クーマ退治
おはようございます
「すっかり長逗留になりました。よい返事を持ち帰れて安堵しています。詳細が決まりましたら、また参ります。」
「そちらの宮司にも宜しくお伝えください。」
「やれやれ、やっと帰ったか。」
「余程サクヤに会いたかったのでしょう、色々探ってたようです。」
「まったく困ったもんだ。でも、まさか女とは思わんだろうがな。」
「ましてや14とは。」
「冷静に考えると、無理が過ぎるとは思うがな。」
「ですな。」
藤三郎と藤十郎は、見送りながら苦笑いを零した。
一旦帰った使者は、一月後に再びやって来た。
「国守の許しが出ました。決行は半月後。熊の居着いた清水の里の北側から国守の兵が、東から我等梟の社隊、南西から赤犬の社の兵にお願いしたい。清水の里は盆地です。3隊が峠に到着してからの作戦開始となりますが、里の何処にいるかまでは分からないので、見つけ次第笛で合図をする手筈です。」
「うむ、了解した。国守の兵ということは、当然『武士』が統率するのだろう?よくお許しがでたな。」
「国守様も背に腹は代えられないのでしょう。武士達も一度負けているの手前、強く言えないのではと思っています。」
「なるほどな。では、この件は一度頭達に図ってから詳細を決めよう。」
「では、私はそれまで此方に逗留させていただきたく…。」
「…用意させよう。」
「と、言うわけだが。弥九郎、どう考える。」
「考え得る最強戦力で臨む必要があるでしょう。武士ですら敗退してるとなれば、一筋縄ではいきますまい。」
思案顔の弥九郎に、左馬介は尋ねた。
「国守というのは、瑞ノ守様とは違うので?」
「隣の国守なので、丹ノ守様だ。赤犬山の御神域は、隣国の丹ノ国に接しているからな。今回向うのは丹ノ国だ。」
「あぁ、なるほど。つまり、梟の社は、丹ノ国の中にあるんですね。」
「そうだな。うちもだが、御神域は国守の支配地内にあるが、支配を受けているわけではない。其々独立して自治を行っている。因みに、各国に国守を派遣しているのが『帝』だ。」
「あぁ、何か最初に習いましたね。思い出しました。じゃあ武士ってのは?」
「国守の家人だな。分かりやすく例えるなら、国守が宮司で、武士が山兵の頭や隊長格だな。足軽が兵だ。」
「なるほど。じゃあ俺は足軽か。」
「ただ、あちらの武士達は曲者が多くてな。表向きは国守に従っているが、裏では邪な事をしている連中が多い。だから、余り関わり合いになりたくないんだが…。」
「そんな連中、妖魔の餌にした方がいいんじゃないですか?」
「その妖魔の被害が此方にも来るかもしれんから、困ってるんじゃないか。」
「そうですねぇ。」
「武士か…。折角の機会だ。武士と呼ばれる者達の力を見てみたいな。」
「サクヤ、何か目的が変わってないか?」
「そうか?」
「お前が言うと、何故か不穏なんだよ。」
「失礼な。だが、武を生業とする者達なら、それなりの実力があるのだろう?隠れて見る分には問題ないんじゃないか?」
「何を考えている?サクヤ。」
「何、純粋な好奇心だ。」
「サクヤ達の姿がないようだが?」
「先遣隊と称して、クーマの居座る里に行ってしまいました。」
「はぁ〜。ちゃんと合流できるんだろうな。」
「恐らく。まぁ、サクヤのことです。まったくの考えてなしというわけではないでしょう。」
「とにかく頼んだ。無事の帰還を祈る。」
藤十郎は弥九郎達を激励したが、一抹の不安が拭い切れなかった。
「あれが国守の兵ですね。」
サクヤは左馬介と小平太、隠密寮の猿丸の4人で、武士達が駐屯する宿場町に潜り込んでいた。
猿丸は、情報収集を主な任務とする隠密寮の若手で、サクヤより3つ上である。
サクヤ達は、旅の行商に扮して、丹の国の宿場町に潜入、武士の動向を探っていた。
「サクヤさんのことだから、何か考えがあるんでしょうが、武士の事を探ってどうするんです?」
「言ったろう?純粋な好奇心だ。」
「俺は嫌な予感しかしないんだが。」
「いくら隊長でも、武士に喧嘩をふっかけたりはしないでしょう?」
