琴の国の事情
「ったく!あのポン吉は何を考えておるのだ!」
サクヤが帰還した2日後、御山でサクヤの報告を聞いたアカイヌヌシは激怒した。
「まぁまぁ、千代にはどうせ教えた上で実験台にするつもりでしたから、巻き添えが一人増えただけですよ。」
「むぅ~、しかしだなぁ。我とてサクヤの扱いにはそれなりに気を使ってきたのだ。それをあのポン吉は!」
サクヤは前日、帰還した千代と左馬介、宗次郎と伊佐而と新人達とで顔合わせをした。
千代には結界師(那由多を除く)達の鍛錬を任せた。皆青い顔をしていたが、サクヤは気にすることなく、残りの者の鍛錬を龍子に依頼し、千代の鍛錬が一段落した時点で梟社に行くことを告げた。
千代と左馬介を連れて、転移術を授かるためである。
「と、いうことで、転移術を授かりに行く予定です。タヌポン様はそのうち何処かへ旅に出るでしょうから、これ以上の被害は出ないと思いますよ。」
「タヌポン…、まぁよい。
そういえばクロガネノオオフカヌシに会ったそうだな。」
「はい。御姿を見ていませんので、会ったという感じはしないのですが。祟神と聞いていたので、どれだけオドロオドロしいのかと思っていましたが、意外とまともな方でしたね。」
「まともなものか。海の暴れん坊として有名な奴だからな。金鯱の奴も大概ではあったがな。」
「ヌシ様も北国ではそう思われているのではないですか?」
「ぐっ…、そ、そうかもしれぬ…。」
「海には海の理があるのでしょう。私が関わり合いになることもなさそうですし、関与するつもりもありません。」
「それでよいだろう。で、転移術を身に付け、人に授けることもできて、空も飛ぶ。もうそろそろ観念したか?」
「何をですか…。ただ、人にどう思われるかなど考えるのはやめました。どう見られようと、私は私、あくまで人の娘として自分を貫きます!」
「諦めが悪いな…。まぁ其方がそうしたいならそうすればいい。最近じゃあ、この里には二柱の神がいて、サクヤの方が人気が高いと言われているようだしな。あの井戸水で自分の首を絞めたのだ。自業自得だと思って受け入れる他あるまい。」
「あれは失敗でしたね…。なんの収穫もなく帰しては、参拝者が減るかと思い、良かれと思ってやったんですが…。」
「よいではないか。其方の信者が増えたのだから。我にとっては信者の数などどうでも良いしな。もういっそ、其方を主祭神としてはどうだ?」
「冗談でもおやめください!」
「人には姿を見せぬ我等より、そこに実際にいて御利益をもたらしてくれる者に縋るのは必然といえば必然よな。神々から授かった力を其方が良かれと思って使い、民の救いになっておるのなら、それはそれで良いと思うぞ。」
「そうですね。私はあくまで神々から授かった力を皆に還元している。いい解釈ですね。それでいきます!私はあくまで使いであり伝導者。崇めるべきは、私に力を授けた神々。うんうん、これでいきましよう!」
(まだ、無駄な足掻きをするか…)
サクヤは例によってアカイヌヌシを一通り撫で回してから暇乞いした。
御山から戻ったサクヤは寮舎に顔を出し、慶乃を呼び出した。
「呼び出して済まないな。まぁ、昼餉でも食べよう。」
サクヤは門前町のいつもの食事処で慶乃と向かい合って昼餉をとった。
「で、何か御用でしょうか?」
相変わらず幸薄そうな顔から消え入りそうな声を出してサクヤを窺っている。
「其方、琴の国の琴亀の社の出だと言っていたな。」
「…はい…。」
「与一郎という男を知っているか?」
慶乃は驚愕の顔でサクヤを見ている。サクヤは正直慶乃もこんな顔ができるのかと、反応自体より表情に驚いていた。
「その反応は知っているのだな。では其方は『慶花』で間違いないのだな。」
慶乃、いや慶花が口をパクパクさせて反応できないでいる。
「な、なぜそれを?」
「やはりそうか。実は甲の津の町で与一郎と名乗る男に声をかけられてな。其方のことを探していると言っていた。夫婦の約束をしているそうだな。」
「は、はい…。ですが、父上に反対されまして、条件を出されたのです…。」
「条件?」
「中央の瑞の国に乾のサクヤという巫女で宮司の養女がいる。常人離れした力量と御力の使い手であると。そのサクヤの元で御力の謎を探ってこいと…。」
「…謎も糞もないが…で、探れたのか?」
「恐らく、事実を伝えても信じて貰えないと思うのです…。常人離れどころか最早神同然ではないですか。私の里にも神産みのサクヤの名は広まっていますが、何かからくりがあると思い込んでいる父に、何を言っても無駄なのです。」
「なるほどな。余嶋の琴の国か…ちと遠いが、何か名物はあるか?」
「名物…ですか?う、饂飩でしょうか…。」
「ほう…饂飩とはなんだ?」
「太い素麺のようなものです。コシがあって食べ方も色々あり、冷たい物も温かい物もあります。」
「ほう…蕎麦のようなものか?」
「そうですね。私の国は大きな川がなく、稲作に向かないのです。で、乾燥に強い小麦の栽培が主流となり、粉物の食べ物が多いのです。」
「なるほど…楽しそうだな。」
「えっ!?どういう意味ですか?」
「百聞は一見にしかずだ。実際に見てもらえば解るだろう。」
「も、もしかして、琴亀の社に行かれるおつもりで…?」
「予定が詰まっているからまだ先の話だがな。因みに、そこのヌシ様はどのような御神力を得意とされているのだ?」
「変身術です。性格には相手にそう見えるよう錯覚させる催眠の一種でして、わたくしの誘眠の御力も催眠の一種です。」
「ほう…催眠術か…。興味深いな。益々行きたくなってきたな。授けて頂けるかは分からぬが、学ぶことが多そうだ。」
「はぁ…。」
「あっ、そうだ。与一郎が都まで来ているぞ。会いに行くか?」
「えっ!!与一郎さんが…都に?」
「其方が慶花であることを確認できたら連絡する予定だったのだ。どうする?会いに行くか?」
「…会います。伝えなくてはならないことがあるのです…。」
「伝えなくてはならないこと…。分かった。では、明日行こう。」
「えっ!!?明日ですか!?」
「なんだ?問題があるか?」
「いや、心の準備が…」
「じゃあ、やめるか?」
「いえ…い、行きます…。」
「わかった。じゃ、明日だな。」
サクヤはそれだけ確認すると勘定を済ませて店を出た。




