国守夫人とその子供達
丹の国編終盤
国守の息子が暴走します
国府館に戻ったサクヤ達は、客間で休んでいた。夕食は国守の一族と一緒に取る予定だったが、隣国との小競合いがおきたことで、不透明な状態である。
「サクヤ殿、失礼する。この後は予定通り、国守様の御一家と会食となります。」
「そうですか。隣国とのイザコザは片付いたので?」
「まだ睨み合ってはいますが、落ち着いたようです。ご心配をかけ申し訳ありません。」
「いえ、無事に解決することを祈っています。このようなイザコザは、頻繁にあるものなのでしょうか?」
「近年は何処も不作で、今年は特に雨が少ない。隣国とどころか、領内でも百姓同士の水争いがたえません。ですので、小競合いも少なくないのです。」
「そうですか。龍神様にお願いしてみては如何でしょう?確か、西の方の国に御社があるはずですが。」
「ふふ、良い案だと思いますが、朝廷は日輪大神以外を神と認めていませんので、他所の神に頼むなど、とても出来ないでしょうな。」
「あぁ、そうでしたね。」
田所は予定の時刻を伝えると部屋を後にした。
「なんとも、自分で自分の首を絞めていると、朝廷は気付かないものなのか?」
「分かってはいるだろうが、できぬ相談というところか?」
「しかし、龍神様って。本当に龍の姿をされているのかな?」
「水を司る神と言われているから、龍神と呼ばれているが、神の御姿を見たものなどいないのだから、わかるはずもないな。」
(えぇっと、二柱ほどお会いしたな…。仮初の姿とは仰っていたが…。仮初も龍だったら、ちょっと見てみたいかも…。)
予定の時刻になると田所が迎えにきた。サクヤ達は、国府館と奥御殿の間に設けられた、饗応の間で国守一家の出迎えを受けた。
「蘭の室、胡蝶と申します。よくいらして下さいました。」
「国守の嫡子、麟太郎である。」
「その弟、亀次郎である。」
「妹の鶴です。サクヤ様とは同年代、仲良くして下さいませ。」
胡蝶は穏やかそうな人柄だが、どこか、こちらを探るよな目つきである。
嫡子である麟太郎は、おおらかそうな人柄で、如何にも人が良さようだ。
逆に次男の亀次郎は、気の強そうな鋭い目つきで、余り人を信用していない感じがした。
鶴はサクヤの一つ下という。如何にも良家の娘で世間知らずといくか、箱入りだろうと思われた。
「主人は、隣国との小競合いもあり、近隣まで出向いていて、今戻っているところです。少し遅れますが、先に始めろとのことですので、先に始めましょう。」
胡蝶がにこやかに言うと、其々席に着く。座った先から、料理と酒が運ばれてきた。
会話は当たり障りのないところから始まったが、どうしてもサクヤの妖魔討伐の話になってしまう。
1番興味を示していたのは、意外にも鶴であった。
「サクヤ様の様な美しく可憐なお方が、妖魔を退治なさるなんて、とても信じ難くて。どのようなお稽古をされておられるのです?」
サクヤは深く考えることなく、日頃の鍛錬の内容を伝える。それを聞いた鶴と麟太郎は目を丸くした。
「それ程の鍛錬を毎日…。サクヤ殿の様な女子が…。いや、自分が情けなくなるな。私など、とてもついていけぬ。」
「サクヤ様の鍛錬についていけるものなど、山兵にもいません。ご安心ください。」
「そうですか…。」
「サクヤ様は宮司候補と聞きました。ご結婚のご予定はないのですか?」
「特にございませんし、興味もありません。正直、想像もつきません。そもそも、していいものなのかも聞いてませんね。」
「宮司は巫女ではありませんので、出来なくはありません。ただ、相手には社に入って頂く必要があるので、嫁いで行くわけには行きませんが。」
藤十郎が口を添えた。
「まぁ、残念です。どちらかのお兄様に嫁いで来て頂けたらと思ったのに。私、このような素敵なお姉様が欲しかったのです。」
「何を言い出すのだ、鶴。不躾ではないか?」
「かまいません。でも、嫁ぐのは難しそうですね。ですが、姉のように思って頂けるなら喜んで。私は兄弟がおりませんので、妹のような存在ができるなら嬉しゅうございます。」
「まあ、よろしいのですか?嬉しゅうございます。」
(うん、良い子なのだが、ちょっと疲れるな。まぁ、頻繁に会うこともないだろうし。)
「サクヤ殿。其方、宮司候補と言ったが、宮司になると確定している訳では無いのだろう。他にも候補がいるのであれば、嫁げぬわけではあるまい。ならば、我嫁に受け入れよう。さすれば、鶴の本当の姉にもなれる。」
「無礼ですよ、亀次郎!」
「何が無礼でしょう?山の民の娘が、国守の子の室になれるのです。これ程の名誉はそうないでしょう。」
(まぁ、この手の者にも慣れてきたが、国守の息子となると、やり込めてもよいものか?ただ、そんなことより、この者の邪な心が気になる。何か、良からぬ事を企てているのか?)
