それぞれの帰還
「父上。明日彦、只今帰りました。」
「うむ、無事の帰還なによりだ。何か得るものは会ったか?」
「以前父上に教えて頂いた、赤犬山に行って参りました。」
「ほう、赤犬山に。参拝してきたのか?」
「いえ、夜陰に紛れて潜り込みました。その方が天女に会えそうな気がしましたので。」
「潜り込んだ?!何と無謀な。私とて、迷い込んでしまっただけで、潜り込んだわけではないぞ。で、天女には会えたのか?」
「父上が会ったという天女ではありませんでしたが、鬼神の如き女人に会いました。」
「鬼神の如き…。それは災難であったな。」
「いえ、見目は美しく、神々しい程の若い女子でした。」
「ほう、美しい女子か。よもや懇ろに?」
「まさか。一つ対応を誤れば殺されていたでしょう。そのような事はなく、追い返されました。」
「それ程猛々しいしい女子が?其方ならやり込めれたのではないか?」
「いえ、なんと言うか、まったく敵う気がしませんでした。幽玄斎とも互角に渡り合うのではと思わせる程の圧を感じました。恐らく、私より歳下ではないかと思うのですが…。」
「なんと、それ程か…。其方より若いとは、いくつくらいか?」
「はっきりとは。女子にしては背が高く、顔は幾らかあどけなさが残りますが、男勝な感があるも、かなり美形でした。私より2つ3つ若いのではないでしょうか?」
「なるほどな…。」
(2つ下…。コノハと私の子であれば、計算が合う。よもや、本当にそうなのか?)
「で、それきりか?」
「いえ、宿に戻った後、2日後に宿場町で祭があると聞き、滞在を延ばしたのです。そこにやって来た社の神楽団に、その娘が山兵の装束で現れました。それにも驚きましたが、神楽の舞手としても出演していまして…。」
「山兵?女子なのにか?しかも巫女舞ではなく、神楽にか?」
「はい。そこで神役として舞っていたのですが、その舞は言葉にするのが難しいほど見事で、すっかり魅了されました。観衆もしわぶきひとつあげず魅入っておりました。」
「そ、それは…、是非観てみたかったな。」
(会ってみたい。コノハとの子かもしぬし…。だが、会ってどうする?まさか、父親だと名乗る訳にもいくまい。コノハが望んでもいないことを、此方が勝手にするわけにはいかぬ。)
「どうかされましたか?父上。」
「ん、あぁ、すまぬ。他は何か目に止まったものはあったか?」
「そうですね…。やはり、海は素晴らしかったです。話に聞くのと、実際に見るとでは、こうも違うのかと実感しました。」
「そうか、それはよい経験をしたな。」
「父上。私は是非、あの神楽団を都に呼んでみたいのです。」
「神楽団を?都にか?」
(確かに、娘かもしれぬ者に会うにはよい口実になるかもしれぬ。しかし、明日彦がここまで言う舞手だ。周りが放ってはおくまい。そうなると今は守ってやることも難しい。下手に目立つ事は控えたほうがよい気がする。)
「確かに、観てはみたいがな。ただ、いくら朝廷の権威といえど、社は不可侵。おいそれと命じるわけにはいかぬのだ。それに、其方が入れ込んでおる娘、下手に目立つと、誰に目を付けられるかわからんぞ。」
「そ、それは困ります。あまり、不用意なことはしない方が良いみたいですね。」
「そうだな。何かの折に社に参拝し、神楽を観せてもらうくらいなら、良いかもしれんな。」
「その時は是非、私も同道しとうごさいます!」
「そのような機会があればな。」
「宮司、無事帰還しました。」
「ご苦労だったな。今回は特に問題はなさそうか?」
「やはり、サクヤが出ると観衆の数が違いますね。大変な盛り上がりでした。」
「そうか。だが、問題は起きなかったのだろう?」
「そうですね、観衆は少し慣れてきたのかもしれません。ただ、今回は旅の者が、サクヤに会わせろと言ってきました。話によると都の者、しかも、それなりの身分のようです。」
「何故そのような者がサクヤに?また、魅了でもしたのか?」
「それもあるかもしれませんが…。どうも、御神域に入り込んだところをサクヤに見つかり、追い帰されたようです。」
「何!?そのような事があったのか。」
「特に悪さをしたわけではないようです。大人しく出ていったそうで。」
