【閑話】離職の巫女 前編
おはようございます
赤犬の里には因習がある。
成人を迎えた男女は、夫婦になる相手がいる者以外、成人の儀の夜に集められ、乱交を行う。
「はぁ~、本当にどうしよう…。」
巫女寮の頭、静はもうすぐ成人である。社に務める者巫女は、成人すると社を離れる。頭も例外なくその務めを終える。なので、巫女寮の頭は、他の寮の頭に比して若い。
静には夫婦になる予定の相手がいなかった。
「そりゃ、頭になるほど優秀で、器量も良いとなりゃ、引く手数多だろうに。いい男くらいいたんじゃないの?」
静は寮の同期である柚葉と、馴染みの甘味処で愚痴り合っていた。
「いい男って言ってもねぇ。意外と寄ってこないものよ。」
「高嶺の花過ぎるんだよ、静は。」
「私から言い寄りたくなるような殿方もいなかったし。かといってアレは嫌だしなぁ。」
「で、どうすんの?」
「貴方こそどうするの?」
「私はアレを受け入れるさ。やってみりゃあ案外相性のいい相手がいるかもしれないしね。」
「柚葉は達観しているのね。私には無理だわ。そもそもなんであんなこと。誰が決めたのよ!」
「この里は邪心を得ることができないだろ?皆に公平に機会を設けるってのが発端って聞いたな。」
「なにそれ?馬鹿みたい…。」
「恨みや妬みは邪心の素ってことらしいわ。でも、もう一つ深刻な理由があって、嫉妬から邪心を持つ人が増えたせいで、妖に食べられたり、妖魔が増えて殺されたりで、山の民の数が危機的に減ったらしいのよ。だから、産めよ増やせよと乱交に走ったらしいわ。」
「初めて聞いたわ、そんな話。でも、今はそこまで深刻じゃないでしょ?」
「だから、夫婦になることが決まったものは対象外になっているわ。ただ、妬みや僻みを持たせないために残ってる因習らしいよ。」
「そういうこと…。でも、適齢期なんて其々でしょ?私はまだ独り身を謳歌したいし、まだ運命の相手に出会ってないだけかも知れないでしょ?」
「じゃあどうするのさ?」
静は俯いて考えた後、決意したように顔をあげた。
「…もう里を出るしかないわよねぇ。」
「本気?」
「他に選択肢はないわ。せめてサクヤさんが私より歳上なら、状況を打開する突破口になったかもしれないけど。」
「あぁ、あの山兵になった神楽を舞う女の子ね。確かに破壊力がありそうよね、あの子。」
「そうなの。私の手には負えなかったくらい。」
「残念ね。貴方の方が歳上だもん。」
「はぁ~、仕方ない。里を出るわ。今までにもそう言う人はいたし、何とかなるでしょ。」
「そう言う意味では、サクヤって子の母親のコノハさんは意外だったわね。」
「そうね。あの人も美人で優秀だったらしいけど、アレに参加するとは思われてなくて、大騒ぎになったらしいから。」
「あの人の相手って、本当に小六さんなのかなぁ?」
「でも、小六さん以外とは褥を共にしなかったって聞いてるわ。他に考えられないじゃない。」
「でも、サクヤって子凄い美人だけど、コノハさんにソックリって訳でもないのよ。そして、小六さんとも全然似てない。」
「…確かに。そこはコノハさんのみぞ知るってとこね。」
静は帰宅すると、両親に里を出ることを告げた。静の両親は成人までに夫婦になる約束を交わした夫婦だ。
因みに、結婚自体は成人の儀まで決まっていなくてもできる。乱交で相性が良いと思ったら相手と結婚することもあるし、制限はない。乱交もその場限りではなく、有志で集まり、年齢に関係なく行われることもある。その場合参加は自由だ。それがしたいがために独身のままの者もいるが、集まっても相手の同意がいるので、参加のハードルは低い。そのせいもあってか、この里は性に関して開放的である。
一方で静のような者も当然いるので、里を出る者も定期的に発生する。そして、それはそれとして布教や情報収集の役割を与えられ、手当を貰えたりもするし、一時的に帰って来ることもできる。
「そうか、そんな気がしていたんだ。いい人がいるとも聞かなかったし…。」
「静がそうしたいならそうしなさい。家の事は心配しなくても、静太もいるから大丈夫よ。」
「うん、ありがとう。偶には帰るようにするわ。」
(なんだか、あっさりしてるわね。期待されてなかったのかしら、私。)
翌日には宮司と藤十郎にも告げた。
「そうか、そんな気はしていたのだがな。では、『犬飼』の姓を使うがよい。」
「寂しくなるな。後任の頭の相談もある。その日までは宜しく頼むぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
(家族といい、宮司達といい、なんでこんなにあっさりしているのかしら。)
「って感じでね、私、期待されてなかったのかなぁ?」
「察するとこがあって、かといって因習も変えれないから、快く送り出すしかなかったんじゃない?」
静は例によって柚葉と甘味処で愚痴を溢していた。
「里を出るのはいいんだけど、どうやって生きて行こうかしら。手に職もないしねぇ。」
「販促寮にいたんだから、売り子くらいはできるでしょう。何処かの店で奉公でもさせてもらえば?」
「そうねぇ、その線からあたってみるかなぁ。とりあえずは宿場町を辿って職探しね。」
