櫛の国への旅
おはようございます
赤犬の里から白狐の里までは、10日ほどの旅になる。白狐の里は『櫛の国』にある。『櫛の国』は瑞の国の南にあり、山に囲まれた大きな盆地で、稲作が盛んな国である。しかし、小さな勢力の豪族が境目争いや水利争い、さらには豪族内で跡目争いなど、事あるごとに飽きることなく争いを続けている。白狐の社の山兵も、どさくさに紛れて入り込んで来る兵から御神域を守るため、自然と武術に長けるようになった。
一行から少し遅れて歩いていたサクヤとアカイヌヌシ『カイ』は、他に聞こえないように話をする。
「何故、いきなりそのような大きさになられたので?」
「ん?この方が強そうに見えるだろ。」
「それだけですか?」
「それだけだが?」
「そうですか。ところで、ハクリ様には、ヌシ様が出向くことをお伝えしているので?」
「いや。行って驚かせてやろうと思ってな。」
サクヤは一つ溜息を吐くと、深く考えることをやめた。
一行は1泊目の宿に着いた。里の麓の宿場町から南に下った、『乃美ノ宿』の町である。里の麓の宿場町より規模が大きく、代官所もある湧き水の名所として有名な町だ。
因みに『カイ』は宿の外で野宿だが、餌の肉と共にサクヤが御力を籠めた水も用意したので、カイに不満はないようである。
夕餉の席には酒も出された。
「サクヤ、飲み過ぎるなよ。」
「大丈夫だ。小平太も飲むのか?」
「少しだけな。」
「私は遠慮します。」
「俺も飲んじゃおっと。」
其々好きにしているのは、止める大人もいないからだ。
「ほう、これは美味いな。仄かな甘みがあるが、すっと消えて不思議な余韻がある。」
「危ないな。飲み過ぎそうだ。」
「美味い!こんな酒初めてだ。」
「この酒は何という銘柄ですか?」
「はい、『綾の泉』という銘柄で、最近評判なんですが、蔵元が若い女人ということで、何かと大変なようですよ。」
中居がそう教えてくれた。
「『綾の泉』か。憶えておこう。」
(僅かだが、御神力が含まれているな…。)
この酒蔵は、後日サクヤと深い関わりを持つようになるが、当然サクヤは知る由もない。
小平太はサクヤと行動を共にすることが多い。幼馴染で息が合うということもあったが、単純に槍寮の中でも実力は上の方だ。身長も伸び、体格もしっかりしてきた、伸び盛りの若手であることもあり、周りからも精鋭部隊の一人と認識されている。
そんな小平太だが、サクヤとの実力差を常に意識している。というか、させられている。小平太も充分に成長しているのだが、サクヤが異常なので、小平太の焦りは相当なものだった。
「正直、今回の鍛錬には期待しているんだ。」
3泊目の宿の部屋で、小平太は左馬介に溢す。
「小平太さん、充分強いじゃないですか。まだ足りないです?」
「サクヤの近くにいると、自分の不足を痛感させられるからな。」
「大変な人を幼馴染に持っちゃいましたね。俺なんて、諦めてますもん。」
「達観するにはまだ早いだろ。」
「だって…、あれですよ。あんな曲芸のような弓、戦闘中にやってのけるなんて異常でしょう。」
「わからなくはないがな。でも、自分で成長を止めるような考えはしたくないんだよ。」
「まぁ、好きになった相手があの人だと、苦労が絶えないですね。」
「ばっ!?な、何言って、おま、そんな…。」
「バレバレなんですから、そんなに動揺しなくても…。サクヤさん、競争相手多いですから、大変ですね。」
「アイツは誰彼構わず魅了するからな…。」
「あれだけの器量ですからね。俺だって最初は意識しましたもん。今は高嶺の花過ぎて、下見の見物です。」
「変な言葉を作るなよ。そんなことより、俺はこの機会に、もっと強くなりたいんだ。」
「そうですか。サクヤさんに怒られないように、近接戦強化しないといけませんからね。俺も頑張りますよ。千代に負けてられませんし。」
「何だ?左馬は千代が気になるのか?」
