兄上
諸事情により、更新が昼になってしまいました…
サクヤが部屋を出ていった後、豊秋彦は側近に明日彦を呼ぶよう頼んだ。
(サクヤやコノハは大切だが…私はやはり帝を見捨てることは出来ぬ…。)
翌日、明日彦は大社に駆けつけ、父である豊秋彦と面会する。
「急ぎのお呼びと聞きましたが、如何されましたか?」
「急ぎ?いや、そんなつもりはなかったが、内蔵助が気を使ったか。」
「で、どういった要件でしょうか?」
「今、こちらにサクヤが来ているのは知っているか?」
「えっ?!そうなのですか?」
「昨日話をしたのだがな…」
「何か不味いことでも?」
「いや、私の覚悟の問題だ…」
「覚悟…ですか?」
「うむ。だが、あれが部屋を出た後、覚悟は決まった。故に其方を呼んだのだ。」
「どのような覚悟でしょうか?」
「もし、帝が還都の決断をすることなく、結界が崩壊したときの対応について、考えておく必要があるということだ。」
「…どうされるおつもりですか?」
「あくまで推測でしかないが、崩壊と共に霊徳童子が攻め寄せてこよう。または、コチラの兵力を弱めるため、疫病を流行させる恐れもある。」
明日彦は想像して恐ろしくなった。都が地獄の様相をなすのだ。恐ろしくないわけがない。
「そうなったとき、一刻も早く帝を御神域に退去させる必要がある。流石にことここに至れば御神域への移動に同意して頂けるとは思うのだが…」
「もし同意されなかったら…」
「恐らく、そうなる前にサクヤが民を扇動し、御神域へ避難させる。そうなった場合、最悪赤犬社の兵と朝廷の兵が衝突する恐れがある。
サクヤは帝一族より民を優先する。鬼や疫病に命を奪われる前に、民を避難させるはずだ。その時、場合によってはサクヤは自らの出自すら利用する恐れがある。民のサクヤ人気を考えれば、民がサクヤの扇動に乗る可能性は極めて高いであろうな…。」
「それは…サクヤが帝に取って代わるということですか…?
そ、それは謀反ではないですか!」
「だからだ。そうなる前に帝には退位頂き、貴彦を帝位に据え御神域に避難させる必要があるのだ。」
「その時父上は…?」
「私は常に帝と共にある。」
「帝が…貴彦になった場合は?」
「言い方が悪かったな。兄上と共にある、ということだ。だから、もし退位が叶わぬでも、退位したことにして、貴彦を帝位に据えるのが其方の役目だ。」
「そのようなことが…」
「どの道都に残っていては命はない。遅かれ早かれそうなるのだ。貴彦と神器が無事なら大きな問題はない。サクヤが民を扇動したとしてもだ。」
「もし、貴彦とサクヤが衝突した場合は?」
「サクヤは帝位など望んでおらんからそのような心配はないが、サクヤが帝を不要と判断した場合は…滅ぶしかあるまいな。」
「それではサクヤ自体が災いの種ではないですか。」
「サクヤは神々の遣わした理の外の存在。そのサクヤがそう判断するということは、神の意向に沿った行動となる。」
「そのようなこと…あっても良いのですか!」
「不満があるなら神々に訴えるほかないな…。」
「そんな…」
「だから、そのような事態にならぬよう、なんとしても帝に還都を決断していただかなければならないのだ。その為には貴彦の存在は不可欠だ。そして、如何にして公卿共を説得するかだ。特に叢と、あの御方をどうするか…。」
「今の都は叢の所領内でもありませんし、叢が拘る理由がわかりませんね。いっそ外戚になることを認める代わりに、還都に応じさせては?」
「それは…。正直、奴の狙いがよく判らんのだ。サクヤに接触を図ろうとしたらしいが…。ただ単に権力を握りたいだけなら、其方の言う遣り方もありだとは思うのだがな。どうも不気味でな…。」
「狙い…ですか。確かに、権力を握った後の構想が見えてきませんね…。何か良からぬことを考えているのでしょうか?」
「兎に角、そのような得体のしれぬ者に権力を渡す訳にはいかん。」
「そうですね…。」
「失礼します。サクヤ殿が日輪山からお帰りになりましたが、如何されますか?」
「そうか、通してくれるか?」
「畏まりました。伺ってきます。」
「サクヤ、入ります。」
「おお、早かったな。如何であった?」
「はい。特にこれと言って…挨拶をした程度で…、あら、明日彦…兄上。」
「あ、兄上…か。何だか其方にそう呼ばれるのは、不思議な感覚ではあるな。」
「そうですね。」
「まぁ、そんなところで立ち話もなんだから、座ってくれ。」
「失礼します。」
サクヤは豊秋彦と対するように明日彦の横に座った。
「昨日其方に言われたことだがな…」
「はい。」
