【閑話】外伝 浄笛の巫女
最近出番のない、「伊都」の生立ちと、御力についてのお話で、本編は少しお休みです。
一応、後ほど本編にも関わってくる話になっています。
お楽しみください。
宿場町で奉納神楽を行うため、里から出発した一行の中に、小柄で可憐な佇まいの娘、伊都がいた。伊都は神楽と巫女舞で笛を担当する。
幼い頃から母に仕込まれていたので、巫女になった時点で相当な技量だった。希望通り巫女寮に配属され笛を吹く事になったが、少々鈍臭いため、その他の雑務は人並み以下であった。
伊都の母も、巫女だった。巫女時代に恋仲になった宮守と夫婦になろうと誓い合ったが、婚儀を目前としたある日、お役目として妖魔退治に出た父は討死した。
母は悲嘆にくれたが、伊都を身籠っていることが判り、実家に戻って伊都を産んだ。
母は伊都に、「お前の父親は、宮司の末の弟だった。」と教えられていた。
そして、成長し巫女になったとき、自分にも宮司一族と同じ、『禊祓』の御力がある事に気付くことになる。
『御力量りの儀』で、自分にも力量があることは判っていたが、御力は判っていなかった。それが『禊祓』である事に気付いたきっかけは、研修で神事寮に行ったときである。
「それでは、これより禊を行う。」
鬼退治から戻った山兵達に、宮司が厳かに告げる。
「赤城の山に座す、畏きアカイヌヌシの神よ。その御力を賜い、鬼と戦いしこの者たちの、穢れを祓い浄める給え。」
伊都は、その祝詞を聴き終えると同時に、自身の内から不思議な力が湧き出すような感覚がした。
何事かと思ったが、直に治まる。不思議な気持ちのまま、禊祓は終了した。
神事の片付けを終えたとき、仕事の遅い伊都は、一人になっていた。そこに、忘れ物でもしたのか、宮司が戻って来た。
「伊都、神事の時、顔を顰めておったが、何かあったか?体調でも悪いのか?」
宮司は、伊都が末の弟の娘である事を知っている。その為か、時々気に掛けて声をかけてくれた。
「いえ、大丈夫です。宮司様が祝詞を上げたとき、何やら内から湧き出すというか、よく分からない、不思議な感覚があっなのですが、すぐに治まりました。今は何ともありません。」
「そうか…。いや、其方は藤寿郎の娘。ひょっとすると、ひょっとするかもしれん。ちょっと、ちょっと待ってなさい!」
そう言うと、宮司は慌てて部屋を出ていく。暫くして宮司は息を切らせて戻って来た。
「この石は、ある者の邪心を封じ込めた石だ。この石は便利な石でな。私が直接赴かずとも、この石に邪心や穢れ、或いは祟り、呪い等を封じ込めることができる。余り放置してはよくないが、一時的にでも封じ込めておけば、持ち帰り私が祓うことが出来る。」
「凄い石ですね。で、そのような物どうされるのですか?」
「其方に祓ってみてもらう。」
「えぇ!?私がですか?」
「其方は藤寿郎の娘だ。もしかすると、『禊祓』の御力が使えるかもしれぬ。試してみてはくれぬか?」
「試してみてと言われましても、やり方も何も判りません。」
伊都は困惑が隠せない。それでも宮司は期待を込めた顔でゴリ押しする。
「何も難しい事ではない。失敗しても構わん。先程の祝詞を少し変えるだけだ。」
宮司は伊都に手順を説明する。
「後は、内から湧き出す御力を、そのまま石に流し込めばよい。」
伊都は言われるままにやってみる。
「赤城の山に座す、畏きアカイヌヌシの神よ。その御力を賜り、邪心を籠めたる石を浄め給え。」
祝詞を上げると、先程と同じように、御力が込み上げる。それを抑えることなく、石に流し込んだ。
「ほう!できておる!伊都!其方はやはり藤寿郎の娘だ!」
宮司は涙を流さんばかりに喜んだ。しかし、すぐに動揺の顔に変わる。
伊都はその場にしゃがみ込むと、そのまま意識を失った。
「伊都!なんとも、サクヤに続いて2人目か…。藤十郎に叱られるな…。」
宮司は伊都を抱き上げると、治療院に運び込んだ。
翌日の昼前に伊都は目を覚ました。
(そうか…、御力を使い過ぎて倒れたんだ。サクヤさんもそうなったって言ってたもんね。私なんかじゃ当然か…。)
「おぉ、伊都!目を覚ましたか。済まなんだ、私が無理をさせたせいで。」
「いえ、自分の御力を知ることができてよかったです。余りお力にはなれないかもしれませんが。」
「いや、伊都はまだ成長期。力量もこれからきっと増える。悲観することはないぞ。」
宮司は姪というより、もはや孫に対する祖父の様な甘やかせぶりだったが、亡き弟の忘れ形見となれば、仕方ないかもしれない。
「今日はこのまま休養とせよ。無理をするでないぞ。」
宮司はそう言い残し部屋を出た。
(体調は大丈夫そう。力量は…、戻ってるみたい。でも、なんだろう?力量が増えてる?)
