サクヤの診察
「えっ!?早かったですね…。」
宿に戻ったサクヤは千代達と合流した。まだ昼を少し過ぎた頃だった。
千代は留守居として宿に残っていたが、左馬介は情報収集に出ていた。
「コトハ様は?」
「海だ。明日の朝迎えにあがる。」
「なるほど…。サクヤ様はこの後は?」
「そうなだな…もう少し情報収集をしてもいいかな。」
情報収集という名の散策は、サクヤの好奇心の赴くまま、土産の物色に終止して終えるとになった。
翌朝、アマツミコトハヌシを迎えに行き、角田の里に戻る。
その日のうち里に戻り、サクヤは久し振りの温泉を満喫するなどしてのんびりと過ごした。
「じゃあ小平太、頼んだぞ。」
「任せておけ。里の者もしっかり鍛えておくよ。」
「他の者も小平太を補佐してやってくれ。」
「「了解です。」」
兵六と小夜にも暇乞いをして、龍神社に向け出発した。
峠を登りきった宿場町で1泊し、翌日には予定通り龍神社に帰還した。
「世話になったな、サクヤ。」
「いえ、お役に立てて何よりです。」
「この礼に何か神力を授けたいところであるが、最早我よりできることの多い其方に授ける物も特にないな…。」
「いえ。礼には及びません。私はここの巫女ではありませんが、神々のお役に立つのが務めですので、当然のことです。」
「殊勝なことだ。」
「それに、前回千代に賜わったときに、先行投資と仰ってましたから。」
「はは、よく覚えておるな。次会ったときにまでに何か考えておこう。その頃にはもっととんでもないことになっていそうだが…。」
「おやめください。身の程を弁えて、過ぎたることのないよう過ごします。」
「ははは!無理であろうな。」
「ぐっ…。」
そのまま龍神社で1泊し、翌朝帰還にむけ出発することになった。
「是非歓待をお受けください。」
蒼衣がサクヤに懇願し、渋々了承した。
「先日は状況が全く把握できておりませんでした。どうか平にご容赦ください。」
宮司が平身低頭謝罪を申し入れてきた。蒼衣がしっかり『躾』をしたのだろうと、サクヤも謝罪を受け入れた。蒼右衛門もあれからすっかり大人しくなったようで、特に害を及ぼすこともなく、歓待の宴は恙無く終了した。サクヤに酌をする為、宮守達が列を成したのに多少辟易したくらいのもである。
「大変お世話になりました。鬼防寮立ち上げに向け社一丸となって邁進してまいります!」
蒼衣が気合の入った見送りの言葉を述べる。
「宜しくお願いします。龍神社の兵力には期待しています。」
「承った。一刻も早く戦力となれるよう鍛錬する。」
「蒼士郎も頼みましたね。」
別れの挨拶を終え、出発しようとしたとき、2騎の武士と役人がコチラに向かって疾走してきた。
「乾のサクヤ殿とお見受けする。某は湖の国府の者で、都からの伝令を届けに参りました。」
「都から?もう報告が届いたか。」
「は、将軍が、瑞の国府でお待ちとのこと。帰還前に立ち寄っていただきたいとのことです。」
「なるほど…、了承した。恐らく4日後には着けるだろう。そうお伝え下さい。」
「承りました。」
伝令はそう言って来た方向に走り去って行った。
「やれやれ、予想はしていたが、また余計な要件ができたな。」
そうボヤきながら、サクヤは伝令を追う形で出発した。
馬をやや急ぎ目に走らせ、湖の国府の南の宿場町で一泊し国境に向かう。国境の手前の宿場町に着いた時には日が暮れていた。
宿近くの食事処で夕餉にしつつ、軽く飲むことにした。
「日が落ちるのが早くなったな。そろそろ秋の収穫祭の準備が始まるな。」
「今年は社も宿場町も、神楽は大変な賑わいになるでしょうね。」
「あぁ、そうだったな…。」
「都での宣伝は効果絶大らしいですね。」
「そうなんだよ…効果があり過ぎて、参拝者が大変なことになってる。」
「またサクヤ様がやらかしたと聞きましたが。」
「確かにちょっとやり過ぎたかもしれない。ただの疲労回復程度のつもりだったんだかな…。」
「それってやっぱり『治癒の御力』なのでは?」
「いや、やっていることは破魔の矢への御力籠めと同じだ。千代、試しにその水に御力を籠めてみろ。」
「はぁ…。」
千代は半信半疑で湯呑みに入った水に御力を籠める。
サクヤは小太刀を抜くと、徐に腕に傷を付けた。
「いでっ!何で俺なんですか!」
「いや、以前は自分にやってたんだが、母様に叱られてな。」
「ひでぇ…あぁ、血が〜。」
「じゃあ左馬、この水を飲んでみろ。」
「こんなので治るんですか?」
左馬介も半信半疑で水を飲み干す。
「あ…血が止まった。でも、傷は塞がりませんね。」
「痛みも引かねぇよ。」
「おかしいなぁ?じゃあ、これならどうだ?」
サクヤは自分の湯呑みの水に御力を籠める。
左馬介はその水を飲み干した。
「えっ?!傷が塞がった!痛みもなくなりましまよ。」
「やはり『治癒の御力』じゃないですか。」
「いや、血は止まったんだ。おそらくだが、自己回復能力が高まったんだと思う。単純な体力回復は回復力も高めるんだろう。あと、千代は御力を籠めるとき、何を考えて籠めた?」
「単純に破魔の矢と同じ様に籠めましたが…。」
「そこだな。ちゃんと早く治るよう心を込めて籠めないと。」
「…そんなことで差が出るのですか?」
