丹の国の使い
おはようございます
「丹ノ守家の取次方である、田所と申す。先の討伐での合力に感謝すると、国守様よりの言葉である。」
「これは態々、痛み入ります。宜しくお伝えください。」
「うむ。でだ、宮司。今回の討伐で華々しい活躍をしたという山兵に会わせて頂きたい。」
「国守様の使者が、一介の山兵にいかな用がありますかな?」
「国守様が、直接会って礼を述べよと仰せでな、早う連れてまいれ。」
「其者は、昨日出張から帰ったところで、あいにくと、本日はお休みを取らせております。社にはおりませんでな。」
「ならば、呼び出せばよい。早く呼べ。」
(なんと、強引な。ここまで言われば仕方ないか…。)
「藤十郎、呼んできてくれ。」
「はい…。」
「暫しお待ちくだされ。」
「早う致せよ。」
三十分程して、サクヤは不機嫌を隠すことなく現れた。
「ほう、其方が噂の山兵か。本当に女なのだな。中々の器量良しではないか。娘、喜べ。国守様が、先の討伐の礼に、其方らを国府へ招待してくださる。」
「お前は馬鹿か?」
「サクヤ!」
宮司と藤十郎は、流石に狼狽した。それに構わず、サクヤは言い放つ。
「お前は礼を述べに来たのではないのか?礼に来た方が、礼をしてやるからお前が来いとは、どういう了見だ。国守の使者として来たお前の態度は、国守は礼節を知らぬ愚か者だと宣伝しているようなものだ。顔を洗って出直してこい。」
「き、貴様!国守様の使者である私に向かって、その態度はなんだ!無礼が過ぎるぞ、この山猿の娘が!」
「ほう、山猿とな。今のお前の失言で、社の民は皆、お前達の敵にまわったぞ。その覚悟はあるのだな。態々喧嘩を売りにくるとは、中々いい度胸だ。」
「な、い、いや、待て。そのようなつもりはないが…、」
「がはははははは!中々威勢の良い娘だ。」
田所の横に座り、これまでひと言も発さなかった男が、突然笑い始めた。
これには、サクヤも訝しげな顔で男を見たが、先程までの怒気を収め、男に向き直った。
「いや、すまぬな。これも交渉の内なのだ。無礼を詫びさせてもらおう。私が国守の『蘭』だ。山猿の言も撤回させて頂く、この通りだ。」
そう言って丹ノ国の国守『蘭』は、頭を下げた。
「謝罪を受け取らせて頂きます。この社で山兵をしている、『乾』のサクヤです。」
「『乾』、その性を名のり、山兵をしているのか?」
「はい。私は宮司の養女ですが、宮司候補の一人として、見識を広めるため、今は山兵をしております。」
「そうか。田所も常からこの様な無礼な振る舞いをするわけではない。私が命じたことだ。他領とは言え、隣接する社の山兵を敵に回すわけにはいかん。なぁ、田所。」
「はい。これまでの非礼をお詫びいたします。平にご容赦ください。」
そう言って田所は頭を下げた。先程までの高飛車な態度は豹変し、慇懃な態度でサクヤを見つめる。
「中々の役者ぶりですね。危うく本気で斬り捨てるところでした。」
サクヤはそう言って微笑んだ。嘘とも本気ともとれる、そんな言葉に、蘭はニヤリと笑う。
「いや、これ程の人物とはな。先の討伐の礼と、此度の非礼の詫びとして、サクヤ殿を我国府にて歓待させて頂きたい。お受け願えるだろうか?」
「謹んでお受けしましょう。」
「そうか。そう言って貰えるとありがたい。国を挙げて歓待せねばな。いやぁ、態々足を運んだ甲斐があった。宮司殿も気を悪くされたであろうが、許して頂きたい。」
「いえ、まさか国守様自らお越しになるとは思いませなんだ。大したおもてなしもできず、申し訳ありません。」
「忍んできたのだ。盛大に歓待されても困るのでな。気遣いは無用。目的も果たせた。此度の非礼で神罰を受ける前に、お暇するとしましょう。」
そう言って蘭は立ち上がると、「見送りも無用」と言って帰路に着いた。
「田所、どう見た。」
「斬り捨てると言ったのは、半分本気だったでしょうな。実際、中々の腕前でしょう。隙がありませんでした。」
