ハクリの加護
ハクリと稽古を始めてから3日、サクヤはある程度ハクリと互角に渡り合えるほどになっていた。
(1日目などはコテンパンにやられていたが、先が読めるようになってきた。ハクリ様の癖は独特だけど、その癖こそが狙いな目。肝はあの『尻尾』だ。)
ハクリの独特の動きは、両足が地面を離れていても、尻尾で体重を支えたり、バランスをとったりしている。
(尻尾も足だと思えばいいんだ。ようは三足歩行の生き物。)
サクヤがハクリの上体に向け横薙ぎに払う。ハクリは上体を反らして躱すが、尻尾が地面を蹴ってすぐに上体を起こす。
(ここだ!)
ハクリは尻尾が使える故に、尻尾に頼る嫌いがある。上体を起こす事を読み切ったサクヤは、横薙ぎにした勢いのまま、その場で回転して起き上がりざまの上体を袈裟斬りにする。
「やられたね。よく読んだもんだ。」
「ありがとうございます。やっと一太刀入れることができました。」
「サクヤ君の稽古はここまでかな。他の3人も直接見たいし。」
「そうですね。私一人が独占するのはズルいですものね。」
小平太達は順番に玉三郎と打ち合っていたが、流石の玉三郎も疲労困憊である。
「やっとそちらが終りましたか…。私はもうヘトヘトです。」
「では、千代と言ったか。君から始めようか。」
ハクリが千代を指名して打ち合いを始める。千代はサクヤから見ても、明らかに腕を上げている。ハクリは余裕で相手をしているように見えるが、余裕をなくすのも時間の問題だろう。
「じゃあ、その間に私と打ち合ってみるか、左馬。」
「望む所です!」
サクヤは左馬の剣撃を受けるが、左馬も確実に腕をあげているのが実感できた。
「もう近接戦が苦手とは言えないな。」
「まだまだです。千代にもサクヤさんにも一太刀浴びせなければなりません。」
「いい心がけだ。」
その後も相手を変えながらハクリは打ち合いを続けた。
「サクヤ君、ちょっと…。」
ハクリがサクヤを呼んだ。
「アカイヌヌシに飲ませているという、御力を籠めた水を私にもくれないかな。流石に疲れた。」
サクヤが竹筒に入れた水に御力を籠めて差し出すと、ハクリは腰に手をあてゴクゴクと飲み干す。
「これはいい。アカイヌヌシはズルいな。」
「喜んで頂けたなら何よりです。」
社に戻ったサクヤ達だが、他の3人も疲労困憊であった。
「流石に疲れたろう。これを半分飲むといい。」
サクヤはそう言って液体回復薬を差し出す。
「これって、以前鬼に飲ませて殺したやすですか?」
「そうだが、鬼には毒でも人には回復薬だ。全部飲んだら元気になり過ぎて寝れなくなるかもしれないから、半分でやめておけ。」
左馬介達は訝しげにしながらも、半分だけ飲む。
「凄い、本当に回復した。もう一度鍛錬できそうなくらいだ。」
「これって、サクヤ様が煎じられたのですか?」
「開発したの母様だが、煎じたのは私だ。それがどうかしたか?」
「いえ、サクヤ様が煎じたのであれば、単純に薬の効果なのか怪しいかと。御力が籠められているのではないですか?」
「…籠めたつもりはないが。」
「サクヤさんの場合、弓矢でもそれですからね。無意識に籠めている可能性が高そうですね。」
(…否定しきれない…。)
4人は毎晩御力をギリギリまで使い切ることを続けている。
そのおかげで、小平太と左馬介ははっきり認識できるほど力量が増えていた。もちろん、千代とサクヤも増えているが、もう実感しにくい量になっている。
この滞在期間中に、4人とも確実に技量も力量も強くなっていることを実感できていた。
「赤犬の社は良い若者を抱えているね。」
「サクヤ以外の3人はよく知らないのだがな。確かによく伸びている。今回は礼を言わねばならんな。我の代わりに矢面に立ってもらったからな。」
「私達は、人前に出ることに慣れてるからね。」
「…相変わらず人を馬鹿して遊んでいるのか。」
「馬鹿してるんじゃなくて、教訓を与えていると言って欲しいね。」
「ふん、よく言う。お前みたいなのがいるから、妖狐は神楽の演目にされたうえで退治されるのだ。」
「あらら。そうなんだよ、あれはやめて欲しいよね。私は退治されたことなんかないんだけどね。」
「そりゃそうだろうが…。狐くらいだろ、妖狐というだけで妖魔になった狐を指す言葉になっているのは。」
「そう言えば…。妖鹿だと、妖か妖魔かわからないね。ちょっとやり過ぎたのかなぁ。」
「そんなことより、奴等に『授ける』力は決めているのか?」
「ある程度ね。サクヤ君の力になれるものを考えているよ。」
ハクリは少し遠くを見ながら楽しそうに話す。アカイヌヌシの表情も緩んでいたが、不意に難しい顔になった。
「これまでにない程、鬼が力を付けている。都ができてから、確実に良くない方向に行っているようだ。サクヤ達にはその歯止めになって貰わねばならんからな。」
「我々が鬼にできることは限られてきるからね。可能な限りの協力はするさ。」
「すまんな。我はその手のことに向いていない。」
「サクヤ君を見出しただけで充分さ。」
「他の連中も協力してくれればよいが。」