「私が国守の『次男』に嫁いだところで、社に何の利がありましょうや。また、丹の国にもさしたる利があるとは思えませぬ。お戯れとはいえ、余り口にせぬほうがよい冗談でしょう。『次男』の失言で、国を傾けるようなこと、あってはなりますまい。」
サクヤが殊更に『次男』を強調して、嗜めると、亀次郎は不機嫌そうに顔を歪めた。
(歪んでいるのは、顔だけでなく、心根だな。『次男』であることが余程不満か。)
「亀次郎が失礼しました。どうか此奴の非礼をお赦しください。亀次郎、よい、もう下がれ!」
麟太郎が亀次郎を叱責すると、不満いっぱいの顔で、亀次郎は退出した。
「お見苦しいところを…。あれも難しい歳頃でして。昔は素直な良い弟でしたが…。」
「いえ、非礼な扱いには慣れております。お気になさらず。」
「ごほんっ!」
後に控えていた、田所が咳払いをした。
結局、饗応はこのままお開きとなり、国守は間に合わなかったのか、顔を出すことはなかった。
サクヤ達は一旦客間に戻る。
田所が出ていくのを見計らい、サクヤは口を開いた。
「あの次男坊、何かを企てている。邪な心が溢れ出しそうだ。」
「何を企てているのだ?」
「そこまでは流石にわからん。ただ、邪心があるだけに、良からぬことを考えていることは間違いない。『次男』という言葉に過敏に反応していたところをみると、兄に対する不満か、自身の置かれている立場に不満があるのだろう。」
「もしや、兄を亡きものにし、時分が跡継ぎになろうと画策しているのか?」
「その可能性が高そうだな。だが、大義名分もなく、そのようなことをして、後をどうする気か…。」
「失礼します!」
4人が入口に目をやると、鶴が入ってきた。
「先程の亀次郎兄上の非礼、大変失礼しました。私が余計な事をいいだしたばかりに、あのような事態になってしまい…。」
「鶴殿のせいではありません。お気にならず。」
「亀次郎兄上も、以前はあのような非礼を働く人ではなかったのです。私ともよく遊んでくれましたが…。最近は側近とばかり話をして、麟太郎兄上とも疎遠になってしまいました。」
「なるほど、側近とですか。鶴殿、我々の事はお気になさらず。ところで、今、両兄上様は何処に?」
「先程、麟太郎兄上が亀次郎兄上を呼び出すよう側近に言っていましたが、亀次郎兄上が拒まれたとか。麟太郎兄上が亀次郎兄上のもとに赴くようです。」
「…わかりました。乗りかかった船です。私が2人を取り持ちましょう。鶴殿はご安心ください。」
鶴は不安が払拭できたわけではなさそうだったが、大人しく帰っていった。
「不味いな。早く2人をのもとに赴かねば。」
「待て。そのような事に、首を突っ込むべきなのか?我々は無関係なのだぞ。」
「暗殺が成功した場合、否応なく巻き込まれる。あの次男坊が我等を放っておくとは思えん。必ず利用しようとする。下手すれば、我等を犯人にでっちあげるぞ。」
「そんな、いくらなんでも、考え過ぎでは?」
「ここで言い合っている余裕はない。行くぞ!」
結論を待つことなく、サクヤは部屋を出ていく。
「いやはや、流石はサクヤ殿だ。面白くなってきたな。」
「平八郎、お前のその脳天気さが、今は羨ましいぞ…。」
「亀次郎様、手筈通り麟太郎様が此方に赴いているようです。」
「よし。では、手筈通りにやるぞ。下手人は赤犬の奴等だ。鶴はもう部屋を出たのだな?」
「はい、先程。今、奴等の周りは誰もおらず、客間にいることを証明する者もいません。」
「麟太郎様、お越しになりました。」
「判った。皆のもの、抜かるなよ。」
「「はっ!」」
「亀次郎、あの態度はなんだ?!いくらなんでも、サクヤ殿に失礼だ。何故あのような非礼を働いたのだ?」