「当たり前だ。御力は頭の中でしっかり具現化することが大事だからな。もう一度やってみよう。」
「えっ?!痛ぁ!!また俺ですか!」
左馬介が涙目でサクヤに訴えているが、サクヤは無視する。
「今度は左馬が自分でやってみろ。治したいという思いは誰より強いだろうからな。」
「そりゃそうですけど…酷でぇ…。」
文句を言いながら、左馬介が自分の湯呑みの水に御力を籠め飲み干した。
「まじか…治ったよ…。」
「なっ、できただろ。これで私の説は立証されたな。」
「そんなことが…。これでは『治癒の御力』など、大して有難みがないじゃないですか?」
「そんなことはないさ。自己回復能力の限界を超えた回復には必要な力だと思うぞ。」
「サクヤ様の薬は自己回復能力の限界を超えていると思いますよ。」
「あれは、御山で採れるヌシ様の御神力の賜物だ。あと、母様の調薬の成せる技だな。」
「なんか納得がいきません。」
「納得できないもなにも、今見た通りだ。」
「あのう…もしかして、『神産みのサクヤ』様でしょうか?」
夕餉をとっていた店の主人と思われる男がおずおずと声をかけてきた。
「そうだが…。あ、五月蝿かったか?申し訳ない。」
「いや、どちらかというと、店の中で余り物騒なことをしないでもらいたいのですが、そうではありませんで…。」
「何か用が?」
「実は…当店は嫁と2人で切り盛りしてるのですが、嫁の体調が優れず、ここ最近寝たきりなのです。もしよろしければ、今飲まれていた水を分けてはいただけないでしょうか?」
「あぁ、そういうことでしたか。そんなことであれば、私が直接診てみましょう。手持ちの薬が合えば水より効果があると思いますし。」
「ほ、本当ですか!有難うございます!」
サクヤ達は店の奥の居住スペースに上がり、敷布で横になる店主の妻の側に座った。
「トメ、あの『神産みのサクヤ』様が診てくれるそうだ。よかったな!」
「あ、ああああ…なんと畏れ多い。」
「そんな大層なものじゃありません。少し見させてくださいね。」
サクヤはトメの手を取り、軽く御力を流す。
(肺の臓に引っ掛かりがあるな…肺炎、或いは労咳か?手持ちの薬では効果が足りないな…。)
「千代、桔梗と甘草がないか探してきてくれ。」
「分かりました。」
千代が素早く部屋を出ていく。
「咳が出ませんか?」
「はい…ここ最近ずっと…」
「労咳じゃないかと思います。」
「ろ、労咳…そんな…」
特効薬も抗生物質もない世だ。労咳は死の病と言えた。
「大丈夫です。効果の高い薬を煎じますので、少し待ってて下さい。」
そう言ってサクヤも裏の畑や野を物色する。
(蓬でも入れて、特別な調薬ということにしておこう。)
暫くすると千代が帰ってきた。
「なんとか見つかりました。偶々薬草園があってよかったです。」
「そうか、ご苦労だったな。ではこの3種と回復薬を合わせて…」
サクヤは茶碗に入れた薬草をスリコギで煎じていく。
「さ、これをこの水と一緒に飲んでください。少しずつ、ゆっくりでいいですよ。」
サクヤはトメの上体を起こすと、背を支えるようにしながら、そっと治癒の御力を肺の辺りに流し込む。
トメは少しずつ薬を飲んでいく。飲み終えるタイミングでサクヤの御力も流し終えた。
「これで一晩寝てください。明日の朝、もう一度様子を見に来ますね。」
「な、なんとお礼を言えば良いか…。有難うございます!」
「いえ。これも何かの御縁でしょう。神々の思し召しです。」
流石に食事代は受け取って貰えなかったが、明日の朝様子を見に来る約束をして店を出た。
(随分力量を使ったな…。もしかしたら岩だったのかもしれない…。或いは両方か?)
翌朝、食事処に顔を出した千代と左馬介は、起き上がって店の準備をしているトメの姿に驚愕する。
「起きて大丈夫なのか?」
「はい!お陰様で。すっかり良くなりました。」
「薬が効いたようで良かったです。」
「ああ!サクヤ様!なんと御礼を申したらよいやら。やはりサクヤ様は生き神様です!」
(いやいや、神々は皆生きておられるんだが…。)
「御二人の行いを神々が認めて下さったのでしょう。感謝は神々にお伝え下さい。私は神々のお手伝いをしているだけですから。」
感謝される矛先を変えるため、念押しするサクヤを千代と左馬介は白い目で見ている。
「では、我々は先を急ぎますので。元気になったようですが、まだ病み上がりです。無理しないようにしてくださいね。」
そう言い残し店を出た。
「サクヤ様、あの状態から一晩であそこまで回復するとか、ありえません!」
「母様直伝の調薬だからな。回復薬と合わせて調合し、一緒に飲ませた水にも御力を籠めたし、あれで効かぬ方が嘘だろう。」
「しかし、労咳ですよ?」
「う〜ん、私は医者じゃないからな。見立てを間違えたのかもしれん。只の肺炎だったのかもな。」
「いや、それにしても…あの死にそうな状態から一晩で働けるほどの回復って…。」
「じゃあ、神のご加護ということにしておけ。」
(確かに、サクヤさん自体が神様みたいなもんだし、その加護と言われればそれまでだよなぁ。)
「やっとサクヤ様に、神としての自覚が出て来たのかもしれません。」
(こいつもこいつでなんだかなぁ。)




