娘か帝か
折角都まで来たサクヤは、日輪大神へも挨拶しておこうと思い、都で一泊した後大社へ向かった。
与一郎は馬がないので慶乃と同乗している。
「サクヤ殿!どうされたのですか、突然。」
「いや、近くまで来る用があったので、ヒノワ様にご挨拶をと思いまして。あと、妹御は元気にやっていますのでご心配なく。」
「あぁ…ご迷惑をおかけして申し訳ない…。」
健平は茜の話になると力なく肩を落とした。
「では、客室を用意します。御山へは明日で良いですか?」
「はい、そのつもりです。」
「そうだ、皇弟殿もこちらに滞在しておられます。ご挨拶されてはどうですか?」
「皇弟殿はこちらに入り浸っておいでなのですか?」
「いえ、丁度力量の回復でいらしているだけです。最近は帝一族始め、高位の公卿様達も良くいらっしゃるのですよ。」
「そうですか。ではご挨拶だけ…。」
サクヤは夕餉を済ませた後、豊秋彦のもとを訪れた。
「ご無沙汰しております、蔵人頭様。」
「おお、サクヤ殿…他は居られぬようだな…。」
豊秋彦はサクヤを招き入れると席を薦め、側近を排した。
「大した活躍のようでなにより。白銀童子と遭遇したと聞いて肝を冷やしたぞ。」
「ご心配には及びません。瞬殺致しました故。」
「ははは!瞬殺か、流石だな。」
「帝一族も力量を増やし、結界に御力を籠めておられるそうですね?」
「ああ。今日ここにおるのもその一環だ。帝も何度か御力を籠められた。その大変さも御理解なさったようだがな。」
「…何時まで続きますかね。」
「そう言うな…。これも必要な過程なのだ。」
「まぁ、そちらのことはお任せします。」
「うむ、任された。で、コノハは元気でやっておるか?」
「はい、元気にしております。多少の変化はあったのですが、そのことについて、ここだけの話に留めてくださいますか?」
「なんだ?サクヤの頼みであり、コノハに関わることであれば当然約束は守ろう。」
「有難うございます。実は母様に『治癒の御力』を使っていただけるようにしました。」
「はぁ?!ど、どういう意味だ?」
「少し失礼しますね。」
サクヤは豊秋彦の前に立ち、額に手を翳した。
「なんだ…この熱は…」
「はい。これで父上も秘密の共有者です。」
「『秘密の共有者』?何が起きたのだ?」
「父上も母様同様、『治癒の御力』が使えるようになったということです。まぁ、父上は帝一族ですから、突然発現したとしても大きな問題はないでしょうが、余計な争いを避けたいのでしたら、秘密にしておいた方が宜しいかと。」
「…待て。何故其方にそのような事が…」
「前回ヒノワ様にお会いした際に賜りました。母様で検証済ですが、初めて使うときは力量切れに御注意ください。
今回、こちらに来たのは、ヒノワ様にこのことを報告をするために参ったのです。」
「…いや、はぁ?ちょっと待ってくれ。情報量が多過ぎて…なんと言っていいやら…」
「わかっているとは思いますが、この御力を私が使えること、他言無用でお願いしますね。」
「も、勿論だ。このようなこと…帝をはじめ公卿共に知られたら大変なことになる。」
「そうですね。もっとも、今の朝廷に私達を従わせる力などあるとは思えませんけど…。」
豊秋彦は思わず息を呑んだ。
「確かに、そうだろうな。其方等の社が本気でかかったら、朝廷を滅ぼすくらい造作もないだろう…。しかし、何故そのような重要な秘密を?」
「秘密の共有者は少ないに越したことはありませんが、『父上』が私を裏切ることはないと信じておりますし、この秘密を知ること、そして、父上が『治癒の御力』を持つことは『楔』として機能すると思ったからです。」
「『楔』か…。なるほど、これほど強力な楔はないだろうな。其方、私に何をさせたいのだ?」
「いえ、特に何も。常に私達の味方であって頂ければそれで。」
「楔なぞなくとも当然そのつもりだ。」
「帝よりも…ですか?」
「…なるほどな。いざというとき、私が帝と其方、どちらをとるか?その選択を迫るわけか…。」
豊秋彦は自身の迷いを見抜かれていたことに驚きつつも、決めきれずに先送りにしていた自分を呪った。
(いざとなれば、サクヤは帝を切ってでも還都させる気でいるということか…。私はその時どうするか?サクヤを敵に回しても帝を守るべきなのか…。)
「私は、父上が帝と共に都で果てるというなら、止めるつもりはございません。ですが、都の民を帝や公卿の巻き添えにすることは赦しません。それだけは肝にお命じください。」
「そういうことか…。わかった。決断を先送りにしていい問題ではないな…。ひとつだけ聞かせてくれるか?」
「なんでしょう?」
「もし、私が帝共々都で滅ぶ選択をした場合、其方は民をどうするつもりだ?」
「健平殿に率いて頂くのが良いと思いますが、いざとなれば私が神の名のもとに民衆を率いて脱出するかもしれません。」
「其方は帝位を望んでいないと思ったが?」