「何故?逆に聞きましょう?何故我等が邪神を信奉する山猿どもを、あのように歓待する必要がありましょうや?朝廷にどう申し開きするのです?今日も日輪宮の宮司に非礼を働いたとか。歓待どころか、処罰して然るべきでしょう。」
「我々はあの御方に恩がある。恩に報いるのは当然のことだろう。」
「ふん、下の者が上の者に尽くすなど当然のことだ。」
「亀次郎、其方いつからそのような傲慢な者になったのだ?昔はそのような…、」
「五月蝿い!お前の様な凡庸な者に私の気持ちなどわかるか!何故この様な者が、長子というだけで、跡継ぎとなるのか!私の方が相応しいはずだ!」
「亀次郎、其方の言う通り、私は凡庸な男で、とても跡継ぎなど務まるとも思えぬ。だが、今の其方では、民心はついて来ぬぞ。本当に父上の跡を継げると思うておるのか?」
「黙れ!もうよい、殺れ!」
亀次郎が側近達に号令をかけるが、誰も出てこない。
「ええい!何をしておる、早く出て来ぬか!…くそっ!ならば、私自ら手を下してくれるわ!」
「やめておけ。お前では斬れぬ、『次男坊』。」
「なっ!?何故山猿の娘がここにおる!まぁ、よい。その凡愚と共にここで死ね!」
(なんとも禍々しい邪心だな。まったく己が見えなくなっているではないか。役に立たない連中だ…。)
亀次郎がサクヤに斬りつけるが、すんなり躱す。躱したついでに腹に膝を入れた。
「ぐっ!此奴…。侮りおって。目に物見せてくれるわ!」
亀次郎は体勢を整えると、上段からの構えをやめ、突きに変えてきた。
(少しは嗜んでいるようだが、まだまだだな。とはいえ、斬り捨てるわけにもいかないからな。…これでよいか。)
サクヤは亀次郎の突きを容易く見切ると、渾身の力で亀次郎の顔に拳を叩き込んだ。
亀次郎はふっとんで、壁に激突する。そのまま首がガクリと傾いた。
(…やり過ぎたか?)
サクヤはゆっくり亀次郎に近付くと、軽い治癒と、浄化の御力を籠めた。
「何事か?!この騒ぎは?」
入ってきたのは国守だった。
「父上、お帰りになられましたか。」
「これはどういうことだ?麟太郎。」
麟太郎はあらましを国守に伝えた。
「そうか…。亀次郎が…。是非もない。亀次郎とその側近共の首を刎ねろ。サクヤ殿、返す返すも失礼のほどを…。なんとも、みっともないところをみられたものだ…。」
国守は、やりきれないという思いと怒りが相混ぜになった顔でサクヤに詫びる。
「いえ、悪いのは亀次郎殿ではありません。」
「なに?では唆した側近が悪いと?」
「言え、本当に悪いのは日輪宮と朝廷です。」
「は?どういうことだ?」
国守と麟太郎は困惑顔だ。
「はい。亀次郎殿と側近達は、滅多に見られないほどの邪心を抱え、今にも溢れ出さんとするほどでした。本来このような邪心や穢れは、宮司が浄め祓うものです。しかし、日輪宮の宮司はその力を持たず、朝廷は社を邪神として廃しようとすらしています。これ程の邪心を放置せざるを得なくなったのは、ひとえにそこが原因です。亀次郎殿を責めたとて、何の解決にもなりません。新たな亀次郎殿が生まれるだけでしょう。」
「では、どうせよというのだ?」
「これは瑪瑙でできた勾玉です。この勾玉は邪心や穢れ、呪いといったものを一時的にですが、閉じ込める力があります。使うには御力を持つものが必要ですが、こっそりと社から呼ぶくらいなら、朝廷も見咎めはしないでしょう。」
「つまり、社から人を呼び、邪心を石に籠めさせ、持ち帰らさて禊をしてもらうと…。」
「はい、そのとおりです。大々的に社に参拝したり、宮司を呼ぶとなると、朝廷や日輪宮の目につきます。その程度であれば大丈夫ではないでしょうか?社としても、ちょっと色を付けて玉串料を払えば、文句は出ないはずです。」
