穢れ
おはようございます
迦具夜竹を持ち帰った翌朝、サクヤは竹を縦に割ると、半分を白狐の社に寄贈した。
「長く世話になったお礼です。お受取りください。」
「このような貴重な物を…。有り難く頂戴しよう。きっと良い弓が作れるはずだ。」
「それではお世話になりました。今度は是非、赤犬の社に遊びにきてください。」
サクヤ達はそう言って白狐の社を去った。参道を下って鳥居を潜ると、目の前に小さな岡がある。葛庭一族が占拠していた砦がある岡だ。
そこには現在、国府軍の幟がはためいていた。
「さて、この盆地を横断するのに、どれだけ時間が掛かるかな?」
左馬介の不安は的中する。
盆地の中程まで来た辺りで、色んな方向からこちらに向って来る集団があるのだ。
「この統率の取れていない、見た目も整ってない連中、どう考えても国府軍ではないよな?」
「野盗や豪族の群れだろうな。」
「どうされます?サクヤ様。」
「皆の鍛錬の成果を見せてもらおうか。」
「「やっぱり…。」」
「とはいえ、こんな開けた場所でまともにやり合うのは分が悪いな。一旦後ろの岡に上がるぞ。折角の砦を活用しない手はないしな。」
サクヤ達は葛庭一族が籠っていた砦に入るの、弓兵の2人が櫓に登る。小平太は急増の矢を矢竹から作っている。サクヤは櫓門の上から押しかけた男達の意図を問う。
「ゾロゾロ集まって何の用だ?我等はこれから国に帰る。お前達の争いの邪魔をする気はない。思う存分に殺し合え。」
「我等に用がある。先日は随分馬鹿にしてくれおって!あの時の怨みをはらさん!」
「怨みもなにも、ただの旅人に一方的に危害を加えようとしたのに対し、正当な防衛をしただけだ。そういうのを逆恨みというのだ。それに、その人数相手だと此方も加減ができん。次は死人がでるぞ。」
「出る死人はお前達だけだ!これ以上の問答は無用!者共、かかれ!」
「やむを得んな。放て!」
サクヤ達はありったけの矢を放つ。打ち込まれた矢も回収して打ち返す。それでも矢がすぐに尽きたので、4人による近接戦に移行する。其々が狭い道を塞ぐ形で、極力一対一になるように戦うが、流石に数が違い過ぎる。
「キリがないな。皆はそのまま、私は打って出る!」
サクヤは平場に飛び出すと、縦横無尽に駆けながら次から次へと斬り伏せる。
「くそっ!妖か!一斉にかかれ!」
野盗達は円陣を組んで一斉に槍を突き出す。
(こんなところで使う事になるとはな。)
サクヤは槍が届く直前に高く飛ぶ。勢いまった槍衾は互いに突き合う。
(槍は突くのではなく、上から叩くものだ。そんなことも知らない者が、私を倒すなど無理だな。)
交差した槍の上に降りたサクヤは、くるりと回転して野盗達を横薙ぎに斬る。そのまま飛び降りると、先程号令を出していた野盗の頭らしき男の前に躍り出ると、一閃で首を落とした。
(やはり、人を殺めるのは気分のいいものではないな…。)
この凄惨な光景に恐れをなした野盗達は、散り散りに逃げ始めた。
そのタイミングで騎馬の一団が駆け付けて来るのが見えた。
(国府軍か、来るのが遅いわ。)
砦を包囲していた野盗達も、国府軍の登場に慌てふためいて逃げ出す。
砦に残っていた3人も疲労困憊で、国府軍には助けられた形となった。
「其方等は先日の山兵か?」
「来るのが遅い!其方等の国は無法地帯か?」
返り血に染まり、鬼神の様な姿を見た櫛ノ輔は絶句した。
(なんと夥しい怪我人と骸の数。コレをこの娘1人でやったのか?)