そして、里を出る日を迎えると、別れもあっさりしたもので、涙一つなく静は里を出た。
「少しだけ寂しくなりますが、静なら何処でもやっていけるでしょう。」
「そうだな。なんせ、頭の中で1番若かったが、1番達観していたからな。偶には帰ってくるだろう。」
「正直、厳しのがいなくなってホッとしているのですが、顔に出す訳にもいきませんしね。」
「だよなぁ。静さん、怒ると怖いもんなぁ。」
社では、静に期待していなかったのではなく、家族も含め皆が単純に恐れていただけだった。
(さて、とりあえずは宿場町に行ってみますか…。)
「あら、静さんじゃない。」
宿場町で食事処を営む女が声をかけてきた。神楽団でも偶に世話になっていた。
「実は里を出ることにしまして、仕事を探しているのです。何かいい仕事ありません?」
「仕事ねぇ…、うちは手が足りてるし…。宿なんてどうだい?住み込みで働けるんじゃないかい?」
「ありがとうございます。訪ねてみます。」
静は宿屋に行く前に色々聞き回ってみたが、仕事にはありつけなかった。
「仕事ねぇ。ごめんねぇ、今はうちも手が足りててねぇ。」
「そうですか。では、今晩泊まりたいのですが、部屋は空いてますか?」
「部屋なら空いてますよ。では、改めていらっしゃいませ。」
女将は部屋に案内してくれた。
(そう簡単にはいかないか。明日は何処に行ってみようかしら。)
夕餉の時間になり、部屋に膳が運ばれて来る。
「ありがとうございます。あら?お酒は頼んでいませんが?」
「雇ってあげれなかったから、これでも飲んで元気になってちょうだいな。お代はいいからね。」
「ありがとうございます。有り難くいただきます。」
女将が酌をしてくれたので、早速飲んでみた。
「美味しい…。こんな飲みやすいお酒初めてです!」
「最近評判のお酒でね、街道を南に下った『乃美の宿』で造られているお酒なの。」
「へぇ~、なんと言う銘柄なんですか?」
「え〜と、確か『綾の泉』だったかしら。」
「乃美の宿の『綾の泉』ですか。憶えておきます。」
(特に宛もないし、明日にでも行ってみようかしら。)
翌朝、静は乃美の宿を目指し出発した。
乃美の宿に着いた静は、『綾の泉』の蔵を探すため、人に声をかけようとしたとき、酒屋の前で男女が揉めているが目に入った。
「なんでうちの酒を置かせてくれないんですか!」
「女が造った酒なんて不浄な物、置けるわけがないだろ!」
「誰が造っても酒は酒でしょ!貴方は不浄な酒が飲んでわかるわけ?」
「五月蝿い!駄目と言ったら駄目だ!」
「もういいわ!あんたのとこには頼まれても置かせないから。」
女は店から立ち去ると、川上に向け歩き出したので、静は追いかけて声をかけた。
「すみません。先程酒屋さんと揉めておられましたが、何事か教えていただけますか?」
「貴方は?」
「私は犬飼の静と申します。この町には『綾の泉』というお酒を造っている蔵を訪ねてみようと訪れたのです。」
「犬飼?犬飼って、赤犬の里の人よね。『綾の泉』はうちの蔵で造っている酒よ。赤犬の里の方が、うちに何か御用?」
「あら!貴方が酒蔵の方なのですね。では、先程の騒ぎは?」
「あぁ、あれね。込み入った話になるから、とりあえずうちに来ない?お茶くらい出すわ。」
2人は共に川上の蔵に向け歩きだす。
程なく蔵に着くと、静は応接間に通され、出された茶を啜った。
「で、うちに用というのは?」
「私は事情があって里を出ることになったのですが、昨日泊まった宿で出されたお酒がとても美味しくて。それがこちらのお酒だったのです。仕事を探して方々を回っているのですが、特に宛もなく、折角だからこちらに来てみようと思いまして。」
「あぁ、そういうことなのね。自己紹介が遅れたわね。私はここ蔵元で絢音といいます。うちの蔵はこの間まで、普通に杜氏もいるよくある蔵だったの。でも、昨年父が亡くなると、跡継ぎは私しかいなくて…。私が跡を継ぐって言ったら、杜氏から蔵人まで皆辞めてしまったの。それでも何とか酒造りは続けたかったから、私と母、そして残ってくれた数人の蔵人とで続けているのだけど…。他の酒蔵や酒屋からの嫌がらせが酷くてね。父が亡くなった後に造った酒は出来が良かったのだけど、逆にそれが他の酒蔵は気に入らなかったんでしょうね。他所の酒蔵が徒党をくんで、酒問屋や酒屋に圧力をかけるのようになったの。で、あの騒ぎになったってわけ。」
「それは酷い…。町の人達は、そこまで心が荒んでいるのね。里にいては分からないことだわ。もしよかったら、私をここで雇っていただけませんか?何かのお力になれるかもしれません。」
その日から静はこの酒蔵で住み込みで働くことになった。元々人手が足りていなかったこともあり、絢音は喜んで受け入れてくれた。
設定裏話
里の因習の経緯をいつどのような形で出すか、ずっと考えていましたが、静のその後を書く事を決めた時に「これだ」となりました。
この因習は、今後サクヤの動向にも関わって行きます。
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