「そういうんじゃないんですけどね。同期なのにサクヤさんの右腕的な位置にいるなんて、負けてられないじゃないですか。」
「左馬が本気になるなら負けないだろ?」
「最近、あいつの力量が増えてるんですよ。何か秘密がありそうなんで、この旅の間に聞き出してやろうと思って。」
「力量が?そう言えば、サクヤも巫女になって急激に増えたんだよな。あと、伊都も。何か秘密があるのかもしれないな。」
「それより小平太さんは、自分の御力を知る方が先じゃないですか?」
「うっ…。そうなんだよな…。左馬は判ってるのか?」
「俺は『早期感知』です。分かったところで、矢が届かないんであまり役にたってないです。」
「索敵に使えるなら有用じゃないか。役に立つ御力だろ?」
「それがですねぇ…、何故かサクヤさんの方が早く気付くんですよ。あの人、やっぱり妖なんじゃないでしょうか?」
「やめとけ、それは禁句だ。ずっと根に持たれるぞ。ただ、その疑問は俺も昔感じた。」
(もう、時効だよな。)
少し考えてから、小平太は宮守になる前の大猪退治の話をした。
「それは…、昔からヤバいんですね、サクヤさん…。」
「あの時、サクヤのこと妖って言って、あれ以来根に持たれてる…。」
「うん、別の意味でもヤバいですね…。」
「だから、妖って言葉には気をつけろ。」
「そうします。」
こうして、恋愛トークや仕事の愚痴を言い合いながら、男二人の夜は更けていった。
櫛の国との国境まで来たところで、境目の砦を守る瑞の国の兵に止められた。
「この先で争いが起きている。国境を越えるのは危険だから引き返せ。」
「用があるのだ。自分の身は自分で守るので問題ない。」
「若い女が入るには危険だ。殺されるか、拐かされるぞ。」
「我等は皆山兵だ。心配には及ばん。」
サクヤと守備兵が押し問答をしていると、小平太が割って入った。
「私は赤犬の社の山兵で小平太と申す。御心配はありがたいが、多分大丈夫だ。少なくともこちらの女子は俺より強い。というより、山兵の中でも1番強いと思う。」
砦の守備兵は目を丸くしてサクヤを見る。
「も、もしかして、熊の妖魔を一人で倒したと言う、女の弓兵がこちらの方か!」
「そうだ。もうそんな噂が広まっているんだな。」
態度を改めた守備兵は、サクヤに尊敬の眼差しを向けながら、サクヤ達を見送る。
国境の峠を越えると、彼方此方に煙が上がっているのが見える。
「本当に、彼方此方で争っているんだな。社があるのは、この広大な平野の向こうの山だよな?1日で歩けるか?途中で1泊とか無理そうだぞ。」
「そうだな。まだ朝早い時間だし、1日あれば充分歩ける距離だとは思うが…。邪魔するものは蹴散らして進むしかないだろうな。」
「マジですか…。」
「腕が鳴りますね。」
「…はぁ~、行くか…。」
4人は国境を越え、櫛の国に入った。
「そこの怪しいやつ、待て!」
「…、ほら、早速だよ…。」
「面倒臭い、放って置くぞ。」
「でも、行く手を塞いでますよ。」
「まだ、峠を下りきってもないじゃないですか。」
「ええい、ゴチャゴチャ五月蝿い。どこの手の者だ!」
「我々は、赤犬の社から、白狐の社に行く途中だ。我々の行く手を遮るは、神の御心に反すること。邪魔だてすると神罰が下るぞ。」
「ふん!神罰が怖くて武士ができるか!金目の物を置いて行くがいい。」
「武士ではなく、野盗の間違いだろ。野盗が相手なら遠慮はいらんな。千代、行けるか?」
「はい、サクヤ様。」
指示を受けた千代は、あっという間に自称武士の5人組をのした。
「弱すぎます。準備運動にもなりません。」
以後、似たような状況が続くが、千代、小平太、左馬介の順番で、立ち塞がる者達をのしてゆく。
やっと半分くらいまで来たところで昼になった。
「ここらで昼餉にしよう。」
そう言って、前日泊まった宿で持たせて貰った握り飯を頬張る。
「お前達か?先程から我が領内で暴れているという山兵は?」
野盗とは違い、整った武装の一団に声をかけられた。
