再開
休暇の明けたサクヤは、的場で鍛錬に励んでいた。
「それで本当に御力を籠めていないのか?」
「意識的には。全く籠めていないというと嘘になるかもしれません。」
「無意識に籠めれるものなのか…。」
弥九郎は首を傾げる。
「頭の御力も、便利そうですね。矢の軌道を変えれるなんて。」
「俺の御力は、『手を触れず物を動かす御力』だからな。でも、僅かにだ。」
「僅かでも、放った矢の軌道を変えれるのは強味だと思いますが。」
「そこに活路を見つけたから、弓兵になったんだ。重たい物などビクともしないからな。」
そう言って、弥九郎は明らかに見当違いの方向を向いて矢を放つ。
しかし、放たれた矢は、途中で曲がると、的の中心に突き刺さった。
「ただ、この御力に頼り過ぎて、実際の腕前が上がらないのが玉に瑕だな。」
「確かに、多少損じても修正できますからね。」
2人が鍛錬に勤しんでいると、竜造が声をかけてきた。
「サクヤ、明日は頼むぞ。」
「明日?何かありましたか?」
「お前なぁ、明日は宿場町の奉納神楽だ!」
「あぁ、そう言えば。明日でしたか。すっかり忘れてました。」
「今からでもいいから、舞を合わせに来い!最近全く顔を出してないだろう。お前は一応、神楽寮兼務なんだぞ。」
「そうでしたね。忘れてました。」
「ぅおい!」
「冗談です。今行きます。」
サクヤは、神楽寮で舞の稽古に励む。
神意外は舞わない。というか、舞わせて貰えない。以前、妖狐を演じて大惨事になったからである。
だが、サクヤが神楽に出演するおかげで、社の財政は黒字に転じた。参拝者が増え、物販は好調。出演依頼も増え、礼金も弾んでもらえる。最近は安澄にも人気が出てきたので、サクヤの負担も減りつつあった。安澄は巫女舞だけでなく、姫役も演じるようになったからだ。
「たまにしか顔を出さないのに、舞は完璧ね。」
「神しか舞わないからな。他を憶えなくていいから、技量も上がるさ。」
「はぁ、サクヤが男ならなぁ。サクヤの神を見ると、他の男が見劣りするのよね。」
「なんだ?もう連れ合いを探しているのか?」
「もうって、そろそろ始めないと、いい男は他に取られるじゃない。」
「そんなものなのか。」
「サクヤはいいわよね、小平太がいるし。」
「小平太?何故小平太なんだ?」
「えっ?小平太とは違うの?てっきり夫婦になるんだと思ってた。じゃあ、私も考えてみようかなぁ。」
「ふぅん、小平太ってそんなにいい男なのか?」
「えぇ、男前だし、女子には優しいし、結構人気あるわよ。サクヤがいるから皆遠慮してたけど、サクヤにその気がないって知れたら、奪い合いになるんじゃないかしら?」
「そうか、それは意外だったな。」
「サクヤには、他に意中の人がいるの?」
「そんなこと考えたことも無かったな。」
「まさか、平八郎さんだったり…。」
「論外だな、まったくその気はない。」
「ほんと、サクヤが男だったらよかったのにね。」
「その方が余計な事を考えずに済むから、楽だったかもな。」
「余計な事って…。これじゃあ、男になっても、夫婦になる女が可哀想だわ。」
(成人か…。少しは真面目に考えなければならないのかもな。)
サクヤ達は宿場町に向う。道中、サクヤは何時も山兵の兵服である。
神楽団がやってくると、宿場町は黄色い声があがる。サクヤが山兵だということは、もう知られているが、凛とした佇まいで脇目も振らないから、声をあげる以上の事は起きない。
そんな神楽団の一行を、興味津々で見物する男3人組がいた。
「滞在中に祭とは、運が良かったな。」
「まさか、こんな鄙びた宿場町に、5日も滞在することになるとは思いませなんだ。」
「折角なら観てみたいじゃないか。ここの社の神楽は評判らしいぞ。」
「随分美形の舞手がいるらしいですね。黄色い声が飛んでいるのは、それが原因らしいですよ。」
「だが、神楽団というより、山兵に声を掛けているようだが…。」
「うわぁ、あれかぁ。確かに美形の山兵だなぁ。」
(あの山兵は、あの夜の!山兵だったのか。だが、女子が山兵なのか?)