「日輪のがガツンと言ってくれれば話は早いんだけどね。」
「アイツはな…。逆に我がアイツにガツンと言ってやらんとならんな。」
「ははは、それこそ君に任せるよ。」
「そのうちサクヤと訪ねてみねばな。今回の旅も中々面白かったしたな。」
「あんまりほっつき歩いていると、イズマ君に叱られるよ。」
「うむ。何かよい大義名分を考えておかねばな。」
「自重はしないんだね…。」
ハクリとの鍛錬を始めて3日、3人は確実に力を付けていたが、ソロソロ赤犬の里に戻ることを考えなくてはいけない頃合いになっていた。
今回の訪問は特に期限はないが、アカイヌヌシを余り長く留守にさせるわけにもいかないし、サクヤ達の留守を預かる弥九郎達の負担も大きい。
サクヤが新しい弓の素材となる竹を探す時間も欲しいので、いい加減鍛錬を切り上げる必要が出てきた。
「鍛錬はここまでだ。君達の技量は十分に向上したと思うよ。身に付けた技術を、今度は君達が皆に伝えて欲しい。」
「ありがとうございました。まだまだ学びたいことは多いですが、時間にも限りがありますもんね。」
「そうだな。言われた通り、皆に伝えなくてはな。」
小平太も左馬介も充実した鍛錬ができて満足そうだ。千代は淡々としながらも、技量が上がったことに喜んでいるようである。
「最後に、君達に神力を授けようと思う。こらから鬼という強敵に立ち向かうんだ。私も協力させてもらうよ。」
「な、なんと、御力を授けていただけるのですか?剣技を教えて頂いたうえに、そのようなものまで…。」
「我々神も、鬼とは直接対峙できないからね。君達のような有望な者に託すしかないんだ。だから、受け取って貰えるかな?」
「有り難き幸せです。謹んで授からせていただきます。」
小平太に続いて、3人は頭を下げた。
「じゃあ、まず千代君から。君には『浄化』の神力だ。武器に付与することで、鬼との戦いを有利にしたり、穢れを祓うことができる。」
ハクリはそう言うと、千代の頭に手を乗せた。
(あれ?これって『血の記憶』と同じだ。私が『先見』の御力を頂いたときと同じやり方だよね…。)
「次は左馬介君。君には『透視』の神力だ。物が透けて見えるのではなく、相手の弱点を見つける力だ。」
そう告げると、千代の時と同じ所作で左馬介に力を与えた。
「最後に小平太君。君はまだ自分の御力に気付いていないみたいだ。ところで、君は大きな怪我をしたことがあるかい?」
「い、いえ。そう言われてみれば、子供の頃から殆ど怪我をしていない気がします。」
「それが君の御力だよ。君は身体が丈夫なうえに、危ない瞬間に無意識に御力を使って守ってきたんだ。だから、今まで大きな怪我がないのさ。」
「そうだったのか!全然気が付かなかった…。既に発現していたなんて。あんなに悩んでたのに…。」
小平太はあまりのことに苦笑いになる。
「よかったじゃないか、小平太。」
「ああ。今までのはただの強運じゃなかったんだな。ヤバいと思うことはあったけど、不思議と怪我ひとつなかったのは、そういうことだったのか。」
「では、改めて君に授けるのは『身代わり』の神力だ。君が大切に思っている者が危機に陥ったとき、君が身代わりになれる力だ。ただ、これは君の命に関わるものだから、使うときは覚悟がいるので、安易に使わない方がいい。こんな力は不服かな?」
小平太は少し驚いたが、一瞬だけ考える顔をしたあと、すぐに笑顔で返した。
「いえ、私にとって最高の御力です。有り難く頂戴いたします。」
そういうと、小平太は頭を差し出すように、ハクリに礼をした。ハクリは「そうか」と言ってから、小平太に神力を授けた。
「本当に良かったのか?」
サクヤは思わず小平太に尋ねた。
「言っただろ。俺にとって最高の御力だって。本当にこれ以上はない御力だよ。来てよかったって、心から思っている。」
「では、私の要件は済んだ。まだ数日滞在するのだろうが、私はこれで失礼するよ。鬼の討伐は君達に託す。宜しく頼んだよ。」
「ありがとうございました。お会いできただけでも有難いことなのに、この様な御力まで授けて頂き、いくら感謝しても足りません。」
小平太が深々と頭を下げると、千代と左馬介も続く。
「私には授けて頂けたないのですね。」
サクヤがハクリに微笑む。
「サクヤ君は…ねぇ。今更でしょ。」
「では、代わりにお願いが一つあるのですが。」
「願い?いったいなんだい?」
「以前お会いしたときから、是非お願いしたかったことがありまして…。」
ハクリは検討もつかないのか、キョトンとしている。
「是非!その尻尾に挟まれてモフモフしたいのです!」
「な、なに言ってんだサクヤ!不敬にもほどがあるだろ!」
「サクヤ様、いくらなんでもそれは…。」
「ハハハハハ!そういえばモフモフが好きなんだったね。そんなことお安い御用だ。」
ハクリはそう言って、サクヤを三股の尻尾でサクヤを包む。サクヤはウットリとした顔で尻尾を抱くと、暫くモフモフを堪能した。そんなサクヤを、カイは嫉妬に満ちたジト目で睨んでいた。