「そんなものはいりません。率いるための方便として利用することはあるかもしれませんが、あまりいい方法ではないですね。」
「そうか…。そうしてくれるなら、私は帝に殉じるのも良いかもしれんな。」
「何を言っておられるのです?そんなことをさせないために『楔』を打ったのですよ。」
「しかし、今其方は止めるつもりはないと…」
「そのような選択をして、民が巻き添えにならないと本気でお思いですか?」
「それは…」
「帝と父上がそのつもりでも、公卿全員がそれに従うとも思えませんし。帝に殉じる。口で言うのは簡単ですが、民を巻き込まないとなると容易なことではありませんよ。」
「そうだな…。もう少し考えさせてくれるか?」
「そんなに時間はないとお思い下さい。」
「わかっている…。」
サクヤは暇乞いをして部屋を出た。
翌朝、サクヤは千代と共に日輪山に登った。
今回は千代がいるので飛ぶことはできないが、前回サクヤが登ったことを受けて、参道はいくらか整備されていた。
「ここだな、厄介な場所は。」
道が途中から崩れ落ち、上に行くにはオーバーハングになっている岩場を超えて登る必要がある。
前回はアカイヌヌシを抱えて飛んでいったが、今回は千代がいるのでそうはいかない。
因みに慶乃達を連れてこなかったのは、日輪大神への報告内容が神力を授ける御力に関することだからだ。
「じゃあ、やってみてくれ。」
「私が一度に出せる実体型結界は、精々3つですけど、いけますかね?」
「足りそうになければ私が出すよ。」
「ではやってみます。」
結局二人共身体強化で跳躍力を上げたので、結界3つで超える事ができた。
「ほう、早かったね。」
「ご無沙汰しております、ヒノワ様。」
「ヒノワ様…?いいわね、それ。」
「あ、失礼しました。つい、いつもの呼び方で…。」
「いや、いいよ。長くて面倒だと思ってたからね。今からそれでいこう。」
「恐れ入ります。」
「で、そちらは?」
「はい、私の寮の者で千代といいます。神力を授ける御力についても知っている者のうちの一人です。」
「千代で御座います。」
「うん、宜しくね。で、上手くいったかい?」
「はい。母様に試してみましたが、出来るようになりました。」
「そうかい、それは良かった。そちらの子には?」
「これからです。今日は近くまで来ましたので、お約束通り成功の報告にあがりました。」
「そうかい。態々済まないね。そう言えばクロガネノオオフカヌシとも会ったらしいね。」
「はい。愚痴られただけでしたが。海での争いに介入されたと聞きました。介入を依頼されたのですか?」
「海豚に頼まれてねぇ。私も海の中ことだし、余り乗り気じゃなかったんだけどねぇ。金鯱の奴に上手いこと唆されたってとこだよ。だけど、彼奴が暴れ回っていたってのは本当だよ。海の中のことで往生したけど、オオシロタタケヌシが手助けしてくれてね。」
「そうですか。双方の話を聞いても何とも言えない話ですね。関わるつもりもないのですが。」
「じゃあ放っておいた方がいいよ。海の中の理は、海の中の者に任せるに尽きるさ。我ながら至らぬ事をしたと後悔しているよ。」
「そうですか。あのタヌポンとはそれ以前からのお知り合いですか?」
「タヌポン?!ははははは!サクヤは名付けが上手いねぇ。いや、あの時初めて会ったんだけど、本当に胡散臭い奴だったね。今でもそうだけど、一体何を考えておるのやら。」
「上手く利用されている気がしまして…」
「そうかもしれないけど、そんなに悪い奴でもないとは思うがね。適度な距離感さえ保てば、それ程害はないだろうよ。」
「ヒノワ様がそう仰るなら大丈夫そうですね。」
「多分だけどね。そういえば、帝達が健気にも都の結界に御力を籠めているらしいじゃないか。」
「はい。ですが、結界の状態をみた限り、焼け石に水のようです。」
「だろうねぇ。私の知ったことではないが、あれもそう長くは保たんだろうし、霊徳童子も虎視眈々と崩壊の時機を窺っているみたいだよ。」
「わかるのですか?!」
「この神域の周りでもウロウロしているみたいだしね。」
「そうですか…。貴重な情報を有難うございます。」
「いや、私はどちらの味方もする気はないからね。それでもサクヤには生き延びて欲しいと思っているよ。」
「有難うございます。御期待に添えるかはわかりませんが、私は私の信じる道を突き進むつもりです。」
「好きにすればいいさ。どう転んでもそれが世の定めなんだろうからなね。」
サクヤ達は日輪大神に暇乞いして山を下りた。
下山後、サクヤは千代に御力を授ける御力を授けようとしたが、千代に固辞された。
「その御力は特殊過ぎますので、私には扱いきれません。お赦しください。」
「…そうか、無理強いするものではないからな。もし、必要になったら言ってくれ。」
「はい。」
(多分なることはありません。それは、私には越えれない一線だと思いますから。)