「山兵が神楽も舞うのか。それとも演出か?」
「山兵の格好をしているだけってことですか?」
「さてな。それは分からん。」
「そんな事より早く行こう。席が埋まってしまう。」
3人は舞台に向う。自然と早足になる明日彦に、2人は苦笑いで顔を見合わせた。
「なんと、凄い混雑ですな。」
「なんでも、今日は神楽団でも人気の2人が一緒に出演するそうですよ。」
「まぁ、田舎の神楽だ。期待し過ぎると裏切られますぞ。」
そんな2人の会話を聞き流し、明日彦は全く違う期待をしていた。
(あの女子に、また会えるかもしれない。)
昼過ぎの開演を前に、席はすっかり埋まってしまい、立ち見が多く出ている。
3人は、何とか中程の席を確保していたが、日頃このような混雑の中で鑑賞することがないため、少々困惑していた。
「やはり、下々の者達と並んで座るのは、微妙な心地ですな。」
「中々出来ぬ経験だ。これも見聞を広めるうちのひとつだ。」
「若は我慢強うございますな。」
「露店で売られている食べ物は美味いですよ。」
「私には少々味付けが濃いようだ。」
そんなことを話しているうちに、開演の時間を迎えた。
四方祓いから神降ろしを終え、巫女舞が始まる。
「退屈な舞から、やっと華のある舞になりましたな。」
「あの中央で舞う娘は、中々の器量良しですな。なるほど、人気があるのも分かる。」
巫女舞が終わると、鬼婆退治、妖狐退治と続く。今回、妖狐を演じるのは安澄であった。
「あれは、先程の巫女か。やはり華があるな。」
「あれなら、都でも名の売れる舞手になれそうですね。」
「話が分かりやすく、民衆が観ても楽しめる舞だな。笑いもあり、哀憐もあり、思いの外見応えがある。」
そして、最後の演目は、サクヤの出演する大鬼退治である。
3人の神と、3匹の鬼が対峙する、最終演目に相応しい、豪華な演目である。因みに、この演目にも鬼に拐われた姫役として、安澄は出演している。
演目が始まり、サクヤが登場すると、大歓声があがる。しかし、その歓声は直ぐにやみ、一挙手一投足を見逃すまいと、しわぶきひとつあげない。
「なんとも…人を惹きつける舞だ…。」
幽玄斎が一言呟いた後は、3人揃って舞台を、いや、サクヤを見つめるだけだった。
明日彦は、あの夜に会った娘と同一人物とはとても思えなかった。あの鬼神のような女子が、神々しくもあるほどの舞を魅せる。時より見せる猛々しい舞に、その面影を感じたが、怖さを感じる程の冷気は微塵もない。この場にいるだけで癒されるような、浄化されるような心持ちになった。
鬼を退治し、寿ぎの舞となる。少し場の空気が緩むが、誰も口を開きもしない。
舞が終り、観衆に一礼して顔を上げたサクヤが、不意に微笑みを見せる。
この瞬間、観衆と共に、3人も溶けた。
放心状態のまま、明日彦は閉演の挨拶を見届けた。観衆が退場し始めて、やっと我に返った。
「なんというか…、圧倒された、いや、魅入ってしまいました。都でもあれ程の舞手はいますまい。」
「うむ。これ程舞に魅せられたのは初めてだ…。」
「若?!大丈夫ですか?」
我に返った明日彦は、訥々と喋り始めた。
「実はな…、あの夜、抜け出して赤犬の山に入ったのだ。」
「えっ!?そのような事、あの夜は、女郎を見て廻っていたと…。」
「父上に教えられてな。あの山には天女の様な女人がいると聞いて、会いにいってみたのだ。」
明日彦は、2人にあの夜の顛末を語った。
「なんと、無茶をなさる…。何かあったら、どうなさるのか。」
「すまぬ。だがな、あの夜に会った娘は、今の舞手だった。あの時は鬼神のような女子だと思ったが、何故か惹かれるものがあってな。別れ際に、また会える気がすると伝えたのだが…。こんなに早く会えるとはな。」
「い、いや、気のせいだって言われたと仰ってましたましたけど…。」
「だが、実際会えたのだ!」
「会えたというか、観ただけですよ。」
「そうだな…。よし、会いに行こう。」
「えぇ〜、会ってもらえるのでしょうか?凄い人気ですよ。」
「わからぬが、行ってみねばわかるまい。今動かねば、必ず後悔する!」
「えぇ〜、大丈夫ですかねぇ。」
明日彦は立ち上がると、舞台裏に向け動きだした。
舞台裏に廻ろうとした明日彦を弥九郎が止める。
「此処から先は立ち入りできぬ。引き返してくれ。」
「私は、あの舞手に用があるのだ。取次いでくれぬか?」
「舞手?悪いが、そういう手合は受けつぬことになっている。」
「顔見知りなのだ。会ってあの夜の礼、いや、詫びだけでもさせて欲しい。」
「詫び?あれに迷惑を掛けた輩なら、余計に会わせるわけにはいかないな。」
「そこを何とか!もう都に帰らなければならぬのだ。この機を逃せば、次がないかもしれぬ。」
「都に?そう言われてもな。」
「なんだ、あの夜の男か。まだこのあたりを彷徨いていたのか?」
弥九郎が押し問答をしているのを見たサクヤは、その奥に見覚えのある男が必死に訴えているのを見て、顔を出した。
「おお!出てきてくれたか。あの夜の詫びを言いに来たのだ。」
「今度会ったら射殺すと言っておいただろう。ここが御神域でなくてよかったな。」
「なんと、無礼な!この方は…。」
「幽玄斎、よい。」
「ふん、其方の従者か。余程の身分なのだろうが、御神域に無断で入る者は、誰であろうと容赦はしない。来るなら参拝者とし来るのだな。」
「参拝者としてなら会ってくれるのか?」
「そんなことは言っていない。何故会わねばならぬ?」
「いや、まぁ、その、あれだ…。」
「大した理由もないのだろう。こちらに用はない。詫びも不要だ。帰れ。」
そう言い放つと、踵を返して立ち去った。
「若、何故あのような無礼者に…。」
「とても、先程の微笑を見せた舞手とは思えませんね。なんとも豪胆というか、傍若無人というか…。」
「よい。最後に話が出来ただけでも上出来だ。流石に父上のようにはいかなかったがな。」
つっけんどんな対応を受けたわりに、嬉しそうな顔の明日彦を見て、2人は肩を竦めた。
サクヤも明日彦も2人の関係に気付いていません。
今後の2人がどのように関わっていくのか、お楽しみに。