「それは武士達次第だな。ところで猿丸殿、武士達の人数は?」
「総勢50と言ったところでしょう。その内足軽が40です。」
「そうか。武士の頭はどの男か分かるか?」
「はい。あちらで酒を飲みながら談笑している、ひときわ大柄な男です。朱色の鎧を纏って、朱色の柄の槍を脇に置いています。」
「あぁ、あれか。」
サクヤはそれとなく朱槍の男を観察していた。体格は良く力はありそうだが、やや腹が出ており、鍛え上げた身体とは言い難い。姿勢が悪く、体幹も弱そうである。
(こんなのが武士の頭か。周りの者達もそれなりに腕は立つだろうが、今ひとつ纏う気に迫力がないな。)
サクヤは、少し見ただけで、武士というものに幻滅した。
(態々潜入してまで見に来た甲斐がないな。)
「いや!やめてください。」
武士の頭は、酒を運んできた店の娘の手を掴み、下卑た笑いを浮かべた。
「酌ぐらいよいであろう。ちょっと付き合え。」
「大将の目に留まるなぞ、光栄なことだぞ、娘。」
取り巻きの男達も下卑た笑いを浮かべなが、娘を取り囲もうとしている。
「外道め。」
小平太が進み出ようすると、サクヤが小平太の肩を掴む。
「下がってろ。」
サクヤは既に矢を番え、大将と呼ばれていた男に矢を向けていた。
「まっ!?それは流石に!」
小平太が止める間もなく、サクヤは矢を放っていた。
放たれた矢は、男の頬を掠め、茶店の柱に突き刺さった。
当然、男達は一斉にサクヤの方に顔を向ける。
「てめぇ!何のつもりだ!此方の方が何方か知らぬのか!」
「下衆の頭だろう。」
「テメェ!誰にも向かって口を利いておるのだ!」
「だから、下衆の頭だろう?」
男達は刀を抜き、サクヤ達に向かってくる。
「おいおい!サクヤ、何やってんだ。本当に喧嘩を売るやつがあるか!」
「くくく、流石はサクヤさん。やることが何とも痛快ですね。」
「ヤバいですって!どうするんです!」
「下がってろ。これは私の喧嘩だ。」
サクヤは男達に向かって続け様に矢を放つ。放たれた矢は、何れも男達が持つ刀の柄に刺さり、全員刀を取り落とし、腰を抜かす。
「あ、妖だ!」
「失敬な。私を妖扱いするなぞ、小平太以来だ。」
(まだ根に持ってやがる。)
「て、テメェ。この俺の顔に傷をつけるなぞ、ただで済むと思うなよ!」
「では、どうすれば済むのだ?」
「この朱槍の錆にしてくれるわ!」
「ちゃんと手入れをせぬから錆るんだ。槍使いの風上にも置けぬな。」
「四の五のうるせぇ!くたばりやがれ!」
武士の頭は、槍を薙ぎ払う。
サクヤはフワリと跳んで躱すと、男に向け跳躍し、男の結われた髪を小太刀で断ち切る。
「これはついでだ。」
サクヤは男の股間を、思い切り蹴り上げた。
男は蹲り悶絶する。
サクヤはそんな男を、蔑んだ目で見下ろすと、捨て台詞をはく。
「お前は、武器を持つに値しない男だ。お前に妖魔退治などできない。いや、する資格がない。さっさと立ち去れ。」
「お前、隠れて見るって、言ってなかったか?」
「まあ、不測の事態ということはよくあることだ。気にするな。」
「いやはや、見事な悪漢退治。典型的過ぎる悪役の台詞は、笑いを堪えるのが大変なほどでしたな。そして、見事にそれを退治するサクヤ様。実に愉快でした。」
「様付けはやめてくれ。私は極めて不愉快だったがな。武器を持つ者は、弱者を守り、慈しまなければならない。あ奴は武器を持つに値しなかった、それだけだ。」
「やっぱり隊長怖ぇ〜。」
サクヤ達は、その場を速やかに立ち去ると、山兵に合流した。
「サクヤ…。どうするのだ、この後…。」
「なんと言うことはない。粛々とクーマを退治するだけだが。」
「しかし、何のための合同作戦だ。」
「もとから、あんな連中あてにしなくても、我等だけで倒せると思ってる。なんの問題もない。」
「いや、退治できるとかできないとかの問題ではなくなってるんだが。」
「そんなことより、左馬。例のものは用意したか?」
「はい、準備できてます。」
「じゃあ、早速始めようか。」
サクヤは不敵に笑う。
