綾の泉
白狐の社編最終話です
懐かしい人と再会です
小祠の宿以降は順調な帰路となり、最後の宿泊予定地である、乃美の宿に着いた。乃美の宿は往路で最初に泊まった宿場町であったが、サクヤが宿で出されたお酒「綾の泉」を気に入ったので、土産に買って帰りたいと言い出したため、復路も寄ることにしたのであった。
「思ったより早く着きましまね。」
「折角だから、町を散策してもいいな。」
「私は『綾の泉』の酒蔵に行ってみようと思う。」
結果、各々宿の夕餉の時間まで自由行動となったが、小平太はサクヤに着いていくことにした。
「好きに見て回ればよいのに。」
「サクヤを1人にすると、何をしでかすかわからないからな。」
「失礼な。」
軽口を交わしながら目的の酒蔵を探すが、それらしきものは見つからない。
「酒屋で聞いた方が早いんじゃないか?」
「そうだな、丁度そこにある。聞いてみよう。」
「いらっしゃいませ。」
「すまぬ、『綾の泉』という酒を造っている酒蔵を探しているのだが、教えていただけないか?」
「『綾の泉』?ああ、あの酒蔵は、この町から川上にある山の麓にあるんだ。」
聞けば、宿場町から歩いて30分程だというので、サクヤ達は行ってみることにした。
言われた通り30分ほど歩くと酒蔵らしき建物が見えた。建物の入口には杉玉が吊されており、一目で酒蔵と判る。
「ごめん、誰ぞおられぬか?」
入口で小平太が呼びかけると「はいは〜い」と何処かで聞いたような間延びした声が返ってきた。
「いらっしゃいませって、あら?サクヤさんと小平太さんじゃない!」
「えっ!?静さん!何故このようなところに?」
「ふふっ、色々事情があってね。今はこちらの酒蔵のお手伝いをしているの。」
静はサクヤが巫女になったときの巫女寮の頭だったが、成人を機に里から降りたと聞いていた。
「サクヤさんこそ、何故このような辺鄙な酒蔵に?」
「宿で飲んだ『綾の泉』が美味しくて、土産に買って帰ろうと思ったのですが、時間があったので、折角なら蔵元を直接訪ねてみようと思いまして。」
「へぇ、サクヤさんはお酒が好きなのね。そう言えば鬼討伐の帰りに宿場町で酔って、舞で男達を魅了して大変なことになったわね。」
「…そんなこともありましまね。」
(あれは酔ったからというより、御力が溢れそうになって慌てただけなんだけど。)
「ちょっと待ってて。今、蔵元を呼んでくるわ。」
そう言って笑うと、静は小走りで奥へ行ってしまった。
「こんなところで再会するとはな。静さん美人で人気だったから、誰と夫婦になるんだろうって噂になっていたのに、突然里から出ていっちゃったもんな。」
「気持ちはわからなくはないな。夫婦になりたい相手もいなくて、あの因習を避けようと思ったら、出ていくしかないからな。」
「あれは…、そうかもな。」
小平太は因習の話より、サクヤが夫婦になりたい相手がいないということに共感したことがショックであった。
(俺のことは眼中にないんだろうな…。)
「いらっしゃいませ。蔵元の絢音です。こんな辺鄙な蔵まで、お越し下さりありがとうございます。」
「若い女の方が蔵元と聞いていましたが 、本当にお若いですね。私とそう変わらないのでは?」
「今年で16になります。」
「では、私の一つ上ですね。そんなお若いのに蔵元なんて凄いですね。」
「父が急逝して、一人娘だった私が蔵を継いだのです。そんなときに静さんに助けて貰って、とても助かっているんです。」
「そうだったのですね。お忙しいでしょうが、少しだけ蔵を見学させてもらってもよいでしょうか?」
「今は造りも終わって落ち着いている時ですから大丈夫ですよ。ご案内します。」
そう言って絢音は蔵を案内してくれた。
「こちらが仕込み水です。裏の山に降った雨が沁み込み、この岩の間から湧き出ているのです。とても清廉な水ですよ。」
そう言われ、サクヤと小平太は一口飲んだ。
「確かに、いい水だ。僅かだが御力を感じるから、この水を飲んでいれば、力量を維持できるな。」
「そうなのか?確かに美味いけど。」
「それは初めて知りました。静さんには良いのでは。」
「そう言われてみたら、里から離れたのに、力量が減っていないことに今気付きました。」
「おいおい、そんなもんなのか?」
「社でお役目をしていなかったら、そんなに意識しないものよ。」
「こちらが今年仕込んだお酒で、まだ初呑み切り前ですけど、どうぞ。」
そう言ってお猪口に一杯ずつ用意してくれた。
「凄い、なんて言うんだろう、綺麗な味。雑味がなくて、スッと入ってきて、スッと消えるよう。でも、幸せな余韻があって、思わず笑顔になるわ。」
「なんと言うか、グイグイ飲むのが失礼だと思うくらい、上品な酒だ。」
「ありがとうございます。最高の褒め言葉です。」
「絢音さん、苦労が報われる言葉ね。」
「うん。諦めないでよかった。また頑張れるわ。」