「くく、ははは!いやはや、これは恐れ入った。こちらの事情もよく存じておられる。それでいて、亀次郎にも救いの道を示してくれるとは…。私はどのように、この恩を返せばよいか、検討もつかぬわ。」
「礼には及びません。これで、少しでも国守様と社の関係が改善するなら、それ以上望むべくもありません。」
サクヤは微笑んでそう返す。国守は、驚きの顔でサクヤを見たあと、膝を落とし、サクヤに礼した。
「この蘭丹守維通、乾サクヤ殿に生涯に渡る礼を尽くすことを誓う。今後如何なることが起ころうとも、常に乾サクヤ殿の為に働くことを約束する。」
「なっ!?お、お顔をお上げください!そのような誓いは無用です!」
「いや、一度口にした以上、そうは行きません。」
「私、蘭麟太郎も、父同様誓いましょう。」
「麟太郎殿まで!もう、おやめください。」
サクヤが慌てふためく中、亀次郎が目を覚ました。
「こ、ここは?ち、父上?何故ここに。兄上も?私は、何故この様な有様で?」
「憶えておらぬのか?」
「邪心に囚われて己を失っておられたのでしょう。浄化は済んでおります。心身共に負担が大きかったでしょうから、暫く安静になされた方がよいでしょう。」
「?この美しく方は?」
「よい、亀次郎。あちらでしっかり休め。顔が酷く腫れておる。あと、そこに転がっている側近共も、手当をしてやれ。」
(腫れは引いてないけど、軽く治癒の御力は籠めたから、骨折とかはないはず。)
「なぁ、サクヤ。事情はわかったんだが、浄化の為にあんなに思いっきり殴る必要はあったのか?」
「ない。」
「…じゃあ、なんで?」
「日輪宮から饗応までの鬱憤を晴らすついでにな。」
「お前、怖ぇよ。」
「失敬だな、慈愛だよ。」
「何言ってるんだ、お前。」
「しかし、どうするんだ?」
「何を?」
「いや、お前、丹の国守に、事実上忠誠を誓われたんだぞ。」
「あぁ、忘れてた。」
「忘れていいようなものでは無かろう…。」
弥九郎と藤十郎は頭を抱える。
「いや、流石はサクヤ殿!一時はどうることかと思ったが、私と夫婦になる障害をしっかり摘んでくれた。」
「五月蝿い、黙れ!」
「何を!弥九郎!黙れとはなにか!」
「いや、黙れ。」
「サクヤ殿まで、そんなぁ…。」
「しかし、考えてもしようがない。なるようにしかならんさ。」
翌朝、サクヤ達一行は、国府館の前で、別れの挨拶をする。
「大変お世話になりました。ただ、邪心や穢れを放置なさいませぬよう、ご注意ください。」
「いや、世話になったのは此方だ。困った事があれば、お知らせください。何時でも馳せ参じましょう。」
「サクヤお姉様。今度は私も赤犬の里に行ってみとうございます。その際は、御力のこと、是非ともお教えくださいね。」
「はい、お約束しましょう。では、皆さん、失礼いたします。」
サクヤは最後も微笑んで館を後にした。
国境までは、田所が先頭してくれた。
「サクヤ殿、私は前言を撤回することにしました。」
「何のことでしょう?」
「私は神など信じず、主に忠誠を誓うと申したことです。」
「何を撤回するような事があるのですか?田所殿の信念そのものでよいではありませんか?」
「いえ、サクヤ殿の御力を見て、神の存在は信じるに値すると感じました。日輪宮は信用できませんが、サクヤ殿、貴方は信ずるに値します。主がそうしたように、私も主とサクヤ殿、貴方にも忠誠を誓います。」
「なぜ、そうなるのでしょう…。」
「サクヤ殿、これは仕方ない。皆サクヤ殿に魅了されていくのだ。私のようにな。」
「平八郎は黙ってて。」
「いや、平八郎殿の言う通りだと思います。私もスッカリ浄化され、魅入られたのでしょう。しかし、それも悪くない。」
田所は愉快げに笑った。
次回、帰還予定です。
サブタイトルで迷走しましたが、何とか落ち着きました。短い言葉で要点を纏めるのは難しいですね。