「そうか。宮司の養女というのは本当だろうか。」
「部屋の入口で警備していた兵が、「サクヤ様」と呼んでいたので、本当かと思われます。」
「なる程な。しかし、肝の据わった娘だ。あのような言動、国守の使者に中々できるものではないぞ。」
「確かに。半分本気でたじろいでしまいました。あの若さであの威厳、どんな育ち方をすれば身につくのか。宮司達の対応を見ても、彼等の想像すら超えていたのではないでしょうか。」
「そうだな。宮司は本気で動揺していたようだった。あの調子では、帝にすら盾突きそうだ。」
「しかし、国守様が正体を明かされてから、いや、発言された直後から、態度が慇懃なものになりました。名乗られる前から正体を解っていたかのように。ただの怖いもの知らずな娘ではないようです。」
「そこよな。あれ程人を惹きつける者などそうはおらん。肝が据わり、頭も回り、腕も立ち、そしてあの若さにしてあの美しさだ。うちの馬鹿息子の嫁にとも思ったが、あれでは国が乗っ取られかねんわ。」
「宮司候補であるなら、どちらにしても無理だったでしょうな。」
「諦めがついて、寧ろ良かったわ。」
「サクヤ、私は肝が潰れたぞ…。」
「これでは、胃がもたぬ…。」
「そうですか?想定の範囲内だったと思いますが?」
「使者の来訪までは想定内でも、サクヤの対応は想定外だ!」
「しかし、何故隣の男が国守だと判ったのだ?」
「判ったわけではありません。国守の使者とは言え、隣国の、しかも社の宮司に対するには、余りにもいき過ぎた態度でしたので、何か裏があるかとは思いました。ですので、こちもあの様な態度で応じてみただけです。ただ、隣の男が笑い出した瞬間、察したというか、これが国守かそれに並ぶ者であれば納得がいくと思っただけです。」
「凄い洞察力だな…。しかし、あれは言い過ぎではなかったか?」
「まぁ、何か試されているのだろうと思った時点で、少しイラッときたのはありましたね。」
「少しイラッとであれか…。」
「だが、招待を受ける事になってしまったが、良かったのか?」
「あそこまでの対応をされれば、断れぬでしょう。国守自ら乗り込んで来たわけですから。まぁ、大きな問題はないかと。」
「それと、サクヤが宮司候補と考えてくれているとはな。」
「あれは方便です。利用させて頂いただけで、そんなつもりはありません。」
「そうか…。」
宮司は肩を落とした。
「方便とはいえ、それなりの体裁を調える必要はあるな。」
「体裁ですか?」
「宮司の養女として行くのだ。兵服で行くわけにはいくまい。」
「そうなんですか?兵服でいくつもりでした。」
「社の威信に関わる問題だからな。主導権を渡さないためにも、見た目は大事だからな。」
「…そうですか。面倒臭いですね。」
サクヤは興味なさげにそっぽを向いた。
後日、改めて招待の使者がやってきて、日時を伝える。参加人数等、細かい取決めを行い、それに合わせて準備を進めていく。
「サクヤ様、お似合いです。」
社の装束を取り扱う仕立屋の女が、笑みを向けながらも、細かい調整を続ける。
「動き辛い…。」
宮司候補としての体裁を調える為に用意された装束は、巫女装束の豪華版といった装いで、巫女装束すらまともに着ないサクヤは、動き難さに戸惑う。
「これなら、神楽の衣装の方が、余程動ける…。」
「馬子にも衣装というか、サクヤはそもそも器量良しだから、華やかな衣装に負けてない。似合うと思うぞ。顰めっ面さえなければな。」
藤十郎が手放しに褒めるが、サクヤの顔を見れば苦言を呈したくもなった。
「はい。サクヤ様は背もお高く、凛とした美人ですからね。神々しさすら感じます。これなら御社の威厳も保たれることでしょう。」
女は嬉しそうに微笑む。
「はぁ…。仕方ないとは言え、なんとも面倒なことだ。」
サクヤは招待を受けたことを後悔した。
次の話は外伝的な話になります
最近出番の無かったな、あの人の話です
お楽しみに