「これはまだ売り物ではないのですよね?里へのお土産に買って帰りたいのですが。」
「まだ在庫があります。沢山買って帰ってください!」
「そんなに買っても持って帰れねぇよ。サクヤ、程々だぞ。」
「わかってるさ。左馬に持たせれば大丈夫だろう。」
「自分で持たねぇのかよ。」
「私は迦具夜竹があるからな。」
結局、サクヤは3升分を購入し、宿に戻った。
「今日はこの旅の最後の夜だ。この宿も『綾の泉』を出してくれるらしいから、いただこう。」
「今夜は私も飲んでみます。」
「初めてか?程々にしておけよ。」
「『程々程々』五月蝿いなぁ。今度から小平太のことは『程々ジジイ』と呼ぼう。」
「変な渾名つけんじゃねぇ!」
「いい渾名ですね。ぴったりです。」
「小平太さん、ご愁傷です。」
「くそっ!もうやけだ!飲んでやる!」
「やけ酒とは。酒に失礼だ。」
「五月蝿い!サクヤのせいだろ。」
ヤケクソで飲んだ小平太は、翌朝しっかり二日酔いになった。
「しっかり歩け『程々ジジイ』。自分で言っておいて飲み過ぎるとは情けない。」
「くそう…うっぷ…。気持ち悪い…。」
「ったく、しょうがない奴だ。足手まといになられても困るからな。」
そう言ってサクヤは小平太には右近衛草を煎じた二日酔いに効く薬を渡す。もちろん治癒の御力入である。
「凄ぇ。一発で治った。」
「感謝しろ。御山で採取した貴重な薬草で煎じた薬だ。」
「そ、そんな貴重なものなのか?高いんだよな、これ。」
「気にするな。私が育てて煎じた薬だから、元手はタダだ。」
「完全に揶揄われてますね。」
「五月蝿い!」
こうして一行は無事里に帰り着いた。
「先ずは宮司達に挨拶だな。」
「おお!よく帰った来たな。目的は果たせたか?」
「はい。滞りなく、目的を達成できました。このような機会を設けて頂き、ありがとうございます。」
「うんうん。で、成果は?」
「はい。4人とも確実に強くなっております。コチラは弓の素材となる迦具夜竹です。あちらでも貴重なもののようで、採取させて頂いた礼に、半分進呈しました。宮司にはコチラをどうぞ。」
そう言ってサクヤは『綾の泉』の壺を一つ渡した。ここまで持って帰ったのは左馬介だが。
「これは?」
「最近町で評判のお酒で、『綾の泉』といいます。非常に美味しかったのでお土産にと思い買って帰りました。」
「『綾の泉』か。最近飲んだが、確かに美味かった。」
「最近飲まれたので?」
「静が世話になっている酒蔵らしくてな。あやつ、里出身の者を使って販路を広げているらしい。挨拶代わりに寄越してきおった。あやつは犬飼の名を濫用しておるようだ。」
「あぁ、静さん。お会いしましたよ。お元気そうでした。」
「だろうな…。」
何故か宮司は渋い顔をしていた。
「まぁよい。長旅ご苦労であった。明日は1日休養をとって、明後日からお役目に戻るとよい。」
「ありがとうございます。では、失礼します。」
部屋を出たあと、小平太はサクヤに囁く。
「櫛の国での一連の騒ぎは報告しなくていいのか?」
「取り立てて大したことはしてないからよいのではないか?」
「あれで大したことないって…。」
「まぁ、追々だ。一度に話すと動転するからな。年寄りには酷だ。」
「…わからないではないが…。お前、宮司の扱いがどんどん雑になってないか?」
「最近は偉いと言われる者に多く会い過ぎて偉いの価値が下がっているようだ。お前だって神様に会った後に、人間の偉い人と会っても大したことないってなるだろう?」
「いや、まぁ、確かに。今だに馬鹿されたんじゃないかと思ってしまうがな。」
「滅多にないことだ。ただ口外するなよ。」
「わかってるさ。言っても信じてもらえそうにないしな。」
「わかっているならいい。私は帰るが、小平太はどうする?」
「俺は槍寮に挨拶してからかえるよ。サクヤはいいのか?」
「顔を出すと話が長くなりそうだからな。土産の酒を飲まれてもかなわんしな。」
「そうかもな。じゃあ、また明後日だな。」
「ああ、世話になったな。いや、世話をしたのか?」
「一言余計だ。お疲れさん。」
「うん、お疲れ様。」
帰宅したサクヤは、コノハと旅の話や白狐山で採取した薬草の話をしながら飲み明かした。
設定裏話
『綾の泉』の味わいは『雪の茅舎 秘伝山廃 生』をイメージしています。個人的な感想は「綿菓子のようなお酒」です。
サクヤは一つ勘違いをしています。サクヤが初めて飲んだお酒は『綾の泉』ではないのですが、御神域のある山の麓で造られお酒なので、その酒にも御神力が含まれていました。なので、サクヤはどんなお酒でも力量が回復すると思っているのです。
次回は閑話として、静が里を降り、絢音に会った時のお話です。
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