「都の者、しかもそれなりの身分の者が、何故1人で御神域に入り込んだのだ?」
「そのあたりはよくわかりません。サクヤに聞いたら、『天女に会いに来たとか、訳の分からんことを言っていた』とのことで…。」
「天女…。まったく意味が判らんな。サクヤのことではないのだろう?」
「そういうわけではないみたいですが、正直よくわかりません。」
「しかし、丹の国といい、都の者といい、何故サクヤは厄介事を引き寄せるのだろうか?」
「無意識に、何でもかんでも魅了してしまいますからね、あれは。」
「ただいま。」
「おかえり。あれ?何か機嫌が悪い?」
「そうかな?そんなつもりはなかったんだけど。」
「眉間に皺が寄っているわ。何かあったの?」
「この間、御神域に入り込んだ阿呆が、今度は神楽を見に来て、私に合わせろと頭に詰め寄っていたから追い返した。」
「はぁ、余程気に入られたのね。都の人なんでしょ?かっこよかった?」
「さあね、男の良し悪しは、よくわからない。それなりの身分の者だろうと言っていたな。安澄辺りなら喜ぶかもしれない。」
「もう、あてにならないわね。何か惹かれるものとかないわけ?」
「惹かれるというのがよく分からないが、不思議と何処かで会ったことがあるような気がする。会ったことがあるはずはないんだが…。」
「へぇ〜。それは面白いわね。何か縁があるのかもよ。」
(縁…?縁って、もしかして彦次郎様と関係があったりする!?もしかして、相手はサクヤの存在に気付いているとか?えっ、どうしよう!)
自分で言いながら、自分でパニクっているコノハを、不可解そうな目でサクヤが見る。コノハは取り繕うように真顔になる。
「そんな事よりサクヤ、口調!」
「あぁ、忘れてた。きっと機嫌が悪いからだ。」
里に戻り、神楽団は解散した。片付けを終えた省吾と、護衛に付いていき、武装を解いた小平太が安澄を捕まえて話をしていた。
「安澄、あの形の良い男は誰だったんだ?」
「私は見てないけど、そんないい男だったの?」
「小平太が思わず危機感を憶えるくらいには、いい男だったな。」
「へぇ~、会ってみたかったなぁ。で、サクヤちゃんは、どんな様子だったの。」
「まったく興味なさげに、次会ったら殺す的な事を言ってたな。でも、参拝者としてならいい的な事を言ってた気がする。」
「なんとも、サクヤちゃんらしいというか。逆にそこがいいのかも。」
「なんでも、都から来た身分の高い者らしい。お付がいたくらいだ。」
「え〜、いいなぁ。玉の輿ねぇ。」
「なんだ、安澄はそんなのに憧れているのか?」
「自分がそうなったら困ると思うけど、話を聞く分には素敵じゃない。」
「女子の感覚はよくわからんな。」
「で、小平太は指を咥えて見てたの?」
「誰が指なんか咥えるか!サクヤがさっさと引っ込んだから、出る幕なんて無かったんだよ。」
「ところで、安澄はサクヤの意中の相手とか、知らないのか?」
「さてな?知ってても言わないけどね。」
「なんだよ、意味ありげに。勿体ぶることか?」
「こういう事は、駆引きが大事なの。私が余計な事したら、サクヤに悪いじゃない。まぁ、本当に知らないけどね。平八郎さんじゃないことだけは確かだわ。」
安澄は肩を竦めて舌を出す。
「そういう安澄はどうなんだ?」
「そういう省吾はどうなのよ?」
2人が不敵な笑顔で睨み合っている横で、小平太は苛立ちを隠せず、貧乏揺すりをしていた。
「小平太、貴方悠長に構えてると、他に攫われるわよ。サクヤ、あんなでも人気はあるんだから。なんせ、魅了されてる男が山程いるわけだし。幼馴染の優位性なんて、もうなくなってるわよ。」
「ぐっ…。しょうがないだろ。今のままじゃ、とてもサクヤの隣になんて並べない…。自分の御力すら分からないんだぞ…。」
「そんなこと、関係ないと思うよ。男の魅力って、そういうことじゃないんだけど…。まぁ、好きにすれば。」
そう言うと、安澄は巫女寮の方に行ってしまった。残された小平太と省吾は、なんとも言えない顔のまま、家路についた。
「宮司、丹ノ国から使いの者が来ています。お会いになりますか?」
「会わぬというわけにもいくまい。今すぐ参ろう。」
(言ってるはしからこれか…。次から次へと、面倒なことだ。)
次回、丹の国の使者です




