立場の変化
翌朝、瑞の国府館に出向くと半兵衛が待ち受けていた。
「お久しぶりです、サクヤ殿。勇名がここでも轟いておりますぞ。」
「お久しぶりです。半兵衛殿もお元気そうで何よりです。国守夫人はお元気ですか?」
「はい。若様の後見として辣腕を振るっておいでです。」
「そうですか。将軍様は?」
「昨日到着され、昨夜はここにお泊りになりましたので、客室におられます。応接室にご案内しますね。」
「宜しくお願いします。」
半兵衛に先導され、サクヤ達は応接室に入る。間もなく右近も入ってきた。
「呼び出して済まなかったね。白銀童子を退治したっていうから、居てもたってもいられなくてね。」
「ははは、お元気そうですね。」
「文にあったように、左の腕を確認したかったんだけど、封印を解いてしまうのが怖くてねぇ。健平殿と兵部卿立ち合いで確認させてもらったが、確かになくなっていた。」
「やはりそうですか。」
「で、どうだったんだい?」
「どう、とは?」
「いや、どのように退治したのかと思ってね。」
「あぁ、白銀童子と鬼が…10匹くらいでしょうか?馬の守をしていた寮の者を包囲していたところに駆けつけましたので、まず浄化を行って弱体化した後、白銀童子を拘束結界で捕らえ矢で射抜き、首を落としました。その後周りの鬼も矢で射てから首を落としました。」
「えぇっと、何人で?」
「私一人ですが。」
「へっ!?サクヤ殿一人で?他の者たちは?」
「彼らが追いついたときには終わってましたから。」
「…どのくらい時間がかかったのだろうか?」
「さぁ?ほとんど時間はかかっていないかと。それほど小平太達と差が広がっていたわけでもありませんから。」
右近は二の句を継げなくなった。強いだろうとは思っていたが、あの白銀童子を瞬殺するとは思ってもみなかったのだ。
「これなら霊徳童子も簡単に倒せたりするんじゃないかい?」
「いえ、あれは白銀童子とは比較にならないほど強い鬼です。そう簡単にはいかないでしょう。」
「そうかい…。だが、皇弟殿、いや蔵人頭殿とお呼びすべきか。大層お喜びだったですぞ。帝も感心しておいでだったそうです。」
「そうですか。ただ、少し気になることがあります。」
「なんでしょうか?」
「白銀童子にこちらの動きを把握されていたようです。おそらく、鬼に協力している人間の娘が情報を伝えたものと思われます。」
「なんと!?そのようなことが…。それは由々しき問題ですな。」
「御神域に呪物を持ち込んだ娘と同じ人物かどうかはわかりません。一人とも限りませんし。」
「なるほど。了解しました。こちらでも引き続き調べてみましょう。」
「要件はそれだけでしょうか?」
「それがですね、叢に八郎右衛門の件を聞いてみたのですが…。」
「なんと?」
「本家筋に使いに出していて、まだ帰っていないと答えました。ただ、あの動揺具合を見る限り、奴も八郎左衛門の行方を把握できていないのでしょう。」
「そうですか。こちらには寮の人員を募る試験に奴の手の者が入り込んでいましたので捕らえております。まだどちらも『接待中』なのですが、そろそろ限界を迎えると思いますよ。」
サクヤがひときわ冷酷な笑顔を見せる。
「いやはや、左大臣も恐ろしい御方を敵に回したものですなぁ。私なんてそんな恐ろしい真似とてもできません。」
「あら、酷いことを仰りますね。私は何もしておりません。優秀な者たちが動いてくれているだけですから。」
「ははは、今この中央で最も強い力を持つのは間違いなく赤犬の社でしょうな。間違っても敵には回せません。
では、引き続き情報の交換を宜しくお願い致します。」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
「では、失礼いたします。」
そう挨拶し右近は部屋を出て行った。
「なんだか右近様の対応というか、サクヤ様への接し方が変じゃなかったですか?立場が逆転しているような…。」
「そうか?そんなことはないだろう?気の所為じゃないか?」
(まったく、なにやってんだか、あの『連絡係』は!)