もう一度あの石の禊をして確かめたい衝動にかられたが、休養しろと言われている。何処かの誰かと違い、自制も自重もできる伊都は、大人しく休養した。
翌日、宮司に頼み込み、もう一度禊をやることになった。
「本当に大丈夫なのか?無理するでないぞ…。」
「はい。いざとなれば宮司様がおられますので、その時はまたお世話になります。」
そう言って微笑む伊都に、宮司は蕩けていた。
「赤城の山に座す、畏きアカイヌヌシの神よ。その御力を賜り、邪心を籠めたる石を浄め給え。」
今度も石の禊祓は成功した。伊都は多少ふらつきはあるも、意識を失うこともなかった。
「良かった、本当に良かった。」
宮司は、禊が成功したことよりも、伊都が無事だったことに安堵している。
(やっぱりちょとたけど、力量が増えてる。これを繰り返せば力量が増えるのかもしれない。)
その後も機会を見つけては、宮司の禊を手伝うようになった。そして、力量も少しずつ増えていった。
そんなある日、伊都はサクヤとばったり出会った。
(サクヤさんだ。サクヤさんは凄く力量が多いって聞くから、もしかしたらこの事を知っているのかも。)
「サクヤさんこんにちは。」
「あら、伊都。元気?」
「うん、何とかやってる。ねぇ、サクヤさん。少し教えて欲しいことがあるんだけとど…。」
伊都は消え入りそうな声で尋ねた。
「うん、何?」
「サクヤさんは力量が多いでしょ?力量の増やし方とか、知っていたりする?」
サクヤは微妙な顔になる。答えていいのか考えているような、難しい顔をしていた。
「答えにくいなら、私の言っていることが間違いじゃないか、それだけ教えて。」
「うん…。」
「力量を使い果たすか、倒れる寸前まで使えば、回復した時に力量が増えると思うのだけど…、合ってる?」
サクヤは驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になる。
「倒れない程度にするといいよ。破魔の矢の鏃だけ預かって、御力を籠めて返してあげたら喜ばれるわ。」
「あっ!それでもいいんだ。ありがとう、サクヤさん!」
伊都はその後、サクヤに聞いたやり方と、宮司の手伝いを頻繁に行い、里ではサクヤに次ぐほどの力量の持ち主となる。
神楽団一行は、宿場町に着くと、早速舞台の準備を始める。
今日は春の祭で、豊作と商売繁盛を祈願する。演目は四方祓い、神降ろし、縁起物の豊作舞、巫女舞、妖狐退治である。妖狐になる姫役は、サクヤではなく、安澄である。サクヤはそもそも来ていない。
これらの演目の笛を、伊都と省吾が順番に吹くことになっている。
「伊都〜、今日は宜しくね。」
「安澄さん。宜しくお願いします。」
「も〜、さん付けはやめようよ。せめてちゃんにしてくれない?」
「じゃあ、安澄ちゃ…ん。」
「そうそう、その調子でよろしく。今日は最後の演目も吹くんでしょ?サクヤほどは無理でも、私の舞と伊都の笛で、観客を魅了してあげましょ。」
「うん、がんばるね。」
「頼むわよ。」
そう言って安澄は、準備に向う。
(魅了かぁ。私にそんな御力はないけど…、笛の音に禊の御力を乗せたらどうなるんだろう?誰かを祓うことができたりするのかなぁ?)
伊都は誰かと違って、自制も自重もできる子だが、その誰かの力量の増やし方を学んだせいか、力量が増えた過信か、自制と自重を里に置き忘れてきたようだった。
四方祓いは、舞台を浄め、神を降ろす準備をするための舞である。この舞なら禊祓の御力を乗せるに相応しいと思ってしまった伊都は、実践してみることにした。
(一度に籠めるのではなく、ゆっくりとうっすらと音に乗せて…。)
伊都は、御力をゆっくり出しながら、笛の音に乗せた。
四方祓いは、ストーリー性に乏しく、観ている方は多少退屈な舞である。この里の神楽団では、巫女と宮守の両方が2人ずつ出て舞手をつとめる。
(今日の伊都の笛は、なんだか心を持って行かれるような笛ね。気合が入っているみたいだわ。)
安澄は穢れも邪心もないため、特に影響を受けることはなかったが、異変は観客に起きた。
突然泣き出す者が続出したのである。
(何これ!?何が起きてるの?)
安澄は混乱しつつも舞は続ける。
何とか無事終了したが、幕の裏は混乱していた。
「何が起きた?今日はサクヤはいないんだぞ!何でこんなことになってる?」
「そういえば、今日の伊都の笛、何だか不思議な気分になったけど、伊都、何かした?」
(ドキッ!)
「う、ううん!何もしてないし、そんなこと出来ないよ。」
「そうよねぇ、サクヤじゃあるまいしねぇ。」
「そうそう、サクヤさんじゃないもの。」
(ごめんなさい!サクヤさん!)
それ以降は、伊都が笛に御力を籠めるのをやめたので、何とか無事全演目を終えることができた。
(よくわかった…。思いつきでやっちゃ駄目だ。今度からはよくよく考えてからにしなきゃ。そう、やるなら、サクヤさんがいるときだ。)
伊都は無事、自制と自重を取り戻した。サクヤの犠牲と引き換えに。
伊都、実は凄い子です。
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