(サクヤの笑顔が見れるのは良いことだと思っていたが、こんな怖い笑顔なら、見ない方がよかった。)
弥九郎は泣きそうな気分だった。
里の水場に置かれた桶には、蜂蜜が並々と入っている。蜂蜜には痺れ薬と睡眠薬が入っていた。
「サクヤ、長く生きてきた妖への敬意は何処に行った?」
「最期に大好物の蜂蜜をたっぷり食べれるんだ。十分な労いではないか。」
「俺は最近、お前が怖いぞ…。」
用意した蜂蜜を食べに来る熊の妖魔を、少し離れた場所に隠れて待ち構える。
程なくクーマがやってきて、周りを警戒しながら蜂蜜に近づく。
躊躇いがちに蜂蜜を一舐めすると、一気に舐め始めた。
全部平らげたクーマに異変が起きる。身体を痙攣させながら、フラフラしていた。
「薬が効いて来たようだな。」
サクヤは弓を番える。番えた破魔の矢は黒曜石の鏃で、自ら御力を籠めたものだ。
サクヤが矢を放つと、クーマの眉間を確実に捉えた。
クーマは仰向けに倒れて、あっさりと討伐された。
サクヤ達はクーマの周りを囲むと、祝詞を上げ礼をし、クーマを弔った。
「其方ら、妖魔は何処におるのだ!」
駆けつけてきたのは、武士達だった。
クーマは既に塵になり始めていたが、サクヤは武士の方に見向きもせず、弔いの礼を取り続けていた。
「其方、大将のお声掛けを無視するとは何事か!」
「黙れ下衆共。弔いの途中だ。」
サクヤは武士達に言い放つ。
「無礼者!此方の方を何方と心得る。」
「だから、下衆の頭だろう。もう髪は結えるようになったのか?」
サクヤが振り向くと、武士達の顔は青褪めた。
「お、お、お前は昨日の!赤犬の山兵だったのか!」
「貴様らのような下衆、私は知らん。」
「知らぬはずがあるか!我等は国守様の家人だ!我等への無礼は、国守様への無礼だぞ!」
「そうか。町の娘に不埒を働くのが、国守様の家人だったのか。」
「な、何を、き、貴様!我等がそのような事をするはずがない!」
「お前、頭大丈夫か?私は知らぬと言うておる。知っているのは不埒を働く悪漢だが、其方らがそうなのか?」
「い、いや、そのような、な、なあ。我等がその様な不埒を働くはずがなかろう。」
「で、あれば、私は其方らを知らぬはずだが?」
「う、うむ。そうだ。我等も其方のことなど知らぬ。」
武士達はシドロモドロになって、サクヤのことは知らないと言い張った。
「そ、その様なことはいい!妖魔はどうしたのだ。」
「既に退治した。其方等の出番はない。」
「な、た、退治しただと!そんなはずがあるか!我等をもってしても退治できなかった妖魔だぞ。」
そこに、梟の社の兵達も集まってきた。
「おお、これは赤犬の。なんともあっさり退治されたようですね。」
「この程度の妖魔に梃子摺る理由がわかりません。鍛錬が足らなさ過ぎるのでは?」
サクヤは辛辣に言い放つ。
「貴方が赤犬の社一の弓の使い手と言われる方ですか?お初に御目にかかる。」
「梟の方でしたか。」
「まさか、こんなにお若く美し方とは思いませんでした。その御技を見逃したは痛恨でしたな。」
「其方等、我等を無視して話をするな!国守様の家人である我等に対して無礼である!」
「五月蝿い、黙ってろ。お前等のような下衆が、国守の家人を名乗るなど、その方が無礼だ。」
「な、な、何を、き、き、貴様!」
「お前等、国守の権威を笠に、随分と悪事を働いているようだな。年貢の横領なぞ、国守に知られたら斬首ものだと思うが。」
「な、なぜ、そん、そのような…。その様なことしておるはずがなかろうが!」
「ちょっと調べれば分かるような、杜撰なやり口だ。今此処で明らかにしてもよいが、いいのか?」
「この餓鬼が!聞いたような口を利く!そこに倣え!」
男が刀を抜いたが、サクヤは直ぐ様小太刀を抜き、男の腕を斬り落とす。
「うぎゃぁー!う、腕がぁ!」
「既に国守には、お前等の悪事を証拠と共に渡してある。覚悟することだな。」
サクヤは言い放つと、踵を返して帰路についた。
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