ける。これを定期的に行えば安定した売り上げが見込めるわ。丁度里の出身者に行商人がいるから連絡してみるわ。」
これは上手くいった。元々評判になっていた酒で、他の宿場町は飛ぶように売れた。
一度運搬中に襲撃を受けたが、里の出身者には腕に覚えのあるものが多い。最初の頃は静も帯同したので、これも返り討ちにし、捕まえた1人を代官所に突き出すと、口を割った襲撃者から依頼主がわかり、蔵元の1人が処分を受けた。
隣の宿場では買えるのに、酒蔵がある乃美の宿で買えないことで、旅人等から苦情が来るようになると、圧力を受けていた酒屋から取引を再開したいとの声も聞かれるようになった。
「根本原因は解決していないけど、窮地は脱したわね。」
そんなある日、酒蔵を訪ねて来る者があった。
「問屋さん!」
絢音が目を丸くするなか、静は疑りの目で問屋を見る。
「ご無沙汰しています、絢音さん。こちらの方は?」
「蔵の手代の静さんです。」
「手代なのにさん付けですか?」
「色々助けてもらってますし、歳上ですから。」
「ほう、もしかして、酒屋の雇った荒くれ者を返り討ちにしたという…。」
「そうです!静さん、とても強いんです!」
「これはご無礼を。私、酒問屋の太兵衛という者です。お見知りおきを。」
「静です。」
静はまだ疑りの目を変えていない。太兵衛は苦笑いしながら話を話を続ける。
「色々大変な中、随分頑張っておられるようですね。」
「大変な状況に加担したのはどこのどなたでしょうか?」
静は無意識に威圧を放っていた。
「ぐっ!い、いや、その節は申し訳なかった…。我々としてもあれだけの酒蔵を敵に回しては商売が成り立たないんだ。」
「こちらは死活問題でしたが?それとも何ですか?こちらに何か落ち度でもあったでしょうか?」
静の顔は笑っているが、目が全く笑っていない。
「い、いえ、そのようなことは…ありません。私が不甲斐ないばかりに、本当に申し訳ないことをしました。」
太兵衛が脂汗を流しながら謝罪するのを見て、静は無意識に威圧していることに気付き、御力を抑えた。
「で、謝罪に来ただけですか?」
「いえ!取引を全面的に再開させていただけないかと思いまして、参上したしだいです。」
「あら?他の酒屋は敵に回していいんですか?」
「この間、酒蔵の1件が代官所に咎められたことで、流石に圧力が弱まりまして。今なら再開できるのではと。」
「そうですか。でも残念です。他に販路を開拓したことで、そちらに回す分がもうないんじゃないかしら?」
「静さん?!」
静は振り返って絢音にウインクした。
(ここはまかせなさい!)
「太兵衛さんといいましたか?商売には時運があります。時機を逃せば運気は逃げます。来るのが少々遅かったのではないですか?」
「そうかもしれません。私としてはもっと早く来たかった、いや、取引を制限すること自体に反対だったのです。『綾の泉』は良い酒です。それを売ることを制限するなど愚かな話です。しかし、先代である父の意向に逆らうことができませんでした。情けない限りです。」
「そうですか。残念ですが、縁がなかったと言う事でしょう。」
「待って下さい。私に機会をいただけませんか?より良い条件で卸してもらえるよう考えてみます。」
「そうですか。ではお話だけは聞かせていただきましょう。」
「有り難うございます。最後に一つだけ聞かせて頂きたいのですが、良いでしょうか?」
「なんでしょう?」
「ここまでの販売戦略は貴方が考えられたので?」
「想像にお任せしますわ。」
「そうですか…。では、改めて伺わせてあただきます。」
そう言って太兵衛は帰っていった。
「静さん!折角の機会だったのに〜。」
「ここのお酒をそんな安売りしちゃだめですよ、蔵元。」
「静さんって商売人ね。私は商売の方は全然駄目みたい。」
「いいじゃない。その分酒造りの才能はあるんだから。絢音さんはいいお酒を造ることに専念してくれればいいの。売る方は私に任せて。」
「ありがとう、静さん。」
「それにしてもあの問屋、いい男だったわねぇ。根性も中々あるみたいだし。」
「あら?静さんの好み?」
「どうかしら?里にはいない雰囲気で面白いとは思ったかな?顔は嫌いじゃないわよ。」
「気に入ったんですね。」
「う〜ん、次の提案次第かな?」
「えぇ~、そこで決まることなんですか?」
「あら?決断力や行動力は大事な要素よ。見た目だけ良くても駄目に決まってるじゃない。」
「静のお眼鏡に叶うって大変ね。」
こうして、『綾の泉』は問屋と全面的に取引を再開することになり、太兵衛は無事、静のお眼鏡に叶うこととなった。
ただし、太兵衛にとって良いことかどうかは別の話である。
次回より本編に戻ります
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