「五月蝿い。今は昼餉の途中だ。後にしろ。」
「なんと無礼な山兵か!ここは御神域の外。社の者といえど、勝手気ままに振る舞えると思うな!」
「ここは天下の往来だろう。なぜ道端で握り飯を頬張るだけで咎められる?先程から偉そうな態度だが、一国もまともに治められない役立たずのクセに、何様のつもりだ?」
「ほう、私が櫛ノ輔と知っての発言か。其方、何者だ?」
「乾のサクヤと言う者だ。以前招かれた丹の国の国守は、このように国を乱すことなく、立派に治めていたが、国乃輔ともあろう者が、荒れるに任せる国を憂うこともないのか?」
「なんと、乾を名乗る者か…。丹の守に招かれたとあれば、例の熊の妖魔を退治したという山兵か…。なるほど、あの豪族崩れどもが返り討ちに合うわけだ。」
「そんなことはいい。我等は白狐の社に向う旅の途中だ。この国では旅もまともに出来ないのか?」
「恥ずかしながらな。特に、社の手前のあの岡に砦を築いている、葛庭一族は社と睨み合い中でな。簡単には通してくれまい。そして、我々国府軍も葛庭一族と交戦中だ。社からなんとかしろと無理難題をつきつけられている。」
「ふむ。では、一応社の後詰というわけか?」
「そう言えばまだ格好がつくが、早い話苦情処理という名の仲介だ。」
「なるほど。社の後詰であるなら合力せぬわけでもない。あの砦を陥落させればいいのだろう?お前達の手勢は如何ほどだ?」
「200だ。砦に籠っている葛庭軍が100だ。」
「城攻めは、3倍以上の兵力が必要と言われているが、もう少し集めれなかったのか?」
「これだけ彼方此方で小競合いが起きてるとな、ここだけに戦力を割けんのだ。そもそも陥落させるのではなく、和議の仲介が主な目的だ。強制力を持たせるための兵だと言っていい。」
「そういうことか。だが、我々は今日中に社に着きたい。和議が調うのを待ってはおれん。攻め落とすなら一刻あればできるだろう。落とすぞ。」
「いや、待て!お前、さっき3倍以上の兵力がいるって言っていたではないか。」
「そんなに難しいことではない。千代、小平太、左馬。ちょっと来い。」
そう言って、サクヤは作戦を伝える。
「本当に上手くいくのか?」
「バレたところで、のしてしまえばいいだけだ。結果は同じになる。」
「山兵のやることとは思えんな。」
「輔殿は、私が鏑矢を上げたら総攻撃だ。それまでは気取られぬよう、上手く潜伏しておけ。」
「わかった…。やってみよう。」
サクヤ達は旅の猿楽に扮して砦に近付くと、城主を戦勝祈願の舞を披露したいと伝え、難なく砦に入り込んだ。
対峙に飽きて来ていた武士達は、退屈凌ぎと士気向上の一環として、若い女人が舞う猿楽や巫女舞を招き入れることはよくある。
まんまと城主の前で舞を披露すると、上機嫌の城主に酌をするふりをして、千代は城主に刃突き付け人質にとる。直ぐ様サクヤは鏑矢を上げ、小平太達と共に本丸を制圧した。
鏑矢を聞いた国府軍は、門を破り全軍が突入。指揮官を失った葛庭軍は、あっさり降伏した。
「本当に一刻で陥落させるとわ…。」
「城主が阿呆でよかったな。戦の最中に鼻の下を伸ばしているような奴に負けるわけがない。こんな所に時間も文字数も割けんからな。」
「は?何だよ文字数って?」
「そこは気にするな。こっち(作者)の問題だ。」
「サクヤ殿と言ったか?其方、この国府軍の軍師になってくれぬか?私とて、この国をこのままにしておきたいわけではないのだ。」
「戦なぞ、謀多きは勝ち、少なきは負ける。兵法書を読んで活かせばいいだけの話だ。まずはそこから始めてみることだな。」
そう言い捨てて、サクヤは砦を後にする。一行は無事?白狐の社に到着した。
砦を出た後、小平太はサクヤに聞こえないように呟いた。
「サクヤが通ったあとは、ペンペン草も生えんな。」
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