国府軍の兵達も、この地獄絵図に絶句する。
「サクヤ、無事だったか。サクヤ…?」
小平太は返り血に染まり立ち尽くすサクヤの姿に違和感を覚えた。もう人でなくなったのではないかと思える目をしていたのだ。
そこにカイが駆け付けてサクヤに囁いた。
「穢れを浴び過ぎだ。我もこのままでは危うい。祟神か鬼神になる前に祓いをしてくれぬか?」
「…ヌシ様。…そうですね、浄めましょう。」
サクヤは祝詞をあげ死者を弔いながら浄めの御力は放出する。
「取り敢えずはこのくらいでしょうか。後で改めて禊祓を行いましょう。」
「うむ、そうしてくれ。」
「乾の娘、大事ないか?」
「私は傷一つ負っていません。」
「人を殺めたのは初めてか?」
「そうですね。やはりいい気はしませんね。」
「そうか…。すまぬ、不甲斐ない領主で。」
「そうですね。次訪れることがあれば、もう少し普通に旅ができる国にしておいてください。」
そう言ってサクヤは立ち去ろうとした。
「待て、その姿で旅を続けるつもりか?流石にその血塗れの衣では不味かろう。疲労もあろうし、代わりの衣を用意してやる。国府館へ立ち寄ってはくれぬか?詫びもしたいのでな。」
「いや、私は帰ろ…、」
「サクヤ様、サクヤ様は平気でも、我々は嫌です。」
千代達3人もボロボロであった。疲労も限界に達している。
「そうか…、そうだな。では、お言葉に甘えるとしようか。」
4人は取り敢えず回復薬を飲み、馬に相乗りさせてもらって国府館へと向かった。
櫛ノ国の国府は、町全体が掘りと塀に囲まれていた。町の入口は東西と南の3カ所で、どの入口にも立派な櫓門を備えている。
町に入ると、血塗れの4人に町の衆は驚愕している。
「取り敢えず挨拶は後だ。湯浴みをしてくれ。着替も用意させる。」
サクヤと千代は侍女に案内されて湯浴みをする。
「流石にあの人数は大変でした。鍛錬の成果が出たのは確認できましたが。」
「すまなかったな。流石に無謀だったのかもしれない。」
「いえ、サクヤ様なら全滅させてたでしょう。助かったのは野盗の方です。」
「いや、あのまま戦い続けていたら、私は取り返しのつかないところまで行っていた。あれでは鬼と変わらない。」
返り血を浴び、虚空を睨むような目で立ち尽くすサクヤの姿を思い出し、千代は湯に浸かりながらも寒気を感じた。
(あれを鬼神と言われても疑わなかった。あんな恐ろしいサクヤ様は初めて見た。)
「お腹が空きました。早く上がって食事を用意してもらいましょう。」
「そうだな。」
千代はわざと話題をずらし、鬼神のようなサクヤを頭から追い出した。
新しい衣をまとい、案内されて客間に入る。
「すぐに歓待の用意ができます。それまではこちらでお寛ぎください。」
侍女はそう言うと、一旦部屋を出たが、5分もしないうちに食事の席に案内された。
「先程までの鬼神の如き姿が嘘のように、美しき女人の佇まいだな。」
「恐れ入ります。」
「あれだけ暴れたのだ、腹も減っておろう。先ずは食事だ。」
そう言って膳を用意させた。4人とも確かに空腹だったので、遠慮なくいただくことにした。
「改めて礼を。そういえば名乗りもしてなかったな。私は櫛ノ輔を務める、櫛橋右近経平と申す。右近と呼んでくれ。」
サクヤ達も順に名乗る。ついでにカイも紹介しておいた。
「本来なら櫛ノ守自ら詫びをせねばならんのだがな。情けない話だが、この国の荒み具合に心を痛めた国守様は、都に滞在したまま国入りしていなくてな。だから、輔である私が実質領主のようなものなのだ。」
「国守様すら投げ出すとは…。本当に酷い有様だな、この国は。」
小平太は呆れたように肩を竦める。