「私の覚悟は決まった。私はあくまで帝に殉ずる。以後のことは貴彦と、そこにいる明日彦に任せることにした。
ただ、還都を諦めた訳ではない。あくまで最悪の場合の覚悟の話だ。」
「分かりました。」
「…えらくすんなり認めるのだな。」
「父上ならそうするであろうと思っておりましたから。」
「…そうか。」
「何故サクヤにはそのようなことがわかるのだ?」
「何となく…ですが、父上はずっと霊徳童子に囚われているから…でしょうか。」
「霊徳童子に囚われている…?」
「ふっ…そうやもしれぬな。あれを倒すにはどうすればいいか、あれの被害から如何に帝と都を守るか、あれのようにならぬにはどうすればいいか…。常にそんな事ばかり考えているかもしれぬ。そう言う意味では、私は霊徳童子に囚われているのかもしれぬ。」
「父上の人生です。私がとやかく言うつもりはありません。」
「そうさせてもらう。すまぬな、其方達を全てを投げ売ってでも守ると言っておきながら…」
「そんなこと真に受けておりませんのでお気になさらず。それより、ヒノワ様が仰っていましたが、都や大社の近辺を鬼が嗅ぎ回っているようです。結界崩壊の時機を測っているのかもしれません。」
「なに!?だが、我等とて御力を籠めておるのだ。そう簡単には…」
「もって2年ですかね。私の見た限り、皆様の御力では焼け石に水です。前回見た時と殆ど変わっていませんから。」
「…やはりそうなのか…」
「はい。ですので、帝への最後通牒が必要です。あれなら私が承ってもいいですが。」
「いや、それには及ばん。それは我等の務めだ。」
豊秋彦は疲れた顔を見せながらも、どこか覚悟を決めたスッキリとした顔だった。
「父上がそう仰るのであれば…。そう言えば、貴彦殿はこちらに引き篭もっておいでだとか…。」
「ある意味都合がいいというかな…。だが、あのままでは帝としては務まらん。なんとかせねばな。明日彦、なんとかならんか?」
「貴彦の側近は茜殿に頼みたかったのでしょうけど、その茜殿は…。」
「あぁ…そういことだったのですか。じゃあ、あれは知的好奇心というより逃避なのですね…。」
「そうだろうなぁ。」
「兄上は茜殿とは?」
「面識もあるし、話もするが、特別親しいわけではない。」
「兄上もそういった相手がおられるのではないのですか?」
「…いや…、特には…。」
(本当に深入りする前でよかったな。危ないところであった…。)
豊秋彦が可哀想なものを見る目で明日彦を見ている。明日彦はそんな父の目線に気付いて溜息を吐く。
「私のことはいい。其方はそういう相手はいないのか?」
「私はいませんね。今のところ興味もないですし。あっ、余計な気は回さないで下さいね、父上。」
「そんなつもりはないし、言う資格もないと思っておる。」
「それなら良いのですが。では、そろそろ失礼しますね。明日には帰還します。お疲れのようですので、御自愛ください。」
「其方も健勝で。」
そう言ってサクヤは出ていった。
「なんとも…遠慮も何もなく、言いたいことを言って出ていきましたね…。」
「あれでも神の代弁者だ。神々もそういう心持ちでおられるのだろう…勝手にしろと。」
「『勝手に滅びろ』…ですか。
確認ですが…本当に父上の娘、私の妹なのでしょうか?」
「本人も認めておるし、間違いない。因みに気性は母親であるコノハに似たのだろうな。私はあそこまで肝が据わっておらん。」
「据わり過ぎでしょう…。」
「神々が身近である故、人の世の立場の違いなど些細なことでしかないのだろう。
あれは朝廷の理の外の者だからな。それに、あれを何とかしようとしても、あれより腕の立つ者などそうはおらん。怖い物なんてないのではないかと思ってしまうな。」
「しかし、帝をどう説得するおつもりですか?」
「どの道2年で崩壊するのだ。否応なく決断を迫られる。まさか都と共に滅びる道を選ぶとは思わんのだがな…。」
「しかし、本当の恐ろしさを理解されているのでしょうか?」
「帝は兎も角、公卿共には一度怖い目に遭ってもらうのも良いかもしれんなぁ。」
「何をお考えで?」
「公卿共が大社に籠り行く時の警備を、少し緩くしてみるか…。」
「あっ…周囲を窺っているという鬼と遭遇させるということですか?」
「遭遇するだけだ…。命まで取る必要はない。その者には大いに宣伝してもららわねばならぬからな。」
「なるほど…。上手くいきますかね?」
「さてな?鬼の狙いもわからんのだ。本当に襲われるかどうかも分からぬからな。一度、叢とも一対一で話をしてみねばならんな。」
豊秋彦は疲れた顔のまま、都のある方向に目を向け溜息を吐いた。