サクヤ達は応接室を出たところで、元国守の正室で現国守の母にして後見役の梓が待っていた。
「乾殿、ご無沙汰しております。その節は大変世話になりました。」
「いえ、国守殿をお救い出来ず申し訳ありませんでした。」
梓はサクヤを見て一瞬微笑んだ。
「今回は改めてあの時の礼をと思いまして。あの時約束したことを実現できておりませんから、是非この機会にと。」
「そういうことでしたら、礼には及ばないと申したはずですが。」
「そういうわけにはいかないとも申したと思いますよ。」
「そうでしたね。では御受けいたします。ただ、礼としては既にうちの藤馬が馬をもらったと聞いていますが?」
「息子、いえ国守様がどうしても乾殿に礼を言いたいと仰っているのです。丁度お昼ですので一緒に食事でもいかがでしょうか?」
「そういうことでしたら。では、ごちそうになります。」
昼食の会場は奥となる国守一家のプライベートな空間だった。
「ごめんなさいね、表でとなるとどうしても体裁を整える必要があります。国守が社の宮司の養女を相手に礼をするのに、不快なお気持ちにさせる恐れがありましたから。」
「いえ、公式の礼はもう受けておりますのでかまいません。」
「紹介しますね。私の息子で現国守の就孝です。就孝こちらがあの『神産みのサクヤ』、乾のサクヤ様です。」
「お初にお目にかかります。乾のサクヤでございます。」
「篁瑞守就孝です。お会いできて光栄です。」
就孝はまだ12歳になったばかりだが、父親である就満が『病死』した為、急遽元服し国守に就任したのだった。
「国府の民を疫病と白銀童子から守ってくれたこと、国守として礼をいいます。本当にありがとうございました。」
「いえ、唯一の犠牲者が御父上、前国守様だったことが悔やまれます。お救いできず申し訳ありませんでした。」
「いえ、父はサクヤ様の治療を拒んだ結果と聞いています。サクヤ様に責はありません。固い話はこれくらいにしましょう。先ずは食事にしませんか?」
「はい。」
前国主と違いさわやかな少年に、サクヤは微笑ましい気持ちになり、就孝に微笑んだ。就孝は顔を赤くしてサクヤに見とれていたが、運ばれてきた膳で我に返っていた。
「さ、サクヤ様は白銀童子を退治したと聞きましたが、白銀童子は強かったですか?」
「いえ、そこまで強いとは思いませんでした。以前ここで対峙した時より、私が多くの事を身に付けていたことが大きいと思います。」
「サクヤ様ほど強いお方でも、まだ強くならなければならないのですか?」
「人は死ぬまで成長し続けるものだと思っています。歳を取れば体力は衰えるかもしれませんが、経験は増え続けます。武芸に限らす、人は日々学び成長を続けなければいけないと思いますよ。」
「サクヤ様は神々と対話されると聞いています。私にも神々と対話できる日が来るでしょうか?」
「私や寮の者にとって、神々は畏きものでありつつも身近なものでもあります。私は少し神々と気安過ぎると言われますが、畏敬の念を忘れているわけではありません。就孝様も神々を敬い、神々の意向を組んで御働きになれば、降臨を賜る日がくるかもしれませんね。」
「神々と気安く…。私は降臨賜っても、緊張してまともに話せない気がします。」
「最初はそんなものですよ。私も最初は…私の場合はヌシ様だと思っていなかったから…。いや、それでも緊張はしましたよ!」
サクヤは初めてアカイヌヌシに会った時のことを思い出していたが、ほぼタメロで最終的に気を失ったことを思い出し、自分が如何に不敬であったか痛感した。
(あの頃から気安過ぎたのかもしれない…)
その後も就孝は色々質問してきたが、サクヤは微笑ましい気持ちで答えてやった。
「サクヤ様もお忙しいでしょうから、そろそろお開きといたしましょう。」
「えぇ〜、もうそんなに時間が経ってしまいましたか。サクヤ様、今日はありがとうございました。本当に楽しい時間でした。国守となってからは憶えることも多く、国務に追われておりましたので、このように楽しい時間は本当に久しぶりで…。また、是非お話を聞かせてください。叶うなら、社にも参拝に行き、神楽も観てみたいです。」
「はい、お待ちしています。是非いらしてください。」
「とても素直でいい子でしたね。」
「それが国守に対する感想かよ。」
「ははは、櫛の国の豪族の子を思い出したな。あの二人は良い友になれそうだ。」
「あのまま素直に育つといいがな。」
国府館を出たサクヤ達は国府を出立した。
途中一泊したが、翌日には無事帰還した。
「サクヤ、只今帰りました。」
「お役目ご苦労様。如何でしたか?」
「はい。角田に残っていた兵は先に帰ってますか?」
「はい。先日帰りましたよ。」
「残りの千代と左馬介も共に帰還しましたので、全員無事帰還ですね。
予定通り、兵の入れ替えを終え、小夜さんの経過も良好です。あと、アマツミコトハヌシ様から以来を受け、クロガネノオオフカヌシ様の結界が弱まっていたのを補修しました。
あっ、そういえば、途中で白銀童子を討伐しましたので、将軍に報告の文を出したところ、帰りに呼び出しを受けましたので、国府に寄って報告しました。その後国守親子の歓待を受け、今帰還しました。」
「待て待て!何で其方の話は重要な話がさも大した事ない様にサラサラ出てくるのだ?」
「白銀童子を退治したのですか?」
「はい。何匹かの鬼と襲撃されたので返り討ちにしました。あと、こちらの行動が鬼達に捕捉されていたようで、人間の娘の協力があったものと思います。」
「それは、以前言っていた娘か?」
「恐らくは…一人と断定するのも危険かもしれませんが。」
「人間であれば、この里にも入ってこれる。あれだけの参拝者の中から特定するのは困難であろうな。」
「鬼と行動を共にしているのなら、相当な穢れを帯びているでしょうから、そういう者に狙いを絞ればある程度絞れるとは思いますけどね。」
「それが出来る者が限られるだろう。」
「まあ、そうなんですけどね…。それこそ、藤馬さんの御力で察知できるんじゃないねすか?」
「あぁ、そうですね。気にしてみましょう。」
「あとは神からの依頼は…まぁ、何時もの感じですか。」
「そうですね。」
「じゃあいいにしましょう。」
「藤馬、其方感覚が麻痺してきたのではないか?」
「そうでもしないと保ちませんからね。」
「最近の若い者は図太いな…。私にはついて行けぬ。」
「ではお疲れ様でした。明日は休暇にしますか?」
「千代達と新入がいるので、顔合わせをしておきます。明後日休暇を頂いてヌシ様に会ってきます。」
「そうか。ヌシ様に宜しくお伝えしてくれ。」
「承りました。では、失礼します。」
「父上もヌシ様とサクヤが会って話をするのが当たり前になっているではないですか。」
「そうだな…。畏れ多いことだが、これほど神々を身近に感じれるようになったのはサクヤのお陰様であろうな。」