「なにも手をこまねいているわけではないのだ。懐柔したり、ときには見せしめ的に脅したりして和議まではいくのだ。だが、何れも長続きしない。好き好んで争い事を起こそうとしているとしか思えないのだ。」
「そうだろうな。明らかに好き好んでいる。」
「サクヤ…?」
「こちらの国府に着いた時に見たのだが、ここにも日輪宮があった。状況は恐らく丹の国と一緒なのだろう。」
「どういうことだ?」
「この国の者達は、穢れや邪心に染まりきっている。己の欲を抑えきれず、人を殺すことにすら喜びを見出している。」
「穢れや邪心が…。それと日輪宮と何の関係があるのだ?」
「丹の国の日輪宮もそうだったのだが、あの宮の宮司は禊祓ができない。朝廷に忖度して、社との縁も絶ったから、皆穢れも邪心も祓う機会がないのだ。」
「禊祓?そのようなことが必要なのか?」
「そう言えば、我々もできていなかったな。丁度いい機会だからここでやろう。」
サクヤはカイを呼んで禊祓を始める。
「白狐の山に座す、畏きハクコナリヌシの神よ。この地に溢れる穢れを祓い、我等の身を浄め祓い給え…。」
(なんと、これ程の御力が必要なのか…。なんとも根深い。)
サクヤはいつも以上に必要になった力量に驚いたが、何とか禊祓を終えた。
「今回は穢れも邪心も多過ぎた。この地の者達を祓うのは容易ではないだろうな。」
周りを見渡すと、食事の用意をしてくれていた侍女等は泣いている者もいた。
「なるほど…。心洗われるというのは、こういう事を言うのだな…。」
「ふぅ…やっとスッキリできたな。何となく心が荒んでるのが気になっていたんだ。」
小平太は風呂上がりよりスッキリした顔をしている。
(ヌシ様を祟神にするわけにはいかないしな…。)
「今夜はここに泊まっていくといい。明日国境まで馬で送ろう。」
「お言葉に甘えさせて頂く。私達だけでは、また今日のようになりかねん。兵法には戦わないで済ませることの大事さも説かれているのだが、すっかり失念していたようだ。」
「おいおい。てか、サクヤにそんなことができるのか?」
「やったことはないが、穢れを得ないためにはやらねばならないことかもしれないな。もう一度学び直すかな。どうだ?左馬も。」
「遠慮しときます…。」
「なんで俺に聞かないんだよ?」
「小平太の頭に入るとは思えなかったからな。できるのか?」
「…できると思えないのが情けない。」
「興味深い話だな。私は兵法を学びたくなった。この国を治めるのに、戦わないで済む方法も分かるかもしれない。」
「そんな都合良くいかないかも知れないが、学んで無駄になることはない。」
「そうだな。」
翌朝、朝餉を終えた後、右近に国境まで送ってもらった。
「世話になった。次来るときは少しはまともな国になっていることを願っている。」
「最善を尽くそう。社との関係も考え直してみる。」
「豪族共に声をかけ、祭でもすればいい。
社との縁ができる良い切っ掛けになるかもしれない。」
「なるほど…。それも兵法か?」
「いや、うちの社が宿場町でやっていることを真似ただけだ。祭の場で社の者に浄めをしてもらえば、少しずつでもマシになるかもしれないからな。」
「ほぅ、それは是非参考にさせてもらおう。では、気を付けて帰られよ。」
「ああ、ここまでの見送りに感謝する。其方なら良い国にできると思う。」
サクヤはそう言って微笑んだ。
(またやりやがった…。)
小平太は頭を抱える。サクヤの微笑みは人を魅了することを知っているからだ。ご多分に漏れず、右近や兵達も蕩けてしまっていた。
まだ帰れません
次回はある人物との再会です
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